第二百四十一話
秀星は基樹から『美奈のパーソナルスペースが狭い』という話を聞いたとき、『そういえば似たような馬鹿を知っているような……』と考えた。
「うへへへ、かわいい子だねぇ」
「むふふふ、すごい胸ですねぇ」
そして教室に戻ってくるとその雫といちゃいちゃしていた。
巨乳のバカと童顔の妹。
組み合わせとしては別に悪いわけではないが、教室のドアのそばで先生がどうすればいいのかわからなくなっているのはどうしたものか。
授業が始まる十秒前である。
とりあえず秀星と基樹は教室に入って、二人を引っぺがした。
そして、基樹は「失礼しました」と言ってそのまま美奈を連行していった。
秀星は「うちの妹がすみません」と思ったが、口には出さなかった。
「うへへ、とても抱きしめやすい体だったねぇ」
「いつまで余韻に浸ってんだ。さっさと戻ってこい」
チョップを頭に叩き込んで撃沈させる。
ちょうど先生が入ってきた。
「それでは二時間目ですね」
撃沈している雫は放置だった。
何かが遅れたとしても秀星は責任を放棄させてもらおう。
……とまあ、そんな感じだった。
★
昼休み。
ちょっと時間があると遠慮なく抱き合っている二人。
正直飽きないのかと思う周辺の生徒たちだが、秀星と基樹のほうが先に諦めた。
「なんだあれは」
「知らんよ」
そして宗一郎もげんなりしている。
英里はいつも通り無表情だった。
「まあ、いいのではないですか?別にみていて悪いものではないですし」
「……」
宗一郎と秀星から『え、君って百合とかいけるの?』という視線が英里に刺さったが、英里は気にしていないようだ。
とはいえ、別に秀星も宗一郎も基樹も、別に悪いと言っているわけではない。
単純に、公共の場で何やってんだ。と思っているだけである。
「お前ら何やってんだ?」
いつの間にか学食に作業服姿の来夏が立っていた。
娘の沙耶を抱えている。
ちなみにその沙耶だが、来夏が汗臭いのか、顔を来夏のほうにむけようとしない。
学食にいる生徒たちが来夏のほうを見て、そして沙耶を見て驚愕している。
「ん?なんだこの空気」
「たぶん、来夏が夫と娘がいるってことに驚いてるんだよ」
秀星が説明すると、何人かの生徒が飲み物を噴いたり、食べ物をのどに詰まらせてむせていた。
気持ちはわかる。
というより、基樹も驚愕している。
元魔王を驚愕させるとは、さすが来夏である。神器なんて一つも持ってないのに常識知らずだ。
「えへへ……む?」
美奈が来夏に気が付いた。
そして、沙耶のほうに視線が向いた。
「お~、とてもかわいいですね~」
ちょうど雫が抱擁を解いたので、来夏のほうに歩いて行って、沙耶を受け取る美奈。
Dくらいある胸に何の遠慮もなく顔をうずめる沙耶。
さすがに美奈は汗臭くないので遠慮はないらしい。
「えへへ、よーしよーし」
あやしている美奈。
そして全然寝る気配がない沙耶。
「あれ、寝ないですね」
「沙耶は三千キロカロリーくらい消費しないと寝ないぞ」
DNA自重しろ。
というかどうやって摂取しているんだ。
「お~、すごいですねぇ」
そして全然わかっていない美奈。
絡んでいるときは思考能力が低下するようだ。
……まあ、全員が途中から大体察していたが。
「どうやって摂取してるんだ?それ」
「モンスターからとれる牛乳には高カロリーが多いからな」
赤ちゃんに食わせるな。
「かわいいだろ」
「強い子ですね~」
何を考えればいいのかわからなくなってきたギャラリーたち。
すでに思考など停止している。
十分に楽しんだのか、来夏は沙耶を受け取った。
だが、絶対に来夏のほうを見ようとはしない。
「……なんでこっち見ないんだろうな」
((((汗臭いからに決まってんだろ……))))
というより、来夏が食堂に入ってきた時点ですでに臭っている。
信じられない発汗量だ。
「まあいいや。オレは飯食いに来ただけだからな」
秀星たちも、午後のダンジョン攻略のために食べに来ただけだ。
そういう学校のため、学食では大盛りメニューが多い。
「さて、今日も腹いっぱい食べるとするか。な、沙耶もいっぱい食べようぜ」
赤ちゃんに何を食べさせる気だお前は。
「デスソースビビンバ十人前!」
大食漢なうえに辛党。最強である。
カウンターの向こう側にいるエプロンをつけたピンク髪ロリータは信じられないと言いたそうな顔をした。
……沙耶のほうを見て。
「あ、沙耶にはどれがいいかなぁ……」
そういってカウンター上に張られているメニューを見る来夏。
ロリータはほっとしたようだ。
「大盛りチョコレートパフェを五つだな」
これには全員がひっくり返った。
雫と美奈だけは普通だった。まだトリップしているのか思考能力が低下している。
ロリータもひっくり返っていたが、マスクをつけるとビビンバとチョコレートパフェを作り始めた。
すごい速度で作っている。
(……ん?)
