第二十八話
「ニュースや新聞ではまだスタジアムのことが載ってるな」
『マジェスティック・スタジアム爆破事件』という見出しでいろいろなことがかかれている記事を読みながら、秀星は呟いた。
「魔法社会のことが絡んでくる損害に関しては、今までは評議会が揉み消していたのですが、その評議会の力が弱くなった結果。対応が遅れているのです」
「名家とか貴族が集まって対応とかしないのか?」
「というより、やり方が分からないのですよ。今まで評議会に任せきりだったので」
「……なんか簡単に潰れたけど、結構必要な組織だったんだな」
「当然です」
評議会が無くなったことによる影響がかなり出始めている。
ノウハウの蓄積量が評議会は多かったのだ。
うまく調節することが多い評議会は、発展もそうだが確認作業も膨大に行っていた。
ただ、この確認作業が精密に行われているので、後にその情報を使うものが苦労することが無い。
整理整頓は進歩の礎である。
奇想天外は進化の礎である。
まあそれは措いておくとして、ノウハウを蓄積していた評議会が機能しなくなったことで、今まで出来ていたことが出来なくなり、今まで起こらなかったことが起こるようになった。
「秀星様はどう思いますか?」
「……マニュアル通りに行かないってところなんだろうな。異世界でもあった」
組織と言うのは常に様々な部署が存在し、様々な業務が日々こなされている。
明確な目的と確定した業務があれば、それらはシステムの一部として動く。
安定していれば、組織と言う単位で見ると『自動化』されているに等しい。
特に外部から手を加えるまでもなく、円滑に進むだろう。
定期的に修正を加える必要があるものの、そうして生まれるのが『マニュアル』というものである。
「外部の人間がその組織から人材を引き抜いた場合、そのマニュアルの内容が漏れることに等しい。それは要するに、『続かないようにするためのルート』も導き出せる」
常識と言うものはどこかで生まれて、そして動くものだ。
だからこそ、完璧なマニュアルは存在しない。
99%が永続することはあっても、100%になることはない。
だからこそ、『続かないようにするためのルート』が存在するのだ。
利権にあふれていた評議会の現状を考えれば、99%などと言う立派なものではないだろう。
「なんていうか、困っている人数の多さだとか、機能しない部分だとか……例えるなら世界恐慌みたいな感じになってるな」
「わかりやすい例えだと思います」
魔法社会における評議会と言うのは、表の社会におけるアメリカのようなものだ。
昔、アメリカの株が暴落して世界恐慌が起こったが、今の魔法社会でも似たようなものが発生している。
オマケに、表よりも動く金額が多い分、性質の悪いことになっている。
「……ん?着信が……来夏からだな」
出てみた。
「はい、秀星です」
『秀星。今どこにいる?』
「自宅」
『なら、近くの銀行があるだろ。すぐに行ってくれ』
「どういうことだ?」
『銀行強盗だ。しかも、強化された武器を所持してる。オレは別の場所で起こってるテロを潰しに行くから、そっちは頼んだぞ』
来夏が言い終わると同時に通話が終了した。
「銀行強盗か……」
「制御するものがいなくなったとでも思ったのでしょうか」
「分からん。ただ、考えるよりも行動だ」
秀星は椅子から立ち上がった。
★
秀星は銀行をよく利用している。
いや、していた。と言う方が正しい。
両親が他界して、遺産で生活していた秀星は、必然的に金を預ける場所が必要だ。
当然、預けていたのは銀行である。
「……こういうときのテンプレって、銀行強盗は二人だけなんだが、なんか大所帯だな」
銀行はシャッターが下りていた。
その周りを、武装したもの達が見回りをしている。
見たところ二十人くらいはいるだろうか。
と言うより、そのメンバーを見たことがある。
「……アイツら。確かガイゼルがいた洞窟に入ってきたやつだな。八代家に預けていたはずなんだが、一体いつ脱走したんだ?」
ガイゼルを捕獲しようとして突入してきた襲撃者たちだ。
全員が武装を取り戻している様で、ハイパワーライフルを持ち、腰にはアサルトライフルを吊っている。
アサルトライフルはガイゼルが熱線で壊したはずだが修復されたようだ。
周辺に人影はない。
まあ、明らかに銀行強盗なのだ。
オマケに装備が物騒である。
秀星が一般人なら、何か用事があったとしても別の銀行に行くだろう。
「多分、魔法とかそう言ったものを含めると、SATより戦闘力は上だろうな。少なくとも交番勤務のおっちゃんの拳銃では無理があるか」
秀星はそうつぶやいた後、指をパチンと鳴らした。
とある能力を持ったフィールドが広がるのを感じながら、秀星は突撃する。
ついでに、漆黒外套と星王剣を出現させる。
「な、貴様は……」
「撃て!」
銃をこちらに向ける強盗犯たち。
あの隊長の姿はない。
まあ、いてもいなくても関係はないのだが。
「無駄だ」
放たれた銃弾も、魔法的な要素など全く見つからない、普通の弾丸だ。
アルテマセンスを持つ秀星に取っては、引き金を引くところと銃口が見える場所にある普通の銃弾など、当たる要素などない。
秀星をとらえきれていないし、そもそも、彼らは困惑している。
狙いだって定まらないだろう。
「な、なぜ魔装具が起動しない!?」
「チッ、ならこれで――ガッ!?」
アサルトライフルを出そうとしているが、あの時やった不殺剣で斬る。
一撃で気絶した。
