第二百二十九話
どこかで説明した気がするが、魔戦士の仕事はモンスターを倒すことで素材や魔石を手に入れることで魔法社会経済の基盤を支えるというものだ。
言いかえるなら『貢献』である。
わかりやすく数字として結果が出るものであり、優秀なのかどうかが一目瞭然だ。
そのため魔戦学校では、召喚魔法を利用した実践形式でモンスターと戦う実技授業もあるし、実際にダンジョンも保有している。
呼ばれた秀星たちの予定にもしっかりとそれらが存在する。
そういった授業もあって、この学校を無難に卒業した者は、それはそれなりに使える人材として見られるということだ。
自分は手に入れた素材を換金して報酬を得る。
これは社会貢献としても客観的にわかりやすく、ふるいをかけるのにも適していると言える。
そして、あくまでも貢献が目的だ。
決して、バトルエンターテイナーではない。
もちろん、『憧れ』という言葉は尊いもので、魔戦士としての『強さ』に魅せられた者たちが目指すこともあるし、実際に剣を、魔法をぶつけあって、試したいと思う者はどこにでもいる。
禁止されているわけではないし、そもそもルールが整備されている。
もちろん、見せしめとしてそれらを使うものたちもいるだろう。
最初はそうではなかったかもしれないが、組織や集団というものは、技術は上達しても思想は劣化するもの。
どうしようもない現状が続いて、今がある。
だからこそ、自分たちが信じているものの価値を疑うほどの『何か』というものに、人は耐性を持たない。
そしてそれを、秀星はよく知っている。
★
スタジアムの観戦席では多くの生徒が集まっていた。
昼休みじゃないのか?といいたいものもいると思うが、魔戦学校の生徒は、午後はダンジョンに潜ることになっている。
日本中で見ても巨大なダンジョンのようで、メイガスフロントに存在するすべての魔戦士が挑んでもまだ余裕があるほど巨大のようだ。
そのため、確かに昼休みといえば昼休みだが、その実態は準備期間である。
ちなみに、学生もランク分けされており、ランクによっていける階層に限りがあるが、これは当然のことである。
「おい、槙野さんが一般校のヤツと決闘するみたいだぜ」
「ハハハ!槙野さんに勝てるわけねえだろ。そいつつぶされるんじゃねえか?」
スタジアムのいたるところでそのような会話があった。
……性格はともかく強い。と呼ばれる人間は多いということだ。
さらに言えば、魔法社会の中でもそれなりに名の通った家の出身の生徒がそれなりに多いというのも事実なので、そんな中でも強者である槙野はシンパが多いということだろう。
ただし、もちろんそういう心境ではない生徒もいるが、逆にそういった生徒たちは秀星に同情し始めている。
虐げられて、そして反撃しても勝てなかったものたちの牙というものは、こういった学校ではすでにおられている。
さらに言えば、学校の上層部はそういった家の出身のもので占められている。
組織レベルの権謀術中の中であれば強者。というだけの人材で構成されているということだ。
そして、そんなアウェー感があるスタジアムだが、当然、沖野宮高校側ではそういったことはなかった。
そもそも、話のレベルが異なる。
ジュピター・スクールの生徒たちの多くが槙野という生徒を恐れているだけだ。実例として、槙野という生徒が空間に現れた時、道をあけながらもブツブツと文句を言う生徒と、彼に取り入ろうとする打算的な生徒に分かれるもの。
しかし、沖野宮高校の生徒が秀星に抱いているのは、理解できない強大な力を持っているという『畏怖』である。イライラしているときの秀星が急に空間に現れた時、その空間にいたものは、全員が一言もしゃべらないし、動くことすらない。
それこそ、自分の動きが目障りだと思われるのを避けるために。
それこそ、自分の声が耳障りだと思われるのを避けるために。
動くのは秀星だけで、秀星が歩いてその場を通り過ぎる音だけが響くのだ。
だからこそ、沖野宮高校の生徒たちは、秀星を相手にした槙野が潰れないかどうかが心配だった。
「まさか、初日からからまれるとは思わなかったね」
「風香ちゃん甘いね。秀星君がこんな楽しいことが起こりそうな学校に来て何もないわけないでしょ?」
「……否定できない自分がいます」
「エイミーに同意だな」
「でも、槙野ってヤツ。確か、来夏の実家と同じくらいすごいんでしょ?」
「トップクラスだと聞いたことがあるです」
「とはいえ……秀星さんが負けるイメージがわかないというのも事実ですが」
最後にいったアレシアの言い分に関しては全員が納得する。
