第二十六話
「どういうことだこれはあああああああ!……何か前にもこんな叫び声を上げた気がするな」
簔口亮介は、カルマギアスの関東支部で叫び声を出した。
かなりの枚数送られている報告書類。
確認すると、離反してカルマギアスを抜けているメンバーが多数存在することが分かったのだ。
「評議会が壊滅したと思ったら、こちらでもいろいろとひどいことになっているな。かなりの人間が抜けだしている。しかも、カルマギアスとしてもトップレベルの人間も抜けているな」
評議会が『良いところ』を切り取られたように、カルマギアスでもそのようなことが起こっている。
犯罪組織ではあるが、長年続いているのだ。
当然、その歴史に見合ったマニュアルが存在するのだ。
トップレベルの人間しか知らない情報だってあるし、一応、簔口も伝えられていないわけではないが、関東支部支部長と言うレベルでは、本当に上の連中の情報は分からない。
まあそれでも、長年勤めているので察することはできる。
何をしているのかをキーワードで管理して、後はそれを整理すれば大体なんとなく分かるものだ。
内側を覗こうとするのではなく、外からゆっくり観察すればいいのだ。別に急いでいる訳じゃあるまいし。
「……ん?近藤葉月とその両親も抜き取られているようだな。何であの無能どもがこの流れに乗ることが出来るんだ?」
報告書類のリストの中には、離反したもの達の名前に、近藤葉月と、その両親の名前もあった。
はっきり言っているだけで面倒だったのに、なぜわざわざ爆弾を抱えていこうとするのか。
簔口の中で、いろいろと切り取っていった新組織が実はMなのではないか?と考え始めたが、一応、本人の中でも答えは出ている。
「評議会、カルマギアスの両方に深くかかわっていた近藤葉月が欲しかったのかもしれんな。辻褄があうというか……」
あとは、派閥を大きくするためにわざと無能を引きこんだ。と言ったものだろう。
新勢力が出現していることは明白だが、その勢力の中で派閥ができないはずがない。
人は三人集まれば派閥ができるのだから。
さらに言えば、優秀な人間が多数集結しているが、優秀と言っても種類があるもので、それらをうまく踏まえて配置しなければ運営そのものに無理が出る。
簔口ならまず人事部にはなりたくない。
「ん?近藤を求めていたということは……」
簔口はさらに書類をガサゴソと漁った。
一応、鍵をかけていたところや、しっかり隠していたところもちゃんと確認する。
そして、椅子に座り直して、呟いた。
「……魔竜の召喚結晶がなくなっている」
その通り。
別に渡したわけでもないのに、召喚結晶がなくなっていた。
そして次の瞬間。
「まあいいか」
簔口にとってはどうでもよくなった。
いずれにせよ、秀星を相手にしてしまう可能性がある時点で、どんな手段も無に帰する。
「魔竜の召喚結晶は、朝森秀星がいたころからの話だからな。あれは敵にまわしていいことなんて絶対ない」
長年、みんなが嫌がるポジションで頑張っていた簔口の目は肥えている。
その上で判断しているが、「ありゃダメだ」というのが簔口の感想だった。
組織として新米であろうと、強い者は強い。
簔口は、戦闘能力が記載されていないものを、会ってもいないのに決めるような人間ではない。
明らかに強い組織(例えるなら評議会のマスターランク)でも、クッソ弱い時があるからだ。
スキルとかアイテムが強いだけで、本人がマジでゴミの時がかなりある。
「できる限り回避するか……いっそのこと手を組むのも面白いかもしれんな」
カルマギアスのことを犯罪組織だと思っているのはもう覆せないだろう。
だが、簔口亮介と言う個人がどう思っているのかはまだ分からない。
そう考えると、まだつながりができる余地はある。
「いっそのこと、私個人が抜けても……あー……御剣羽計がいるのか。絶対だめだこれ」
まじめで有名な御剣羽計。
というより、一応決めた信念があるというか、それが覆らないというか、だましやすいのだがそこまでに至る経緯が面倒なのだ。
会った瞬間に斬られかねないし。
「どうする?腹黒のアレシアはあまり相手にしたくないし、リーダーあたりでも接触するか?……いや、電話番号は変えていないはずだから、普通に電話するのがいいだろうな」
いずれにせよ。選択肢は多くないが、別に致命的と言うわけではない。
簔口としても、秀星と連携できずとも、敵には絶対にまわしたくはないのだ。
仲間にはなれない。
カルマギアスで会った、恩師との約束がある。
ぶっちゃけ、簔口が今もカルマギアスで活動しているのは、その約束があるからだ。
それさえなければさっさと抜けている。
だが、外部協力者程度なら、関係を築くことは不可能ではない。
ふと、簔口は思った。
いつもより、支部の中が騒がしい。
「ん?人が多いような……」
次の瞬間、扉が爆弾で吹き飛んだ。
そして、中に特殊な銃器を持った人間が三十人以上なだれ込んできて――
――尋問するための一人を除いて、全員が倒れた。
「これでも関東支部支部長なんだ。アポくらいとらんか……」
「な……ど、どういうことだこれは。うわああああ!」
その最後の一人も、天井からつるされるように足が引っ張り上げられる。
明らかに慌てているが、簔口はそう言った反応は見慣れているし、そもそも、簔口のようなレベルのものを相手にするのだ。しっかり実力を持っていると判断し、万全の状態を期して向かって来てもらいたいものである。
「どういうことなのかと言うことだが、私のことを調べているのなら、私のスキルが『糸』を生み出すものであることを知らないわけではないだろう」
簔口亮介のスキル。『クリエイト・ストリング』
イメージ的には、皮膚の上に薄い膜を作って、その膜から糸を放出する。と言ったものだ。
様々な材質で糸を作ることが出来る。
そして、様々な材質で作ることが出来るということは、光の反射もしないうえにすごく細い糸だって作れる。もうそうなって来ると、『よく見ても見えない』ので、奇襲にはもってこいなのだ。
「お前たちが吹き飛ばして入って来たそのドア。そこには、私が自由に動かすことが出来る糸を使って何重にも罠を作っている。一応有名だったのだが……」
「ば……爆弾で一緒に吹き飛んだはず……」
「ああ、あの爆弾はそういう理由か。だが、あの程度でちぎれるほど脆くはないぞ」
糸は爆弾の影響を受けても切れることは無い。
ここだけ聞くとよく意味が分からないが、簔口は、作りだした普通の糸であっても、そこに付与魔法をプラスして、本来の材質ではあり得ない強度にすることが出来る。
「というか。私はお前のことを見たことがあるな。傘下組織の一人だったか?」
「ち、違う。俺はそんな部隊になんて……」
「ああ。うん。もういい。あとで自白剤を使うからな」
簔口が手を振ると、襲撃犯たちは全て、新しく簔口が作った檻の中に入れられた。
全員が頑丈な糸で縛られている。
これでもう、逃げることはできない。
「朝森秀星なら、力技で抜け出すんだろうなぁ……」
そんなことを考えている簔口。
あながち、できないわけではないだろうし、するような状況になったら捕縛することは考えない方がいいと思うが。
「面倒なことになった……本当に面倒なことになった」
大事なことなので二回言いました。みたいな雰囲気を醸し出す簔口。
なんというか、やはり彼は不憫なのである。
近くの檻でわめく襲撃者を尻目に、簔口は哀愁漂う様子で椅子に座るのだった。
「私が溜息を吐かずに過ごせる日は来るのだろうか」
そんな日はおそらく来ないだろう。