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第二百六十八話

 秀星とセフィアは八番通りをまっすぐ歩いていた。

 たまに隠れていたであろう下っ端が追って来るときがあるので、それを適当に倒したりしているが、問題は全くない。


「ただ、ちょっと予想外なことって言うのはあるもんだなぁ……」


 秀星は、『こちらに対して全く敵意を感じないリムジン』を見て、そう思った。

 かなりの要人が乗りこむであろう装甲車だ。

 物理、情報、魔法。全てに対して優れた耐性が付与されたものだろう。

 ……残念なことを言えば、プレシャスで斬れるし、マシニクルでハッキングできるし、タブレットの魔法で粉々にできるのだが。


 リムジンの助手席から、一人の男性が出てきた。

 青い髪を切りそろえた中年男性だ。五十路あたりだと思われる。

 身にまとっているスーツもやたら高級感が溢れるものだが、どうやら『良い年の取り方』をしたようで、スーツに着られている感じはしない。


「……ふむ、この状況でリムジンに乗ってくるような空気の読めないモノに対して何の警戒もないとはな。よほど余裕なのかと思ったが、その表情を見る限り、本当に私に敵意がないことが分かるようだ」

「それくらいわかるよ」

「なるほど」


 どうやら勝手に納得しているようだ。


「自己紹介をしておこうか。私は頤綴(おとがいつづり)。元評議会マスターランクチーム『オブザーバー・デーモンズ』のマスターにして……FTRの最高司令官だ」

「……」


 それを聞いた秀星の表情は、全く変わっていなかった。


「……驚かないのか?」

「驚いてほしかったのか?」

「勿論だ。今まで君にかかわり続けていた敵組織のものが出てきたのだ。そう思うのが普通だろう」

「すまないが、敵組織の最高司令官が、敵意も悪意も全くなしに現れるっていうシチュエーションは初めてじゃないからな」


 異世界で経験済みである。


「なるほど、よほど酔狂な人生を歩んでいるようだな。流石、あの男の息子だ」

「……」


 秀星としては、自分の行動のありとあらゆることが、『あの男の息子なら……』といった理由ですべて解決されてしまうことに対して不安しかない。

 一体どれほど頭のおかしいことをやっているのかと思いたくなる。


「話を戻そう。君には、ここから先に進んでほしくないのだ」

「理由は?」

「確かに、君たちが考えているように、それ相応に重要な仮拠点がある。もっとも、巧妙に隠しているのだが、君ならすぐに発見してしまうだろうが」

「当然だな」

「私は、それを止めてほしいと言っているのだ」


 何故、と聞く前に、秀星は気になっていることがあったので聞くことにした。


「……なあ、アンタって、本当に理想郷を目指してるのか?」

「勿論だ」

「なら、理想郷って何だ?」


 前々から気になっていたことだ。

 秀星はそれを聞いた。

 頤綴は、それを聞いて笑みを浮かべる。


「当然だろう。『自分にとって都合の悪い者がいない世界』だ」

「……」

「幹部にすらしていない話があるが、聞きたいかね?」

「最初から話すつもりで来たんだろ。なら許可なんて待たずに話せばいい」

「なるほど、なら話をしよう」


 そういって、語り始めた。


「私が言う理想郷と言うのは、先ほども言った通り、『自分にとって都合の悪い者がいない世界』のことだ。私はそれの実現に向けて動こうと、ずっと昔から考えていた。だが、ならば、自分にとって都合の悪い者を探しだして潰していくのでは、あまりにも時間がかかりすぎる」

「まあ、はっきり言ってどこにいるのかなんて一目では分からないからな」

「そうだ。そこで私が考えたのは、自分に取って都合の悪い者を、一箇所に集まりやすいシステムを作る。ということだ」


 秀星はその言葉を聞いて理解した。


「なら、FTRっていうのは……」

「そう、私に取って都合の悪い人間を集めるためのシステムなのだよ」


 秀星は気になっていたことがある。

 特に上層部あたりの話だが、それらの者達のほとんどが、秀星を天敵としている。

 どうしてここまで似たようなものが集まるのか。と思ったものだ。

 たまに外れている者がいるが、カモフラージュのような気がしていた。


 秀星も考えなかった。

 犯罪組織が、実は、トップの者に取って都合の悪いものを集めるためのシステムだということに。


「だが、都合の悪い。といってもいろいろあるものでね。私は集めやすくなるように、私に取って都合の悪いということがどういうことなのかを定義し、それに該当するものがほぼフリーパスと言っていいレベルで入りやすくした」


