第二十四話
九重市支部は緊迫した空気に満ちていた。
黒い剣を背負った男……いや、年齢は見た感じ青年とも言えるものだが、この状況でも落ち着いた雰囲気を持っているので、もっと年上に感じる。
「で、ヒョロ眼鏡。あの二人を俺が倒せばいいのか?」
青年はヒョロ眼鏡にそう言った。
「あなたまで私のことをそう呼ぶのですか!?私の名前は――」
「否定しないってことはそういうことなんだな」
仲が悪いというよりそれが普通のような雰囲気で、青年は風香たちの方を見る。
そして、剣をゆっくりと抜いて、切っ先をこちらに向ける。
風香の隣で、羽計が息を飲んだのが聞こえた。
実際、風香も雰囲気を感じとっていた。
「見たところそんなに強そうじゃないな。でも、高い金をもらっているし、その分は働くとしよう」
高い金をもらっている?
風香が頭の中で何かに引っかかった。
羽計が呟く。
「傭兵か?ならば、あの黒い剣と紫色の髪……まさか、如月宗司?」
風香の中でもピースがはまった。
如月宗司。
魔法社会の中でも犯罪組織専門の傭兵である。
相当ぼられるのだが、それに応じた実力を持っている男だ。
持っている剣は『魔剣』と呼ばれており、多くの組織が、彼に狙われないようにうまく情報を操作していると聞く。
「俺のことを知ってるのか。まあいいや。じゃあ死ね」
宗司が剣を真横に一閃する。
次の瞬間、空間を切り裂くような勢いで斬撃が広がった。
「「――!」」
風香と羽計は防御することをあきらめて、すぐに体を下げる。
体の上を死の斬撃が通過して、壁に向かって飛んでいく。
そして、壁を切断して、建物が揺れた。
羽計が呟く。
「ただの素振りでこの威力か」
「これは本格的にまずいね……」
風香の頬に汗が流れる。
当たっていたら危ないとかそう言うレベルではない。
かすっただけで、どれほどの衝撃に見舞われるか想定もできない。
「ほとんどの場合はさっきのあれだけで終わるんだが、少しはやるようだな」
宗司は剣を構えなおして――次の瞬間、風香の目の前に迫っていた。
「え――」
自分に向かって振り下ろされる魔剣に、風香は目で追うことが限界だった。
しかし、その剣は途中で止まる。
「!?」
宗司も驚いていた。
風香の目の前に、黒い小さな鳥が存在し、魔剣を止めているのだ。
「俺の斬撃を止めることが出来る召喚獣か……」
宗司も、その召喚獣を出した者が風香ではないことをは理解した。
だが、だからと言って誰がやったのかは想定すらできないし、そもそも、考えたところで意味はない。
宗司は魔剣を戻して、一呼吸置いた後に連撃を浴びせるが、鳥は全てそれを防御する。
「なかなか鬱陶しいな」
宗司はそうつぶやくと同時に、魔剣から黒い何かが溢れ始める。
そのまま一閃すると、黒い鳥に一閃。
とてつもない防御力だったはずの鳥が、両断されてしまった。
「え……」
「何を驚いている。自分の力ではないものに期待しすぎだ」
そう言って魔剣を振り上げると同時に、羽計が横から割り込んできた。
羽計は、この一瞬、宗司の意識が完全に風香に向いていると考えたのだ。
そこに不意を突く一閃。
「甘いな」
次の瞬間、足を振り上げた宗司。
反射的に羽計は剣を構えなおしたが、それでも、下から襲い掛かって来る衝撃は想定以上のものだった。
「くそっ……」
そのまま天井に激突し、落ちてきた。
そして宗司が剣を構えなおした瞬間、風香の刀のそばに風を集めていた。
「旋風刃!」
羽計には当たらない軌道で、風の刀を振りきる風香。
宗司は一瞬だけ面倒そうな顔をした後、魔剣を振って風を相殺する。
その瞬間にできた時間で風香は距離をとって、同じく時間が出来た羽計も着地すると距離をとった。
