第二十五話
『昨日の午後四時ごろ。突如【マジェスティック・スタジアム】にて爆発事故が発生しました。大規模なテロ行為として広範囲に爆発が発生しており、警察が現在調査を進めています』
秀星はニュースを見ていた。
そして、セフィアが作ったシュークリームを手で掴んで頬張る。
「スタジアムの地下に大規模な地下組織とはなぁ。ワールドレコード・スタッフで確認した時から思ってたけど、結構思い切ったことをしていたもんだ」
ニュースでは、かなりの部分が破壊されながらもさすがに原型は残っているスタジアムが映されている。
評議会の本部は、このスタジアムの地下に存在していた。
スタジアムの部分まで爆破されているのは、おそらく、襲撃した組織が脱出する際に楽にでるためだろう。
「スタジアムの地下を気にする人間と言うものは少ないでしょう。それでいて、建設面積が広いゆえに、地下面積も確保可能です」
「構造も単純って言えば単純だしな。面積確保なら遊園地を作ってもいいけど、そっちはいろいろと表の方で点検が面倒だし」
重機を魔法で強化できるので、下に下にと掘り進めることが可能だ。
ある程度まとまった面積があればよかったというだけで、スタジアムが建造されていたようだ。
そして、そのスタジアムの運営が、評議会の表の職業だったということでもある。
「それにしても、どんな組織も、継続している以上は基盤か依存があるわけだが、どっちも崩れたな」
「そうですね」
評議会が壊滅した。
正しくは、評議会の『良い部分』が根こそぎなくなったことで、今までのように抱えきれなくなったというべきだろう。
魔法社会の中でも表と裏がある。
評議会は、そうした表や裏に金や情報、技術や戦力などを用いて、つながりを作って大きくなった組織である。
誰かが倒れると、多くが倒れる。
誰かが困ったら、皆で助ける。
そんな組織であり、暫定のトップはいても、その椅子は調節するのがうまい人間であり、戦力的に質の高い人材ではない。
「良くも悪くも、大きくなりやすい組織だ。かかわるための条件が緩いし」
「だからこそ、裏切った場合に粛正も大きなものになり、それが抑止力にもなっていましたが、想定外なことは良く起こるものですね」
周りの言い分を考慮する必要がある反面、安全面はかなり保障される。
言いかえれば、自分が困るとみんな困るのだ。努力はするが、周りからの援助も必要である。
そんな感じだったのだが、それでも、依存している部分が多すぎた。
「バカな話だよな。周りの意見を聞かなければいけないから、何か大きなことができそうな人材が入ったら、利権のことばっかり考えて、依存していることに気が付かないなんて」
秀星のような魔力が極端に多い人間を手に入れることは、別に悪いわけではない。
だが、失敗しないための準備が万全な組織は、成功した後のことがうまくいかない。
即興が効かないと秀星は言ったが、それはそういうことなのだ。
確かに、秀星が入った時のようなパターンは、多くの者がその利権にすがろうとする。
ただし、それは秀星がいなければ何も進まない。
それと似たような状況が、評議会の内部では多すぎたのだ。
評議会と言う組織そのものは別に終わるわけではない。
ただ、基盤もなければ依存するものもない組織は、何も抱えることができないのだ。
「マスターランクチームの反乱か……」
五つあったマスターランクチームのうち三つが反乱を起こし、残っていた二つは全員が死体となっていたようだ。
いつからその計画が進んでいたのかはわからないが、短い期間で決まった話ではないはずだ。
戦力と言う点において周りを抑制していた部分が多い評議会は、それらも持っていない。
さらに言えば、評議会に所属していた故のメリットがほとんどなくなった。
「それに加えて、評議会の本部は大規模な襲撃により、多くの設備を強奪、もしくは破壊されました。本来なら継続する機能もほとんどがなくなっています。さらに言えば、秘密主義を敷いていたゆえに資料を持ちだせる人間がおらず、襲撃犯たちはその多くを持ちだしているようです」
「抱えていた設備や情報までなくなっているなんてな……」
その時、秀星のスマホの着信音が鳴った。
確認すると、来夏からだった。
「秀星だ」
『オレだ。秀星、今すぐに、九重市支部に来てくれないか?』
「分かった。今すぐ行く」
本部の壊滅からまだ二十四時間もたっていない。
しかし、それでも決めていることがあるということだろう。
秀星はシュークリームを即行で食べた後、腰を上げた。
★
九重市支部だが、建物自体がかなりダメージを負っているのだが、修復する暇がないのか放置している。
そんな建物の前で、羽計がきょろきょろをしながら立っていた。
見張りなのか、秀星を待っているのかいまいちよくわからない雰囲気である。
「羽計!」
遠くから秀星が呼ぶと、羽計が反応して秀星の方を見る。
近くまで来ると、羽計は頷いた。
「来たようだな」
「ああ。来夏から呼ばれたんだが……」
「みんな中で待っている。付いて来い」
羽計がそう言うので、秀星は付いていくことにした。
支部の中に入っていろいろ見ているが、外から見ればボロボロでも、しっかりと中では補強している。
