第二百四十三話
「……」
基樹は夜の訓練場で、魔法の練習をしている生徒たちを観察していた。
何もない日だったので、何かがあるかと思って敷地内を歩いていると、こうして訓練している生徒たちを多く見かける。
成果主義の学校だが、午前中には授業があるのから夜は必然的にみんな帰ってくる。
だが、それでも何か物足りないものや、ノルマを達成することに苦労しない人間は、訓練場を使っているわけだ。
中には、こうして夜に集まって話し合いながら魔法を使っている者も見かける。
「……魔法か」
基樹は元魔王だ。
少なくとも、人の身でありながら魂は魔王であり、成長するにつれてあふれてくるものを受け止めるために体を作り変えている部分があるほど。
才能だけで勝利を勝ち取ってきたゆえに、本来人が手を出せないものに手を出してきた。
そしてそのうえで、彼は『蒼い炎の魔法』を見たことはなかった。
もちろん、見ればどういうものなのかを理解して使うことはできた。
その上で、彼は思う。
「一体、あいつはどのようにしてここまで理解したのだろうか」
基樹は右手を出して、その手の上に蒼い炎を出現させる。
今も練習している生徒たちよりも完成されているといえるその炎。
それを見て、基樹はいぶかしげな目線を向ける。
「俺があの魔法を見たとき、最初、『魔法』でありながら『魔法じゃない』と感じたが……その理由がわかった」
基樹はずっと疑問だった。
文字通り次元を壊せる自分が、秀星に負けてから今まで、何度も敗北していた。
魔王ゆえに、道具に頼ったことはない。
必要だと判断した場合でも、魔法で即座に作り出す。
才能というものがもたらす残酷で、理不尽なソレ。
だが、それをもってしても全く通用しない自分の手段。
「神が使う魔法……か」
神に会ったことはある。
そもそも、基樹が転生してきたのは、魂をつかさどる神にあって、この世界に転生するという選択肢を与えられたからだ。
その時の神を見たとき基樹が感じたのは、根本的な『違い』だった。
それがなんなのかはまだわかっていない。
「俺があの時、これに気が付いていたら、秀星にも負けなかっただろうか」
基樹は蒼い炎を消して、近くのベンチに座った。
そして、自分が戦ってきた経験を振り返る。
「次元の違い。といえばその通りだが……なんだろうな。あれは」
基樹は自販機に五百円玉を突っ込んで、コーヒーを買った。
ちなみにブラックである。
「あれ、基樹君。こんなところで何してるの?」
「……美奈か」
美奈がこっちに走ってきた。
「ちょっとこの学校で使われている魔法を見ていただけだ」
「なるほど、あれ意味わからないよね」
「ああ」
「でも、何か推測してるんでしょ?」
「あくまでも推測だが、神が使っている力が作用している」
「……どういうこと?」
「まだ俺にもそこしかわからん」
「なるほど」
「まあ余計に腹が立つ部分があるとすれば、秀星ならおそらく答えが出ているということなんだがな」
「そうだね。なんだかわかってるんだなって思うもん」
「そう思わせることができるというだけでもかなりのものだが、実際わかっているようだからな」
いったいどのようにして異世界に来たのかはわからないが、あの年齢しか生きていないというのに、わかっていることが多すぎる。
「お兄ちゃんに関しては私もよくわからないからね。私は生まれた時から、お兄ちゃんがいることは知っていたけど、お兄ちゃんから離れて生活してたから」
「ほう」
「基樹君も知っていると思うけど、お母さんは『転移・転送』に関してはすごいからね。二重生活も苦じゃないって言ってたよ」
「父親が化け物だが母親も大概だなお前ら……ん、転送?」
基樹は頭をひねった。
転移に関しては理解している。
美奈の母親が作った魔法陣で、母親と一緒に移動している美奈をよく見ていたからだ。
だが、自分を含めた『転移』に関しては知っていても、『転送』が可能だとは知らない。
「……神器。持っていたか?」
「お母さんは持ってないよ?お父さんは持ってるけどね」
「だよな……」
基樹は何か、すごく変な予想があった。
「あ、でも、お母さんは言ってたね。どこに転送するのかを指定しないのであれば、魔力を使えば使うほど遠くまで飛ばせるって」
「鬼畜すぎるだろ……?……まさかな」
なぜグリモアに来たのかわからない秀星。
もしかすると……。
(いや、今はいいか)
基樹は思考を放棄した。
秀星には確かに謎が多いが、だからと言ってそればかりに気を取られていても仕方がない。
そうして、魔法に意識を戻すのだった。




