第三話
「森の中を歩くのって久しぶりだな。自然の中で取れる素材とか、ほとんど魔法で作れたから用事なんてなかったし」
「そうですね。オールマジック・タブレットの力を使えば、魔法を自ら構築することも可能です。魔力を材料にして、素材を生み出すことも可能でした」
「結果的に森にはあまり入ってなかったから、森林浴とか久しぶりだ。五感情報がすぐれているからなのかどうかは知らないけど、それなりに良いもんだな」
秀星とセフィアは森の中を歩いていた。
秀星が通っている学校、沖野宮高校の北にある森で、標高もそれなりにある山だ。
八代家の実家があるのもこの山である。
毎日、山を上り下りするのはしんどいので、八代風香は近くにマンションを借りていると秀星は聞いている。
「霊獣か……異世界にはあまりいなかったんだけどなぁ」
「魔力を使って膂力を得た魔物の方が、平均的な戦闘力を比べると高いというのが評価ですからね」
「どこかの宗教が信仰していた時もあったけどな。まあ、妖精や精霊に近いっていうかそのまんまだから、信仰の対象を間違えている訳ではないが、信仰していることそのものに意味があるのかよくわからん宗教が多かったけど」
エイドスウルフを信仰する宗教はなかったと秀星は記憶している。
というより、エイドスウルフがいたかどうかすら覚えていない。
「宗教と言うのは物理的な意味ではなく、精神的な意味が発生するものです」
「宗教を利用した詐欺商法をやってるやつが食いっぱぐれないわけだ……」
稼げる限度を正確にとらえておけば、後は大体何とかなるもの。
高度な科学やマジックは、場所を選べば魔法や超能力に見える。
科学やマジックで認識を止めておけばいいのだが、変に欲張るからこそ、一時の莫大な利益を得た後にお縄ちょうだいになるのだ。
世の中と言うのはそう言うものである。
「精神的な解決と言うのは、ジャンルを問わず、時代や世界に関係なく人に必要ですからね」
「人って強くないもんなぁ」
秀星も同じだ。
異世界についた時、周りに誰もいなくて、ただ、人に教えられたことを一つずつやって、それでも騙されて、一度奴隷にまで身を落とした。
だが、主人の運が悪く。秀星の運は良かった。
奴隷から這い上がって、結果的に力を自分で手に入れる必要性を知った。
魔法がある異世界でも、精神的な救いを求めるものはたくさんいる。
モンスターと言う外部からの恐怖だけではない。
ただ、平穏を求めるだけでも、なかなか手に入らないものなのだ。
神器をいくつか手に入れているうちに、永遠の平穏が近いことは何となく感じていたが、それでも、求めることは止めなかった。
秀星は、自分が勝てない独裁者が生まれる可能性があること。それが怖かったのだ。
「まあ、異世界のことはいいさ。もう済んだ話だ。俺はもうのびのびと生きて行きたいからね。地球に帰ってきたら本当にのんびりやって行けると思ったのに、実は現代ファンタジーだったとか、本当に勘弁してほしいのなんのって……俺、世界に嫌われるようなことしたかな」
「心当たりがあるのでは?」
「いやまあ、あるけど」
実際問題。いろいろある。
そもそも、様々なことを解決はしておいたとは言え、異世界グリモアにおけるパワーバランスをぶっ壊すようなアイテムが神器たちだ。
しかも、そんな神器たちは十個しかなく、すべて秀星が試練をクリアして手に入れた。
グリモアを運営する神がいたとすれば想定外だろう。
試練を作った神が悪いのだが、秀星もなんだかんだ言って強欲である。
「さてと……いるな。それなりに」
狼は群れる習性がある。
従える。従わせる。リーダーを選んで群れを作る。
獣として、群れを作るのが狼と言うものだ。
そして、それは霊獣でも変わりはない。
「来ているのは見張りかな?攻撃の意思が若干薄い代わりに、警戒が強いように見える」
「そうですね。とは言え、当然かと。秀星様もいますから」
「ぶっちゃけセフィア一人でも震えあがるくらい強いもんね」
使用人として、セフィアはすさまじい。
家事全般出来るのは当然で、主人の防衛手段のために戦闘までこなす。
一人のメイドの所有が、他の神器の所有に匹敵するのだ。
そのバランスを踏まえると、当然といえば当然である。
「ところで、エイドスウルフを見つけてどうするのですか?」
「敵対するのならそりゃ倒すしかないけど、まあ、肉体言語にしても、肉声言語にしても、会話の余地があるのなら話しておきたいね」
ペットにできるのならやっておきたい。と秀星は考えている。
外見を自由に変更する種族。
光学迷彩クラスの偵察だろうとやろうと思えばやれるだろう。
それに、保存箱には餌付けをするにしては十分なものが入っている。
セフィア一人でもできるし、召喚魔法やマシニクルの付属兵器を使えば同じようなことはできるのだが、余りそう言うことをやりすぎても大人げない。
「秀星様。黒い笑みを浮かべていますよ」
「おっといけない。さて、群れのボスを見つけますか」
ぶっちゃけ、見つける手段はたくさんある。
アルテマセンスは様々な感覚神経が強化されているので、群れの中でも強いモンスターを探ればいいし、オールマジック・タブレットで探知魔法を使えばいいし、レシピブックを開いて、探知できる道具を検索してつくればいい。
