第二百七十話
FTRという組織は、頤綴が作り上げた『都合の悪い者たちに効率よく集まってもらうシステム』である。
集まったところで『集団洗脳』を行うという、文字通り非常な手段だが、秀星が賛成したところを考えれば、一定の価値観を持つ者にとってはためらいなく実行可能なことであることがわかる。
ちなみに、ここでいう『洗脳』だが、当然のように神器がかかわってくる。
「爽快だな」
「そうですね。これほど多くの魔戦士が、すべて綴様に忠誠を誓う部下となったのですから」
綴と晶子が立つ檀上の下。
そこにいたFTRに所属していた『綴にとって都合の悪い者たち』は、すべて、神器によって洗脳された。
すべての人間が、『自分』という存在がなくなり、綴に対して忠誠を誓っている。
いや、忠誠を誓うという表現は少し違う。
自分がないため、ただ単純に、綴の言葉に対して『事務的に忠実』というだけのことである。
綴の意見を最高位と認識し、そしてそれをもとに行動する。
ある程度の裁量権があるため、『もっといい方法があればその方法を選択する』というシステムになっており、さらに『綴に一時的に敵対したほうがメリットになると判断した場合であっても、その方法を放棄する』という命令が存在する。
文字通り忠実といっていいものであり、『人間の形をした機械』といっても過言ではない。
「だが、なんだろうな。これほどの人材がそろっていても、秀星に勝てるビジョンがないのだが」
「私もありませんね。そもそも、あのメイドにすら及ばないでしょう」
「そうなると、本当に秀星が持っている神器は、本当に下位神の神器なのかどうかが気になるが、それは置いておくことにするとしよう」
何が真実なのかはわからない。
だが一つ、綴と晶子が確信を持っているのは、『おそらくその差に関しても、秀星は何らかの答えを持っている』ということだ。
でなければ、上位神や最高神の神器がはびこる中で、あそこまで自信に満ちたまま生きていくことなどできない。
「まあいい。この日を持って、FTRは実質的に解散。そして、新たに、私が率いる組織で台頭することにしよう……秀星には敵対しない方針で」
「何と言いますか。ここまで様々なものが『敵に回したくない』と思わせることができる存在というのはある意味恐ろしいですね」
相性的とかそういうレベルではない。
神器持ちである綴と神器持ちではない晶子では価値観が異なることは避けられないが、それにしたって異常なことだ。
「まあいい、都合の悪い部分をまとめて処分し、絶対に私を裏切らない魔戦士が集まったのだ。これ以上を望むのは欲張りだろう」
「そうですね」
絶対に裏切らない。
この確信が持てることは、世の中にはそう多くはない。
第一、そういった綴自身、もしも秀星が綴と敵対したらその確信が崩れると思っているからだ。
ただし、そうはならない限り、この忠実な状態が続くと考えている。
催眠ではなく洗脳だ。
一般社会に紛れ込む必要があるため、催眠に近い部分もあるかもしれない。
だがしかし、少なくとも、本人が自分からその洗脳を解くことはない。
魔法というものが存在する世界の中では、『精神的な可能性』というものは薄くなる。
それが神器ならなおさらである。
人間という種族の構造をすべて知っているような神々が作った神器も中には存在するのだ。
脳を作り替える。と言って過言ではないレベルである。
人には確かに無限の可能性があるが、それは人だけの話であり、神がかかわれば無限などいくらでも有限になる。
今回のこの洗脳。たとえ家族が来たとしても解けないだろう。
そもそも、家族と接する際は本当にいつも通り接することができるのだ。
人としての権利を平気で踏みにじる。
ある意味、人として人を支配していることと同義であり、何かと優越感があるものだ。
ただ、綴が少し驚いたのは、秀星がそれを無条件で受け入れたことだ。
人体実験を嫌う秀星という少年は、『尊厳と自由を踏みにじる行為』を嫌うと考えていたし、それは犯罪者に対してもそうだと考えていた。
なので、あの場に綴が出向いた本当の目的は、どれほど条件を引き出せるのかということである。
洗脳などという手段を選んだ綴と秀星が敵対した場合、すべての計画が水の泡。
だが、予想とは違い、すべての条件を無条件で引き受けた。
「それにしても、なぜ秀星は、私のこの計画を無条件で良いといったのだろうか」
「どういうことですか?」
「いや……視点を変えれば、今私がしていることは、『尊厳や自由』といったものを完全に度外視しているからな」
「答えは簡単です」
「何?」
「秀星という少年が許せる範囲で、綴様が考えた以上に酷いことが思いつくからですよ」
「……なるほど」
「視野も広いですし、私たちが知らない知識をいくつも持っている。発想に技術が追い付かないことはよくありますから、計画を立てる場合はできる範囲で考える必要がありますが、その範囲も質も、私たちでは秀星には及びません」
「私が考えた以上に優れた方法か……」
「さらに言えば、仮に綴様が『正義』だとか『悪』だとか、そういった言葉を使った場合は今の結果になっていないと思いますが、『都合が良いか悪いか』という言葉だったので、総合的に問題ないと判断した。ということでしょう」
晶子の見解に綴もうなずく。
「まあ、いろいろと考えられることはあるが……調子に乗らなければ問題はないということだな」
「そうですね」
結局そこだ。
「とはいえ、法律はおろか倫理観を疑われることをしている自覚はあったほうがいいですよ。少なくともこのままでは、息子さんに顔向けできませんね」
「否定しない」
晶子の指摘にぐうの音も出ない綴であった。