とはいえ、『本来ならあるはずの殺傷力がないだけ』なので、残るのは気絶と言う結果だけなので当然だが。
「何でお前らが八代家から抜け出して、銀行強盗なんぞやっているのかは知らん。だが、犯罪だと分かっていないわけじゃないよな」
剣を構えなおす秀星。
強盗犯たちは驚くと同時に恐怖していた。
「な、なぜ魔装具が起動しない……」
「起動したからって俺に勝てるわけじゃないだろ」
当然、秀星がやった指パッチンで構成されたフィールドの影響だ。
ただし、魔法が使えなくなるフィールド、と言うものではないのだが。多くの場合によってはそうなるので認識としてはそれで十分なのだが。
「ま、今のお前たちは、まともに動けないだろ。重たい外装を、魔法を使って軽くしていたわけだしな」
彼らはかなり動きづらそうにしている。
魔装具が起動していないので、彼らの外装を軽くする魔法が機能しないのだ。
「ちなみに、お前たちがあの洞窟で襲ってきたとき、今やっていることができないわけじゃないからな?」
「な……手加減していたというのか?」
「していたに決まってるだろ」
秀星は再度突撃する。
だが、彼らの動きは鈍く、魔装具としてのパーツを組み込むことで威力を上げた結果、素の方で若干威力が不十分な銃で秀星を倒せるわけがない。
神器というのは、一つあればその時点で理不尽だ。
それを十個も持っているのだ。どう手加減しても秀星が勝てる。
逆に言うと、降参しない限り負けることができないともいえるが。
「さて、全員終わった」
全員気絶させた。
魔法で手錠を作って彼らを拘束しておく。
八代家を通じて評議会で研究させるためにあえて残しておいたのだが、もう残す理由もない。
秀星は魔法の発動機構を全て壊して、そして、シャッターを見た。
「ふーむ……」
漆黒外套と星王剣を引っ込めて、マシニクルを左手に出現させた。
そして、シャッターに向けて発砲する。
すると、自動的にシャッターが上がった。
人質が何人かいる。
あと、隊長が高笑いしている。
「これってドアぶっ壊したら器物損壊……だよなぁ。まああとで弁償するとして」
マシニクルを引っ込めると、保存箱を出して、『装着者の情報をあやふやにするマント』をとりだして被った。
そして、ドアを蹴り破って突入する。
隊長は高笑いしていたところで急に轟音がしたこともあって、すごく変な声を出していたが、秀星は忘れてあげることにした。
「な、何者だ!」
(よし、しっかりマントの効果が効いてるな)
ちなみに、情報があやふやになるので、喋っても問題ない。
「……通りすがりの正義の味方みたいな『何か』だな」
「ふざけているのか!おい、撃て!」
周りにいた強盗がこちらに発砲してくるが、先ほどと同じだ。
ちなみに、秀星はあの不殺剣を拳でもできる。
外傷はないのに殴り倒すという奇妙な感じになるのだが、秀星だと分からないだろうから問題はない。
「む?起動していな――ガフッ!」
鳩尾に一発入れた。
誰もいないところで暴れるのならもうちょっとつきあってやるが、こういう場所なので変に時間はかけません。
そのまま全員殴って気絶させて、手錠をかける。
「よし、完了」
秀星は人質の方を見る。
「もう大丈夫だ。安心しろ。警察も呼んだからな」
「あ。ありがとうございます」
「と言うわけでさよなら」
秀星は走って銀行から出た。
そして、そのまま路地裏に入りこむ。
マントの裾をピンッとはめると、自動的に保存箱の中に戻って行く。
「ふう……」
「そのマント。暑くなかったのですか?」
振り向くとセフィアがいた。
任務が終了して、さらに裏路地に入ったので来たのだろう。
「うん。快適だった」
「そうですか」
さて、もうここに用はない。
秀星とセフィアは転移魔法で朝森宅のリビングに戻る。
そこで、秀星は思いだした。
「連絡しておくか」
秀星は電話で来夏に完了報告をして、二語三語はなして通話終了。
セフィアが菓子を出していたので食べながら言う。
「それにしても、何であんな感じになっていたんだ?」
「カルマギアスの中も混乱している。ということです」
秀星の頭をよぎるおっさん。
「だからと言って銀行強盗をねぇ……もうちょっと裏に生きようと思わなかったのか?」
「そう言う人もいるでしょう。装備だけはそこそこ良かったので、まとまった金額を得ようとして銀行を襲ったのでは?」
可能性としては十分と言うか、別に追及する必要もないのでそれでいいと言うか……。
「それで襲われるなんてたまったもんじゃないが……これも、評議会がなくなったことが影響しているのか?」
「それもそうですね。評議会と言う組織は、こういった時に備えて監視を行う人材も育てていました」
「ほう」
情報が早い部分があったのだが、監視部隊がいたのか。
組織の中でも黒い部分と言うものはあるものだ。
「すでに抹殺されているか、引き抜かれていますが」
「……」
行動力がマジで日本人とは思えない。
先のことを考えない部分はマジで日本人だけど。
「面倒な置き土産をしていったもんだな……」
秀星は背もたれに身を預ける。
「秀星様は大きな組織を作るつもりはないのですか?」
「ない。面倒。そういうストレスはいらない」
秀星は即答する。
ただ、本当に何か必要だとは感じていた。
「……あ。セフィア。俺がぶっ壊したあのドア。弁償するからあとでそれ相応の金額を渡しておいてくれない?」
「畏まりました」
セフィアの顔に、若干の呆れが混ざっていたのは気のせいではないだろう。
秀星はあえて気にしなかった。いつも通りである。