そして……セフィアはすでに、ボスの居場所を知っているはずだと秀星は確信している。
探そうと思う前に、既に見つけているも同然なのである。
「こっちであってるな」
アルテマセンスで拾った魔力の波長を見つけて、そちらに向かって歩いていく。
そこそこ歩くと、開けた場所に出た。
「……開拓してはいるが、人がやったにしては文明的ではない痕があるな」
「そうですね」
おそらく、集団で集まる時にはここで集まっているのだろう。
しばらく待っていると、木々の間から巨大な狼が出てきた。
ただ、若干浮遊しているのは変わらないのか、地面に降り立っても足跡はついていない。
「……人間か」
朝に見た個体とは違うな。もっと大きい個体だ。
体長だけで五メートルはある。
かなり重々しいというか、年を重ねたような声だ。
「まあ、お前くらいのやつなら、声の波長を合わせて喋れるよな」
秀星はエイドスウルフを見る。
「ほう、私と話せるようだな。で、何のようだ?」
「朝に君より一回り小さいくらいのエイドスウルフを見かけたからな。ちょっと見に来たのさ」
「私のいる場所に一直線に向かってきたな。気配を隠すのには自信があったのだが……」
「隠そうと思うんじゃだめだろ。もっと空気や雰囲気に溶け込むっていうか、一部になるような感覚じゃないとな」
ただし、そのような手段で隠れて……いや、感覚的には擬態に近いだろうか。とりあえず隠れていたとしても、発見する方法はたくさんあるのだが。
「最初に言おう。私たちは君とは敵対しない」
秀星は内心少し驚いた。
(最初から下手に出てくるとは思ってなかったんだがなぁ)
とはいえ、敵対しないという言葉に嘘がないことくらいは秀星も理解できる。
「俺もそう言うめんどくさいことをするために来たわけじゃないんだ。そうだな。君……いや、君たち。俺に従う気はないか?」
「……ほう」
エイドスウルフの目つきが変わった。
こちらを測っているのだろう。
ただ……測り切れるのかどうかは別。
数秒間、硬直したままだった。
だが、向こうが脱力した。
「すぐには決められない。敵対しないことと、服従することは別だからな」
「ま、そっちにも誇りだの掟だのいろいろあるだろうからな」
ここに来るまでに、秀星はエイドスウルフの基本的な生活習慣をセフィアから聞いた。
まず、彼らが食するものだが、人間以外の動物だ。
やはりと言うか肉食だが、人は食べないらしい。
理由として大きいのは、『霊獣だから』だろう。
肉体の多くを放棄し、魔力的に進化したのが霊獣だが、生きるための糧にするのは魔物たち、もしくは同じく霊獣たちであり、動物はあまり食べない。
理由としては、魔力が肉体にどの程度侵食しているか、と言う部分だろう。
魔力的な部分を肉体に反映させ、本来なら手にすることのできない膂力を得ているのが魔物である。
そういった魔物達を食すことで、霊獣たちは魔力を得て、人間で言う栄養補給を可能とする。
だが、動物は肉体に魔力が反映されていないので、霊獣にとっては食べても何の役にも立たない。
霊獣は動物における肉体的な部分を捨てているので、肉を食べても味がしないのだ。オマケに栄養もないので、食べても意味はない。
結果的に、人間を食べることもないのだ。
「ま、しっかり話すといい。ただ、俺に従うとして、後悔はさせない。それは覚えておけ。セフィア。行くぞ」
「はい」
秀星は背を向けて、帰って行った。
いずれにせよ、もうすぐ夜になる時間。
良い子は帰って寝る時間である。
……秀星が良い子なのかどうかは議論する必要があるかもしれないが。
★
「秀星様。よかったのですか?」
「何が?」
「やろうと思えば恐怖支配も可能だったでしょう。それに、餌付けも可能だったはずです」
「まあ、可能だろうね」
神器を十個所有し、そのすべてにおいて使用制限がないのだ。試練をクリアしても、条件的な問題で使用が不可能な場合があるということを考えれば、秀星は戦力的に恐ろしいものになる。
食料に関しても、狼は大体、シカなどを食べる。
秋ごろになるとサケを食べるらしいが、まあそれはそれとして、確かに餌付けも可能だ。
「ただ、あの狼たちは、俺に従う理由がないんだよね。それに、別に従えようと従えなかろうと、俺の今の戦力を考えると誤差の範囲だ。戦闘力、生産力、諜報。どれをとってもな」
極端な性能を持つ神器と、汎用性の高い神器の二種類がある。
だが、その両方を持っているのだ。いずれにせよ、問題はない。
「それに、顔を見せに行ったって言うのは、別に嘘じゃない。戦わずともわかるというのなら、本能がしっかり機能しているんだ。敵対しないということを最初に表明してきた以上、無理にかかわる必要もないしな」
敵対の意思があるというのなら、死なない程度に痛い目に合わせるつもりで秀星はいたのだが、別にその必要もなかった。
ならば、それでいいのだ。
「エイドスウルフがこの森の中ではどの程度の強さなのかは知らん。ただ、あれほど堂々としているのなら、それなりに上位だろ。そいつらに顔を見せておいた。今日のところはそれで十分だ」
「それもそうですね」
セフィアも納得したようだ。
(さて、次はどうするかね?)