「人の隙を執拗に狙ってくるな……」
「格上が相手だから。それは当然だよ」
風香は正直焦っていた。
あの黒い鳥。せめてあれがいれば、何とかなる部分もあったかもしれないが、風香も過信しすぎたと反省する。
宗司が言った通り、確かに自分の力ではないのだ。
「何をしているのですか!しっかりとギャラをはらっているのです。さっさと倒しなさい!」
ヒョロ眼鏡が騒ぎ始めた。
「でもなぁ……格下としか最近やりあってねえし、正直やる気とかほとんどないんだよな」
「聞いていましたが、本当に不真面目ですね……それと、あなた達は何をしているのですか!」
ヒョロ眼鏡は宗司の取り巻き二人に向かって指さす。
取り巻き二人はハッとした表情になった。
「いや、何が起こっているのかよくわかんねえし」
「正直、俺らが介入できる感じじゃないんで」
かなり使えない取り巻きだった。
宗司が呟く。
「あー……そいつらどっちかっつうとデスクワーク系だからな」
「この見た目で!?」
ヒョロ眼鏡が驚く。
確かに、見た目は完璧にチンピラなのだ。そう思っても不思議ではない。
「良いからさっさと倒しなさい!早くしないと援軍が来るかもしれないでしょうが!」
「もう遅いぜ」
荒々しい女性の声が響いたと思ったら、天井をぶち破って来夏が降ってきた。
アレシアもいる。
「来夏!アレシア!……優奈と美咲は?」
「アイツらは精神年齢低いから連れてこなかった」
大剣を宗司に向けて、来夏は若干疲れたような表情でそう言った。
説得に苦労したのだろう。
「……剣の精鋭のリーダーだったか?」
「オレのことを知ってるたあ光栄だな。如月宗司」
「はあ……ん?」
宗司が取り巻きを見る。
すでにアレシアが二人をボコって手錠で拘束していた。
「……どさくさに紛れるようなことばっかりしやがって」
「まあ、そればかりはアレシアの性格の問題だ。な?」
「フフフ。どうでしょうね」
そういいながら微笑むアレシア。
レイピアを構えなおして、宗司の方に向ける。
風香、羽計、来夏、アレシア。
決して弱くはないといえる四人が集まったことで、宗司も頬を動かす。
「さて、楽しめるといいんだがな……」
「なら、すぐに意識を変えてやるよ!」
来夏が大剣を持っているとは思えないスピードで突撃する。
瞳が金色になっている。
風香はどういうことなのかよくわからなかったが、漏れ出ている魔力から考えると、何かを全力で視ていることは分かった。
宗司はわずかに頬を動かしたあと、魔剣を振り上げて大剣を防ぐ。
「ほう、オレの大剣を真正面から受け止めるたあ、すごいな」
「どんな鍛え方をしているのかしらんが、見た目通りゴリラみたいな女だな」
「血液型はB型だぜ!」
「否定しないやつを見るのは初めてだ」
次の瞬間、なんと来夏は大剣で連撃を叩きこみ始めた。
さすがの宗司も意味不明といった表情だが、うまくさばき始める。
だが、足が後ろに下がらない。
逆に、下がっているのは来夏の方だった。
「どうした?足が後ろに下がっているぞ」
「そこにいるとあぶねえからな」
「それはどういう……む」
足場が、崩れていた。
宗司は一瞬で周りを見渡すと、アレシアがレイピアの突きを放ち終わっていた。
どうやら、何かをついて、宗司の足場を崩したようだ。
来夏は大剣を全力で振りおろす。
足場が崩れた以上、足腰は十分に機能することはない。
そんな状態で、回避が不可能な一撃。
誰もがダメージは入ると考えたが……
「起きろ。リベリオン」
そういいながら腕の力だけで魔剣を振ると、来夏の大剣が両断された。
「な……」
唖然とする来夏。
だが、唖然とする仲間の援護をしないアレシアではない。
