第三百四話
一つの町に二つの世界樹が存在し、一つの世界樹がその町にいる人間を主人に選んだ。
そこにあるだけで繁栄をもたらすとまで言われる世界樹の生産能力、特に『魔力資源』として見れば圧倒的なそれがここまで集中する前例はほぼないだろう。
そもそも、これは世界樹のほうが気がついていないのだが、世界に数本ある世界樹は二つのグループに別れている。
グループが違う世界樹がそばにいると、生産能力が格段に減少するのだ。
もちろん、秀星はそれを知っていて、考えた上で世話をしているので問題はないのだが、基本的に世界樹という存在は集まらない。
そしてこれはそのまま、今までバラバラに散らばっていたプラスの要素が、一点に集中するということである。
ちなみに、緑の世界樹はボロボロになっていたが、黒の世界樹も、秀星のエリクサーブラッドを目当てにメイガスフロントを目指すくらいボロボロだったことに変わりはない。
いずれも秀星がなんとかしたわけだが、まあそれはおいておこう。
今まで世界樹の恩恵を得ていた者たちが、その恩恵を受け取れなくなる。
実際に白と黒は秀星のもとに移動しており、緑の世界樹は『強制的な最大効率』の呪いから抜け出して秀星を主人に選んだ。
当然のことだが、白と黒と緑。この三つの世界樹の恩恵を得ていた場所で、恩恵がなくなるということだ。
しかし、秀星は最初の例ではない。
こうした『世界樹の移動』という概念は、長い歴史から見ればそれ相応に発生している。
一つの場所に移動するかどうかはともかく、移動することそのものは、数多くの生物は納得している。
そもそも、世界樹には『意思』があるのだから、誰かにとって都合よく続くなどということはありえないのだ。
白と黒は、秀星が見るかぎり、リカバリー機能ですらもう耐えられないほど長い年月が経過しているということだろう。
だが、緑はそうではない。
世界でもトップクラスの魔力資源である世界樹に対して、強制的な最大効率を無理やり引き出していた。
その恩恵は凄まじいものだろう。
実際にそれはすごいものだ。
秀星が計算したところ、結果だけを言えば『文明の進化を必要とせず、恩恵を得ている種を繁栄させることができる』ほど。
要するに、周りが鍛えている中、緑の世界樹のそばにいた者たちは、ただ世界樹があるというだけで、全く進化も進歩もせず、ただ溢れ出る魔力資源だけでトップを独走していた。ということだ。
しかし、それはもう終わりである。
★
緑の世界樹は、実際に巨大である。
高さは一キロはあるほどで、下にある森林が全て影に覆われるほど。
エリクサーブラッドの影響だろうか。いっそ七色の光沢すらあるように見える。
強引な設定もすべて消失し、エリクサーブラッドが大量に注入された。
悪夢から開放された緑はウキウキしている。
「一体どういうことだ?」
一人の男性がつぶやく。
いや、一言で男性と言っても普通とは違いが大きい。
長い金髪に長い耳。
言ってしまえば『エルフ』といっても過言ではない外見だ。
彼は今、世界樹を双眼鏡で見ている。
もちろん、世界樹のご機嫌がすごくいいのは一目瞭然だ。
探しているのである。
「あれほどの輝きを世界樹が発したことはない。原因は不明だが、何かしらいい影響があったのだろう。最近は果実もかなり減っていたからな」
自分たちが何も悪いことをしていないようにも取れる言葉だが、世界樹というものを神聖視する者にとって、強引にその効率を引き出している。などということが知れたら、当然のことだが反発する。
その反発を防ぐため、エルフたちの上層部、ようするに『ハイエルフ』のところで止まっているのだ。
「だが、機嫌がいいにしては、なぜ……」
彼が探しているのは、世界樹だからこそ作ることができる果実、そのなかでも価値が高いものだ。
単に果実と言っても、その果実もさまざまなものを生み出すため、生産能力があると言っていい。
世界樹はそのような果実がかなり実るのだ。
「なぜ一つも見つからない。これは非常事態だぞ」
男性はつぶやくが……。
非常事態。と言っておきながら、その顔に焦燥の色はない。
もちろん、彼が知ることができる情報のレベルが限られているということもあるが、危機感がない。
今まで何一つ不自由なく、ただただ繁栄してきた種族。
さらに言えば、他の種族よりも時間がある彼らは、心の何処かで楽観視しているのだ。
前例はないが、まあ問題はないだろう。と。
エルフという種族が持つブランド。
当然それを気にするのは、周りの人間もそうだが、一番気にするのは本人たちである。
「……まあ、そんな日もあるか」
そういって、男性は双眼鏡を仕舞った。
ちなみに、価値の高い果実が見つからないのには理由がある。
世界樹には意志がある。
これは化身という形で一部の者は見えるのだから納得できることだ。
そして、『意識』があるということは『贔屓する』ということである。
当然のことだが、緑の化身が保存箱を出現させてぱっぱと回収していた。
実っているのが自分の体なのだから、当然位置はわかるのだ。
そしてそれに対する秀星の感想。
『ぶっちゃけ、俺そんなに食欲があるわけじゃないから、直径二メートルの果実を貰いまくっても困るんだよなぁ。白と黒からも直径三十センチくらいの物を貰ってるし……デザートにして近所に配るか?……やめておいたほうがいいな』
多いことは悪いことではない。
だがしかし、捌ききれない量というのは基本的に『無駄』である。
生産する側は大体そんなこと考えてないんだけどね。