 都合が悪いということは、その人間の一つの要素のことを差しているわけではない。

 とある要素があるか、また別の要素がないか。そんな様々な要素の複合体である。

 だから、それを定義することで、それを潜り抜けるという『自分にとって都合の悪い者』を集めやすくすることにした。

 おそらく、援助金も多かったのだろう。

 逃げないようにすることはもちろん、その『都合の悪い者』が、まだ外にいる仲間を誘いやすくなるように。


「私はそうしたシステムを作り上げた。だが、このシステムには重大な欠点がある」

「制御システムがないことだな」

「そうだ。結果的に似たような思想を持つものが集まりやすいということになる。根本的な部分が似ているが、まったく別の常識の中で生きてきた者たちが集まると、意見や情報の交換が思ったより早かった。規制することは意味をなさない以上、外部に何かを用意するしかない」


 要するに。


「それが俺か」

「そうだ。君は、嫌いなものが私と同じだからね。まあ、同じなのは『人体実験』と言う言葉に対する、その一点だけだが」

「……要するに、もうそろそろ必要数が集まったから、と言うことか?」

「そうだ。今回のこの作戦。あまりにも必要な人数が多すぎて、正式に所属していないメンバーも混ざっている。要するに、元いるメンバーが外部から誘った者たちだ。そうして膨大な数が集まったよ。君を殺せると聞いてね」

「変な話だ」

「そうだな。ただ、それが真実だ。そうして、私が決めていた数が集まった今、もう、私にとって都合の悪い者達は、私に対して対抗するための『団結力』を失った」

「団結しなければ、多くの者は弱い。だからこそ、計算で導きだした割合から人数を算出、集めていたって訳か」

「そういうことだ」


 理解が早くて助かる。と言っているように、綴は頷いた。


「だが、イレギュラーが出現したらどうするんだ?」

「ふむ……そもそも、100%ではないからこそイレギュラーが発生する。そして、常識が動き続けるこの世界で、100%のシステムなど存在しない。ならば、死守するべき部分を守るしか方法がない」

「出現することそのものを否定しないか」


 秀星は頷いた。


「で、これからどうするんだ?」

「当然、洗脳するのさ。絶対解けないような洗脳をね。効かないものは別の処分をする。それだけの話だ」

「……」


 それを聞いた秀星の興味は、リムジンの中に移った。


「そのリムジン。誰が運転してるんだ?」

「私の腹心の部下だ。でてきなさい」


 そう言って出てきたのは、黒髪を伸ばした少女だ。

 まだ高校生くらいの年齢だが、幼い印象はない。

 ただ……秀星の隣にいるセフィアの胸を見て、まるで親の仇のような目線を向けているが。

 そしてそれを見つめる少女本人は……まあ残念なものである。

 千春クラスのペチャパイだ。


「……晶子。言いたいことは分かるが今は抑えなさい。あと自己紹介だ」

「はい……私の名前は早乙女晶子(さおとめしょうこ)。綴さまの裏秘書を務めています」

「裏秘書?……ああ、要するに、他のメンバーに認知されていない秘書ってことだな」

「はい」


 理解した。


「……ここに襲撃してきた奴が、時々『(エス)から提供された物』って言ってたんだが、それってアンタか?」

「はい。私は技術者でもあります。最も、一番重要な材料を用意したのは私ではありませんが」

「なるほど」


 秀星はそれを聞くと、二人に背を向けた。


「もう話はいいのかい?」

「構わない。その都合の悪いやつか?洗脳しようが処分しようが好きにしろ」

「ふむ、君はそう言うことすら嫌うと思っていたのだがな」


 秀星は溜息を吐いた。


「ま、そう言う割り切りができないと、ここまで強くはなれないってことだ。あと、俺が嫌いなのは人体『実験』だ。アンタがやってるのは単なる『処分』。俺が関与するようなところではないし、もともと俺がやろうと思っていたところだ」

「なるほど、君も君で、正しいとは言いきれんらしい」


 秀星は一つだけ気になることがあったので、それを聞いておくことにした。


「ところで、何で今報告に来たんだ?」

「私たちにとって規定数に達したということ。後は……晶子が作り上げた装備を私も見たが、それを見て確信した。おそらく君はこれから、FTRに構っていられるほど暇ではないとね」

「……」


 秀星はそれ以上は何も言わずに、その場を後にした。

 いやなことが起こりそう。

 要するにそれだけのことなのだ。


(まあ……片手間に片づけられるだろ。多分)


 常に、秀星の想像を超えていく。

 だが、どうにもならないかどうかとなれば、そうではなかった。

 それなら、もう、それでいい。

 踏み込む必要のない部分まで、秀星はわざわざ行かないのである。

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