秀星はロリータが使っている包丁とエプロンを見る。
そして気が付いた。
(あれ神器じゃん!)
ちらっと宗一郎と基樹を見る。
二人とも気が付いたようで、驚愕している。
……まあ、その驚愕の四割くらいは来夏が原因だが。
そしてすさまじい速度で作ったそれらを、来夏はまとめてトレイに乗せて運んだ。
さすがである。
広いテーブルを丸ごと使って、来夏はそれらを広げる。
明らかにやばい色をしたチャレンジメニューが並んでいるところを見るとこの世の終わりかと思うほどだ。世界が滅んで食い物がないとしてもこんなものは食べたくない。
「なかなかすごいですねぇ」
美奈はふらーっと席についていた。
「ん?お前も食べるか?」
「まあそれもありますねぇ」
美奈は小さなスプーンをとって、パフェに突っ込んでそれを沙耶のほうに持っていく。
「あ~ん」
沙耶が口元に持って行ったとき……沙耶は十センチ以上距離があるパフェを驚異的な肺活量で吸って飲み込んだ。
……咀嚼していない。
「……あれ?」
「ハッハッハ!沙耶はそんな風には食わねえぞ」
来夏はパフェが入った容器をそのままつかんで、沙耶の口元に持って行った。
まさか、と全員が思う中で、沙耶は『ズゾゾゾゾゾ!』という音が聞こえそうな勢いで吸っている。
……食堂には『パフェって飲み物だったっけ?』という空気が流れていた。
「……えぷっ」
そしてゲップした沙耶。当然である。
「す、すごいですねぇ」
思考能力が戻ってきたというより、戻っていない思考能力でもやばいと思い始めた美奈。
「そうか?別にいつもこんな感じだぞ」
そういう来夏だが、秀星は沙耶の『普通の食事シーン』を見ている。
……あれはただの間食だったのだろうか。
「で、お前も食べるか?」
来夏はスプーンでビビンバをとって美奈に渡した。
「あ、いただきます」
美奈は笑顔で受け取って食べる。
「スパイスが効いておいしいですねぇ」
「だろ?」
信じられない。
基樹はそうでもなさそうだった。
「なあ基樹、美奈っていつもあんな感じなのか?」
「いつもではないが、たまにあんな感じで刺激を求めるタイプだ。辛党っていうわけじゃなくて全部いける」
誰の遺伝子を受け継いだのだろうか。
そして自分にもその血が流れているということがいまいち信用できない。
「……実はそんなに辛くないものだったりするのかね?学食にそんなひどいものなんてふつう出せるか?」
「知らん」
秀星はテーブルに行って一口もらうことにした。
「一口いいか?」
「いいですよ」
美奈はビビンバをスプーンですくって秀星に渡してきた。
秀星は食べてみる。
味がしなかった。
全くしなかった。
(……これは、あれだな)
無言で宗一郎と基樹のところに戻る秀星。
「辛くなかったのか?」
「いや、俺の神器のエリクサーブラッドが危機を感じて触覚を切ったみたいだ」
「「……」」
三人で来夏と沙耶と美奈を見る。
そして思うのだ。
この世で最強のスキル。
そんなものがあるとすれば、それは『ギャグ補正』なのではないかと。