ダメージを負っているのは確かだが、別に崩れる心配があるわけではないということなのだろう。
その中の会議室のような場所に入った。
会議室では、来夏、アレシア、優奈、美咲。
そして、剣の精鋭のメンバーではないが、風香と、本部で会った研究員の千春がいた。
「お、来たか。まあ座れよ」
来夏が疲れたような声でそう言った。
秀星と羽計も椅子に座る。
来夏は大きな溜息を吐いた後、全員の方を見て、そして言う。
「まず、察していたり、実際に知っている奴もいるだろうが、一応言うぜ。評議会は実質的に壊滅した」
驚いたものはいない。
だが、沈んだものはいる。
剣の精鋭は少数精鋭を座右の銘としているが、それでも、全く他とつながりがないわけではない。
そこから聞いているものもいるだろうし、実際に壊滅しているところを見たものがいたはずだ。
壊滅していることは何となく想像できたが、そうでないと思うことが出来ればいいと考えていた。と言うレベルなのだろう。
「規模を小さくして、新しい評議会もどきを作ることができないわけじゃねえが、これまでのようには行かねえだろうな。まだ、壊滅していることが魔法社会の中では公式となっていないが、既に、評議会から抜けることを決めているチームも多い。プラチナランクのほとんどは、評議会にいても、受けられる恩恵が少ないとみて脱退し、評議会以外の組織に所属するところが増えている」
「俺達の立ち位置は今のところどんな感じなんだ?」
「フリーだな。どこからもサポートされないが、どこからも命令されない。そんな感じだぜ」
溜息を吐きながらそういう来夏。
ただ、来夏を見ていると、それしか選択肢が無かったように見える。
少数精鋭だが、それは言いなおせば少ない人数の面倒を見ればいいと言うことだ。
現在、評議会はそれすらできない状況になっている。と言うことなのである。
マスターランクチームがいなくなり、実質的に、評議会ではプラチナランクが一番強いということになるが、マスターランクが持っていた功績を担保にして下のランクのものをサポートしていた部分がある以上、無理があるのだ。
マスターランクチームの影響力は日本だけのものではない。
だからこそ、海外との連携が取れないのだ。
質が落ちるどころのレベルではない。
「なんとなく分かった。で、風香と千春がいる理由は?」
「私は来夏さんに呼ばれてきた」
「本部の研究施設がつぶれちゃったし、いてもたいしたことはできないだろうから抜けてきたわよ」
簡潔に言ってくれて助かる。
「というより、もうこの流れだと、二人も『剣の精鋭』に入る感じよ」
「そうですね」
評議会が壊滅し、リーダーである来夏が『オレたちはフリーだ』と言っている以上、実質的に『元プラチナランク』の集団となるが、それでも『剣の精鋭』であるということなのだろう。
「秀星もいいよな」
「もちろん」
反対する理由はない。
評議会は実質機能していないし、機能しているとしても、来夏が脱退を決めたのだから、剣の精鋭はもう評議会とは関係のないチームだ。所属していた故にいろいろ言われることはあるだろうが、それは今考えることではない。もっと余裕が出来たときに考えることだ。
研究員である千春がいると話が進むこともあるだろうし、風香も、来夏に呼ばれたとは言っているが、自分の意思で決めた節がある。
そもそも、アレシアの言い分から察するに、剣の精鋭は、メンバーが急に増えるのだ。
来夏の匙加減でそれが決まるということがあらかじめ分かっている以上、来夏がいいと言うのなら秀星としても問題はない。
「ならいいさ。で、これからどうするのかってことになってる」
来夏はアレシアを見る。
「いろいろと選択肢はありますが、まず考えなければならないのは、モンスターに対するものです」
「モンスターに?……ああ、生態系を構築しているモンスターが、人の手によって今の形を保っている以上、これからも間引きや点検をする必要があるからか」
「その通り。ただし、これに関しては、魔法社会の名家や貴族が担当することになるでしょう。九重市に関しては、既に八代家がそう言うスタンスで調節を行っていたはずです」
「うん。お父さんが、あまり評議会にかかわる人達を山にいれたくなかったみたいで、私たちがモンスターを討伐してた」
それに加えて、ナターリアのような人間とコミュニケーションをとれるモンスターと連携していた部分もあるだろう。
人の数は足りないが、獣の数は多い。
手を借りることが出来るのなら、メリットを出すことでどうにかすることはできるはずだ。
ガイゼルも話をするだけならできないわけではない。
「ただ、これから何をすればいいのか、ほとんどのことが決まっていないのが現状だ。他のチームも、脱退したはいいが、どうするべきか迷っているところも多い」
「あたしたちは少数精鋭だから、すぐに情報が行き渡るけど、そういうふうにはいかない連中も多いからね」
羽計と優奈の言う通りで、上が的確な判断を下せないというのが現状だろう。
「評議会が機能しなくなると、犯罪組織の方も活発になるんじゃないか?」
「それが……犯罪組織の方でも、いろいろとあったみたいなのですよ」
「……え?」
秀星はすっとぼけたような声を出したあと、あのおっさんを思いだしていた。