第二百九十五話
「さて、秀星。あと一日で君たちは帰るわけだが、最後に何かやっておきたいことはあるかい?」
会議が終わって、廊下を歩いていた時だ。
急に、秀星はアトムにそんなことを言われた。
長いような短いような二週間。と言うことなのだが、秀星からすれば若干面倒な二週間だ。
しかも、『黒の世界樹』という、なんとも爆弾になりそうなものを抱えているのだから当然である。
だが、文化祭も参加したし、最高会議の会議にも参加することが出来た。
ジュピタースクール以外の学校に行っていないが、別に行くことが義務と言うわけではないし、一々することが降ってわいていたので仕方がない。
まあそもそも……文化祭が開かれている時、セフィアをすべての学校に送りこんだので大体わかっているのだが。
さて閑話休題。
最後にやりたいこと、と言われて、秀星は考える。
この学校でやっておきたい技術は見せた。
魔法関係において情報が当然飛び交うのだから、もうすでにそれらは知られているだろう。
さらに言えば、楽しむにしたって観光するのにはもう時間は長くない。
第一、ほぼ自由に転移出来る秀星からすれば、地球は狭いのだ。
当然、その一部でしかないメイガスフロントも例外ではない。
文化祭も楽しんだし、最高会議にも出席した。
正直……お腹一杯である。
「いや、俺個人としては特にないんだが……」
「なるほど。その顔を見る限り、十分楽しんだようだ。というよりお腹一杯のようだね」
「ああ。そうだ。はっきり言ってすることが多かったからな。自分から動いた分もあれば、押し付けられた分もあるが、十分楽しんだからな」
「そうか」
アトムは微笑んだ。
そして、その表情のまま言った。
「なら……最後に私と戦ってみるかい?」
「……」
秀星は何かを測るようにアトムを見る。
そこには何の悪意も感じられない。
かなり好奇心も混ざっているようだ。心拍数もそれなりに上がっている。
「……俺がアトムと?」
「そうだ。私も実際、気になっているんだ。私と君が戦ったら、どうなるのかとね」
「俺も気になるっちゃ気になるけど……無理だろ」
「そうだね。私たちが問題なくとも、このメイガスフロントの方が壊れてしまうだろう」
お互い、まだ全力など一度も出していない。
だが、それでも圧倒的な戦闘力を発揮する。
いつその精神的な制限が外れるかわからない。
そしてそうなった時、いくら魔法で頑丈に作られたメイガスフロントとは言え、耐えられるかわからない。
秀星は、神器を十個持っていて、それをもとにして思考実験を繰り返し、できる限り『原点』に近づくことで、『根源的な強さ』を手に入れてきた。
アトムは、『最高神の神器』という圧倒的なそれと、神の力であるそれを使いこなす圧倒的な才能を持っている。
『真理』VS『神才』
ぶつかりあったらどうなるのか気になるものは多いかもしれない。
秀星から見ても、最高会議の五人で最強はアトムだ。
だが、ぶつかり合うとしても、今じゃない。
「今俺達がぶつかっても、意味なんてない。俺は、お前みたいなライバルはいらない」
「そうだね。私も、君のようなライバルはいてほしくないなぁ」
間違いないのは、お互いに負けず嫌いと言うことだ。
どちらに軍配があがるのかある程度考えているかもしれない。
だが、それを実行し、『勝敗と言う現実』になったら、それはダメだ。
『現実』というのは非常に脂っこいもので、信念とか理性とか、そう言ったものを超えて、原始的な感情を引き起こし、そして掴み取ることになる。
そうして引き起こされるお互いの感情の変化が、どうしても分からない。
「もう少し、決めない方がいいだろうね」
「ああ。その通り。俺も、お前と戦うとなれば、それ相応に覚悟しないといけないからな」
いろいろ、考えている。
だが、わずかに期待しながらも、実際にやろうなどと言う話には一切ならない。
もちろん、その脂っこい何かが嫌なのだ。
ただ、本能的な部分で、お互いに恐れているのだ。
【戦いが終わった時、何に失望してしまうのかが分からないから】
神器とは使いこなせていくうちに、自分が守ろうと考えていたものや、大切にしていたものが、実はたいしたものじゃないと気づかされる力だ。
最高会議に出席して客席を見るが、傲慢な雰囲気を持っていたのは全て神器を持っていない者だった。
次元が違う。
ただし、上に違うとか横に違うとか、そういうものではなく、もっと異質なもの。
ならば、お互いに神器を手に取らずに戦えばいいと言うだけの話だが、神器と言うのは一度使うとそう言う問題ではなくなる。
「ま、やることはやった。後はもう、あっさり帰るさ」
「そうだね。私もそれがいいと思うよ」
まだ、決めたくない。
だから、後回しにする。
いい判断なのかはわからない。
しかし、全貌など誰にも見えないのだから、それが最悪なのかどうかなど分かるはずもない。
ならば、今はこれでいい。
お互いに、お互いの実力を信頼できる。
今は、それで十分だ。
だからひとまず二人の中では、今はこれが一番美しい形だと、そう信じたい。