レイピアに依る刺突を連続で飛ばして、まるで機関銃の弾丸をばらまいているかのように宗司に攻撃していた。
宗司はそのすべてを叩き落としている。
来夏はその間に離れると、魔力を集めて大剣の長さを補助した。
刺突の連撃の最大数に達したようで、アレシアの刺突も止まった。
「……面倒だ。おいヒョロ眼鏡」
宗司がヒョロ眼鏡を見ると、羽計が拘束し終わったところだった。
「……ごちゃごちゃしたところで話を進める奴らだな」
「クックック。イライラするだろ」
「そうだな」
宗司は剣を床につきたてる。
それだけで、建物全体が揺れた。
「うおっ……」
全員の頭に、揺れたことに対する思考が生まれた瞬間、宗司は体を回転させながら全方位に攻撃する。
拡散させる分、威力は低い。
だが、全員が武器で防御しても、その全員を吹き飛ばすだけの威力を持っていた。
いや、来夏だけは床に踏ん張っている。
「はぁ……もう帰る」
「は?」
宗司が言ったその言葉に、来夏は耳を疑った。
「帰るといったんだ」
「秀星を捕らえるんじゃなかったのか?」
「それはあのヒョロ眼鏡が受けた命令であって、俺の話ではない。俺は陽動だ」
「陽動だと?」
「そうだ。まあ、すぐに分かる」
宗司は取り巻きの方を見る。
拘束はされているものの、そばには誰もいない。
魔剣を振って拘束具を破壊すると、二人を抱えて消えて言った。
どうやったのかはわからない。
転移したような、そんな雰囲気だった。
だが、宗司がいなくなったことで、戦闘が終わったことは事実だ。
「ふう、終わったか。それにしても、陽動って言っていたが、本当は何をするつもりだったんだ?」
来夏は呟くが、応えるものはいなかった。
★
究極のメイドであるセフィアのベッドメイキングは完璧である。
それはもう、潜りこんだだけでいい夢が見られそうなほど上質である。
秀星も、ぶっちゃけそんじゃそこらの国王が受けている以上のサービスを常に受けているようなものだ。
そんな彼の、寝る時の質だって最高峰に決まっている。
まあ要するに、ぐっすり寝ているだけなのだが。
そんな秀星に、セフィアは語り掛ける。
「秀星様。報告しておくことがあります」
「うぅん……何かあったっけ?」
「評議会が壊滅しました」
「ふーん……ワンモア」
「評議会が壊滅しました」
「リピート」
「評議会が壊滅しました」
「……マジで?」
「マジです」
秀星は頭に血を回していろいろ考えた後、こう言った。
「ちょっとコメントに困る」
「それは当然かと」
「壊滅ってどういうこと?」
「具体的には、存続可能になるための基盤の崩壊と言った方がいいでしょう」
「あ、離反とかそんな感じ?」
「はい」
秀星は考える。
「剣の精鋭の皆は?」
「問題はありません。まだエスコートバードは『機能して』いますから」
エスコートバードは、単一の鳥を出すような魔法に見えなくもないが、その実態は、『守護システム』の構築である。
その機能が正常である証拠としてあの鳥が出て来るのだが、別に鳥が一羽しかいないわけではない。
さらに言えば、エスコートバードは秀星に取っても上級と呼べる魔法であり、その性能はかなり高い。ベテランのSPが1000人以上の護衛能力がある。
秀星の性格が若干反映されるのが欠点と言えば欠点だが、エスコートバードそのものが回復魔法を使うこともできる。
本当にやばくなれば勝手に介入するようにできているのだ。
だから、今どこで何が起こっているとしても、秀星は剣の精鋭と風香の無事を心配していなかった。
だが、本部の方がつぶれるとは思っていなかった。
「荒れるよなぁ」
「当然です」
ぼやく秀星。
セフィアは、軽食を作りながら即答していた。
……急展開にもほどがあるか。
でも一応プロット通りです。