第二百八十話
「ふーむ……かなりいろいろ考えている人が多そうだね」
天森勝人は、そんなことを呟きながらノートPCを操作していた。
彼が今いるのは研究室のとは別にある彼専用の実験室兼自室。
研究室にすら存在しない重要な機材も存在するほど。
セキュリティも万全であり、最高会議の五人が会議を行うほど重要な学校であるジュピター・スクールが用意する部屋と考えれば、それもかなりのものである。
のだが……。
「で、影葉さん。なんでこのセキュリティで中に入ってこられるんですか?鍵かけてましたよね」
「……鍵はしっかりかかってた」
近くのベッドの上でちょこんと座るマフラーとポニテが特徴の低身長の少女。
身長に反して胸が大きい。
神出鬼没である影葉である。
「……まあ、もうあきらめてるのでいいですけど、ここに来たってことは、また何かやることがあるんですか?」
「これ」
封筒をひょいっと右手で差し出す影葉。
しかし、一体どこに持っていたのやら。勝人にはさっぱりわからない。
勝人は影葉がいるところまで歩いていって、封筒を手に取った。
差出人は『新道英司』
ちなみに、『親展』と書かれているが、影葉に渡している時点で他の人間が読めるわけがない。と勝人は考える。
「うわー……開けたくない」
「英司様から、『すぐに読むように伝えろ』って言われてる」
「……」
ものすごくいやそうな顔をしている勝人だが、それを言われてしまうと何も言えない。
「ええと……あ、別の洋紙に鈴乃さんが要約したものが……『発表は百点満点中三十三点』って……辛口すぎる……あれでも結構頑張ったのに」
「英司様曰く、『努力点が三十点』で『内容点が三点』みたい」
「これはツライ!」
せっかく頭ひねって考えたとしてもこれではどうにもならない。
努力点が内容点の十倍。
ぶっちゃけ、『無駄な努力ばかりしてるぞ』と書いているようなもの。
「あと、備考欄に『実の有る努力をしている割に視野が狭い』って書かれてるんだけど」
「英司様は『魔物生成』を理解して、後天的に手に入れた人だから。これくらいのことは分かってる」
「……やっぱあの人の頭っておかしいな」
「ただ、『意思力』というネーミングセンスは褒めてた」
「そこ!?」
新道英司はいうほどネーミングセンスが悪い人ではなかったはずだが。
「英司様は『コード3341714』とか、そんな感じの名称で物を管理するタイプだから」
「そう言えばそう言う人だった」
勝人は一度、新道英司の執務室に入ったことがある。
本棚にはいろいろなファイルがあったが、一つとして内容のある名前はなかった。
「ちなみに『コード3341714』って言うのは、君が言う『意思力』を研究するときのコードネーム」
「なるほど……ちなみに、『3341714』って……何かあったの?」
「あったと思う」
あったのか。
「ええと……あとは、意思力を扱うときに外部に漏らさない方がいいことだとか、絶対にやってはいけないことだとか、そういったものだね」
「特に赤いペンで書いてるところは絶対に守るように、といってた」
「分かりました」
守らないという選択肢はない。
というより、守らなかったことがあって、本当にひどい目に合ったのだ。
これは『新道英司の外部協力者』の共通認識である。
ちなみに、これは剣の精鋭のエンジニア、御堂千春も同じで、彼女はこの大失敗を数年前にやらかしたのだが、その時の処理は勝人の目の前にいる影葉が片づけたことで大事にならず、当時のデメリットの部分が浮き彫りにならずメリットだけが残ったことで、評議会の本部で働くような技術者として評価されるようになった。
なお、勝人はその事情があった後で外部協力者になり、その一件を聞いた後で『自分はそんなミスはしない』と言いながら大失敗したのだからバカである。
「まあでも、思ったほど規制されないですね」
「朝森秀星の影響で色々な技術が増えるだろうから、これくらいは大丈夫と考えているみたい」
「……それもそうか」
当然、天森勝人もジュピター・スクールの生徒であり、この一週間で秀星が示した技術の数々は知っている。
概要の説明と、実演と、コツの開示。
その技術の上を理解し、そして『何か分からない場合は遠慮なく聞け』と言っているようにも見えるオープンさ。
あんな魔戦士がいるとは思わなかった。
「……影葉さんは、英司様と朝森秀星が戦った場合、どっちが勝つと思いますか?」
「わからない」
「……影葉さんでもわからないんですか?」
「私はまだ、二人の底を測りきれてない」
「……それほどですか」
観察力と……まあ、もうひとつ頭がおかしいと思うほど高いものがあるのだが、それは置いておくとして、とにかく観察力は高い。
その影葉ですら予測不可能だとは……。
「多分、英司様の秘書の鈴乃さんなら、一応結論は出すと思うけど、私は予測すら不可能」
「……すごいレベルの話だなあ」
勝人は研究者であるが、戦闘員ではない。
正直、潜りこむレベルによっては、自分の身を自分で護ることも難しいだろう。
そのため、すごいことは分かるが、それ以上の理解は不可能だ。
「私は話したことは終わった。そろそろ帰る」
「分かりました」
「……でも、もうちょっとお兄ちゃんを見てから帰る」
「はぁ……え?」
「一応言っておくと、私の名字は朝森じゃない。それじゃ」
次の瞬間、通気口以外完全に密閉された部屋から、影葉は消えた。
「……これは訳が分からなくなってきたなぁ」
単純に研究するというのならいいのだが、こう言う話になると弱い勝人であった。




