第二百四十話
時間が止まったのではないかと言う数秒間だった。
隣にいた羽計はもちろん、遠くでクラスメイトと話していたエイミーと風香、そして幸せそうに寝ていた雫すらも、カチンと固まっていた。
「……妹?」
「はい!お兄ちゃんと会うのは初めてですけど、血を分けた兄妹ですよ!……あの、信じてくれますか?」
「ああ、うん。俺は見ただけでDNA鑑定できるから、妹だってことは分かるよ」
秀星のほうが意味不明な存在なのかもしれない。
「良かったです」
そしてそれを何の疑問もなく受け入れる妹。
確実に変態慣れしている。
「しかし、俺に妹がねぇ……名前は?」
「朝森美奈です!」
「名前普通でよかった」
自分の息子に秀星なんてつける親だからな。正直いろんなところで浮きます。
「で、こんな時期に編入なんて珍しいな」
「あ、私は交際中なのですが、その彼氏さんが学校に行ったことがないと言っていたので、お母さんがもにょもにょしてねじ込んだみたいです」
「……」
秀星の脳を様々な情報が貫いた。
生き別れの妹が彼氏持ちだった。
相手がすごい事情を抱えていそうな気がする。
そして俺の母さんが生きていたのはいいとして何やってんだあの人。
「……はぁ」
秀星は結果的に溜息を吐いた。
その時、またドアが開いた。
「美奈。何処に行ったんだ?」
顔立ちは日本人のままで金髪金眼にしたかのような少年だった。
身長も秀星より若干高いかもしれない。
かなりイケメンだが、ジャンルとしては貴族風と言うか、そんな例えが似会う感じになっている。
「あ、基樹君!こっちこっち!」
美奈が手を振っている。
広くはない教室。すぐに気が付いた。
そして、その男子生徒が秀星を見た瞬間に顔をしかめた。
秀星の表情もピクピクしていた。
「……」
「……」
「あれ?お兄ちゃん。基樹君のこと知ってるの?」
「……」
「……」
「無言は止めたらどうだ。すごく怖いぞ」
「……」
「……」
秀星と基樹は黙って教室を出ていくと、屋上に向かって歩いていった。
誰もついてきていないことを確認して、秀星は言った。
「なあ、お前って魔王だよな」
「ああ。そう言うお前は、あの時俺の邪魔をしていた奴だな」
基樹。
こいつは転生者だ。
そしてその転生元は、秀星がいた異世界『グリモア』で魔王だった男である。
「一体どういうことだ?」
「簡単に言ってしまえば、今から十六年前の地球に俺は転生して、そして今まで生きてきた。と言うことだ。お前の方はそうではなさそうだが」
「ああ。そのままの時間に戻ってきた」
それにしても、と思う。
「お前、あの世界では残忍な性格だったよな」
「そうだったな」
「転生しておさまったのか?」
「バカを言うな。俺は転生して人間になったとしても、魂は魔王。生まれた時から、いずれ世界を征服しようと、鍛えながら情報を集めていた」
「そうか」
「実際、できると思っていた。なぜなら、グリモアにおいて魔王と言うのは、本当の意味で、それ以外の種族が何十年、何百年と積み重ねてきたものを、才能だけで踏みつぶす理不尽を体現した存在。そんな世界で、俺は努力し続けていたのだ。その経験と、魂の力を合わせれば、いずれ世界征服だろうと可能だと考えていた」
「……そうか」
「だがな……ある日、俺はコテンパンにされた」
「…………そうか」
「どういうことかって言うとな。お前の親父が強すぎるんだよ!」
秀星は何も言えなかった。
死んでいるとはあまり確信できなかった。
そう言う父親だった。
だが、鍛えている最中とは言え、魔王をボコボコにするとは思わなかった。
「俺が全盛期のころ、自分の力の千分の一も使わずに、星はおろか次元その物を壊すことだってできた。周りのすべてが下等存在に見えるほどだ。この世界に転生し、才能に努力を重ねて、そこまで強くなることを目標に頑張っていたが、お前の親父のワンパンで体がバラバラになるかと思ったぞ」
「うちのバカ親父がすみません」
会っていなくてもバカだと分かるのが秀星の父親である。
「まあ、世の中には理不尽と言う者が溢れている。数千年という時間を前世で生きたからな。盛大に驚いたが、新しい目標にはちょうどいい。俺は教えを乞うために頭を下げて頼んだ」
「……」
だんだん秀星の中で基樹にギャグ補正がかかっていく気がした。
まあ異世界でもそんな奴だったが。
「そしたら、あの娘が出てきた」
「妹だな」
「ああ。そうだ」
「どうだったんだ?」
「クッソ弱いなって思った」
「でしょうね」
秀星も美奈からは理不尽なオーラを感じない。
「でもな。あいつなんかすごいんだ。パーソナルスペースがクッソ狭いぞ」
「……母さんに似たな」
「まあ、そうだな。お前の親父に寄りかかってばっかりだった。ていうかお前の母親って何歳?見た感じ二十歳くらいにしか見えないんだけど」
「俺も聞いたことないな。秘密って言われたし、そもそも母さんの生年月日が書かれてる書類を俺は見たことが無い」
「どんな一家だお前ら……まあいい。妻と娘に密着されているお前の親父を見てむかついた俺は、業者に頼んで注文しておいた鋼鉄製のボクシンググローブを付けて、殴りかかった」
「どこの業者だ……」
「そして俺はワンパンで撃沈した」
「もう少し踏ん張れよ」
……なんかこんなことを誰かに言ったことがあるような気がする秀星。
「まあ、それはそれとして、紆余曲折に加えて東奔西走の結果、俺は美奈とつき合うことになった。ていうかつき合わなかったら俺の命が危ないと言う状況になった」
「……お前の人生、詰んでないか?」
「時々そう思うこともある」
基樹はそう言うと、さて、と言って拳をボキボキと鳴らした。
「お前には恨みがあるからな。お前よくも、ステータス最弱化の呪いをかけて回復不可能にした挙句、城から出られないように結界を張って放置しやがったなオイ」
鬼畜なのは秀星だった。
「まあ、あの時は異世界ですんなり物語を終わらせるために必要だったというだけの話だ」
秀星も拳を鳴らす。
「ふざけんな!ここでボコボコにして清算してやるぞゴルア!」
「やってみろやオルア!」
お互いにやけくそと言うか頭の悪いことをしている自覚はあったが、ひとまずこの場では譲れないことだということにしたようだった。




