第二百四十八話
夜というのは、不思議な時間だ。
休まなければ活動できない人間が寝静まる時間であり、夜が基本となる者たちにとっての活動時間となる。
そんな危険な時間帯であるにもかかわらず、別に警備員を増やそうと考えるものは少ないというのも事実で、とにかく、あまり警察にお世話になりたくない連中にとっては動きやすい時間となる。
そんな夜のジュピター・スクールの空高くから、一体のドラゴンが降りてきていた。
FTR名物といっても過言ではない黒竜である。
納富清治曰く、【魔力だけを糧にして召喚することができ、精神力においても鋼のメンタルを手に入れた調整体だ。名づけるなら、『デリケート・ドラゴン・α』とでも呼ぶべきものだろう】とのこと。
そもそも『デリケート・ドラゴン』という名前そのものが失礼な気がする上に、なんだかβとかγとかが出てきて、最終的に合体してΩになりそうな名前である。
とはいえ理想郷だとなんだのと言っているが、あったとしてもそんなものは空想の世界の産物。
言い換えるなら単なるサブカルチャーだ。
実際、この命名を聞いた瞬間の部下の反応は『もしかしてオタクなの?』と思ったが、そもそも理想郷などというものを目指しているのだから自分たちもほとんど同類だということに気が付いて何も言わなかった。という裏話がある。
納富清治が『ふむ……略するとデリドラアルファだな。なんか思ったより語呂が悪くない』といい始めた時点で、部下は部署を変えたほうがいいのではないかと二割くらい本気で思ったが、それはいいと思うことにした。
……そんな思わずげんなりしそうな話は置いておくとして、デリドラアルファはジュピター・スクールに向かって突撃する。
二十メートルほどの大柄な体だ。普通に考えれば止められる者はいない。
しかし、化け物しか住んでいない巣の中に、単なる人間が制御できる程度の爬虫類が飛び込むとどうなるのか。
その答えは状況にもよるが、一つ決まっていることはある。
「ふむ、やはり、要人が集まっていると人は狙いたがるのだな。異世界も地球も変わらない」
決まっているそれは、『作戦失敗』である。
「元ではあるが、俺は魔王だ。爬虫類の分際で頭が高い!」
デリドラアルファは、自分の上からくる圧力を感じた。
そして、それに対抗することができなかった。
後者に突撃しようとして軌道が変更して、グラウンドに『不時着』する。
わざわざ化け物の中に飛び込まなければならないのに挑んできた彼に敬意を表して『墜落』とは言わないでおこう。
デリドラアルファが顔を上げると、そこにいたのは金髪金眼の少年。
圧倒的に自信にあふれたその表情にデリドラアルファは顔をしかめるが、基樹からあふれてくるそのオーラに疑問を持った。
「俺が理解できないのか?まあそれはいいが……魔王の学び舎に襲撃してきたんだ。ためしに、肉体言語で自己紹介だ!」
瞬間移動に匹敵する速度で接近してきた基樹。
それに対して、デリドラアルファは動けなかった。
反応できなかったのではない。
しっかり見えていた。
だが、体が思うように動いてくれない。
そして自分の腹に炸裂する一発の拳。
自分の体に風穴があくかのように一撃。
「GYAAAAAAAAAAA!」
しかし、再生能力は高い。
傷と呼べるものであるならば、それは回復する。
「……?」
治ってはいる。
だが、本来は超速再生といっても過言ではないそれが、あまりにも遅い。
「どうした?ベストパフォーマンスじゃないことに驚いているようだが」
基樹はいたずらを仕掛けている子供のような笑みを浮かべる。
「まあいい。ならば教えておこう。俺のスキル『絶対的な風格』だ。その機能は簡単に言えば、『威圧による機能不全』だ。格下であれば、今のお前のように体は思うように動かないし、スキルもほとんど機能しない」
要するに、格下相手なら、あらゆる才能・動作能力が急激に下がる。ということである。
そして、格下かどうかを判断する方法だが、この『絶対的な風格』というスキルは、戦闘力を数値化する機能がもともと備わっており、その中で一番桁の大きい数字が自分よりも低ければ強制的にこうなる。
簡単に言えば、自分が四万だとすれば、相手が三万なら、千の位以下が何であっても等しく適用される。
「グルル……」
そうは言いながらも、思うように動かない体で距離をとるデリドラアルファ。
そんな彼に対して、基樹は不敵に笑う。
「さて……怖い夢を見る覚悟はできたかな?」
「!」
基樹の体から、膨大な魔力があふれてきた。
それこそ、噴火した火山のように。
基樹を起点にして、半径百メートル。
その範囲から、本当の意味で火山が噴火したかのように、魔力が上に向かって吹き上がっている。
「……」
鋼のメンタルを持つように調節されたデリドラアルファ。
だが、すでにその心はバラバラになっていた。
どうやっても勝てないとか、そういうレベルではない。
【たとえ自分が来世を迎えたとしても、こいつがいたらもう一度死ぬしかない】
そんな、あるかどうかも分からない死後の自分すらも覆す圧倒的な差。
それを、こんな小さな人間から感じているということ。
それが恐ろしかった。
いったいどんなインフレが発生すれば、このような現実があるのか。
それが、彼には分からない。
「もう立ち上がれないようだな。『腰が抜けていることに気が付いていないよう』だし」
「!」
デリドラアルファは、その時気が付いた。
すでに、自分が立ってすらいないことを。
「終わりだ」
基樹は接近すると、真っ白に輝く拳を放つ。
ドラゴンは白い光に包まれると、そのまま消滅していった。
「……まあ、こんなものか」
「このぐちゃぐちゃになったグラウンドをだれが直すと思ってるんだ……」
「ん?秀星か」
「俺以外にだれがくるんだ。人払いの結界を出してるくせに」
「なんで入ってこれたんだ?」
「聞くか?」
「……いや、やめておく」
基樹は苦笑する。
「案外慈悲深いんだな。魂に刻まれた罪の記録を強制的に清算し、『審問』を無視して天国に直送なんて」
「俺は自分に挑んできたものには、すべてこれで倒すことに決めている」
要するに、自分から挑む場合はそうしていない。ということになるのだが、秀星は追及はしなかった。
「へぇ……業でも稼いでるのか?」
「だから転生できた」
「なるほど。俺も覚えておこうか」
秀星が指をパチンと鳴らすと、ボコボコになっていた地面が元に戻った。
「なんだそれは」
「意外と簡単な魔法だ」
「……そうか」
案外、追及するのが面倒だと思うのは二人とも同じなのだった。
とりあえず、五日目は終了。
明日からどうなるのかは、またその時考えることである。