少し離れたところでは、宗一郎と英里が見ている。
「どうなると思いますか?」
「勝敗の予測についてなら話す必要すらないか。ただ、今までの秀星のやり方を考えれば、少なくとも……相手が怪我をするような状態にはしないだろう」
「……は?」
「要するに、遊ぶということだ」
宗一郎はそういった。
ある意味、今の秀星に限定すれば、彼が一番、それを理解できていたといえる。
★
「よお、逃げずについてくるたぁ雑魚にしては威勢がいいじゃねえか」
「……」
秀星は黙って目をつぶって待っている。
「おい、何とか言えよ。俺を無視するんじゃねえ!」
「……」
秀星は黙っている。
というよりは、ある準備をしている。
「チッ。ここにきてビビったか。おい審判。さっさとはじめろ」
イライラし始めた槙野は、審判の教師を見てそういった。
明らかに年上に対する言い分ではないが、トップクラスの名家である槙野に対しては、教師であってもそれなりの発言力や功績がなければ意見はできない。
「ではこれより、沖野宮高校在籍、朝森秀星と、ジュピタースクール在籍、槙野良樹様の試合を始めます。相手を致死に至らせる攻撃は不可であり、戦闘不能になったものが負けとする」
「ああ。それでいいぜ」
「……」
無言で秀星もうなずいた。
「どこまでビビってんだ?まあいいや。存分に痛めつけてやるよ」
そして、審判が旗を降ろした。
「まずはお前のレベルに合わせて戦ってやるよ。俺は寛大だからなぁ。『ファイア・ボール』!」
確かにファイア・ボールに分類されるが、それでいて、発動する瞬間に魔力を送り込んでブーストしている。
元から赤いそれが、さらに熱く燃え上がっている。
もっと高位の魔法で可能なのかどうかは別だが、簡単な技術ではない。
もしも高位の魔法でも可能というのであれば、少数精鋭である剣の精鋭でもやっていけるくらいだ。
確かに天才である。
だがしかし……神器使いがいる現代の魔法社会では、天才というのは頂点に君臨できる要素ではない。
秀星は静かに唱える。
「『ファイア・ボール・真』」
秀星の前から放たれたのは、炎の玉。
ただし、その玉は槙野のようなものではなく、蒼い。
秀星の蒼い炎の玉は、槙野が放った赤い炎の玉をぶち抜いた。
そして、槙野の横を通過して壁に着弾した。
「な……なんだ今のは」
「俺がやったのは、無駄なものを全部落としたファイア・ボールだ。言い換えるなら、お前がやってるのは失敗作だよ」
「天才で偉大な俺を馬鹿にしてんのか!」
「事実を言っているだけだ」
「ふざけんな。『グランド・ボルテックス』!」
頭上に魔力が集まると、そこから雷が降り注ぐ。
いや、実際の雷だと、発動されてから着弾まで時間がほぼないので、『雷に似た何か』だが。
秀星は目をつぶったままで、唱える。
「『アクア・ボール・真』」
水の玉が出現して、雷にあたった。
そして、そのまま雷は消えていった。
「馬鹿な。水で雷を防御できるわけが……」
「不純物のない水は絶縁体で、電気を通さない。それだけのことだ」
「チッ!『アース・ブラスト』!」
次の槙野が使ったのは、岩石の砲弾。
秀星はまた、静かに唱える。
「『ストーン・バレット・真』」
出現したのは、直径五センチほどの石。
だが、超高速で放たれたそれは、槙野が使った岩を粉々に砕いて、また壁に着弾する。
しっかりと穴を作っていた。
しかも、クレーターのようだった。
「な……なんだ今の」
「石って言ってるけど、本当に突き詰めると隕石みたいになる」
秀星は目をあけた。
そこには、明らかな侮蔑の色があった。
「さて、まだ続けるか?」
そういって、秀星は『ストーン・バレット・真』を空中に大量に待機させる。
「ふ、ふざけんじゃ――」
次の瞬間、槙野の足元にクレーターができた。
見ると、弾丸が一発降ってきている。
明らかに嫌な汗を浮かべている槙野。
「別にふざけてないよ」
「だ、だが、致死に至る魔法は……」
「あー……なるほど、当てることができないんじゃないかって?」
そういうと、秀星は『普通』のファイア・ボールを出現させた。
「別にお前がやってることができないわけじゃないさ。ていうかお前も、弱者をいたぶるために、そういった調節は上手なんだろ?俺はもっと上手いぞ」
「……」
顔が蒼くなる槙野。
「さてと……ちょっと地獄でも見るか?」
「ま、待て――」
次の瞬間、槙野を避けるように『ストーン・バレット・真』がゲリラ豪雨のように降ってきた。
一発当たれば体が粉々になる弾丸。
当たらないと言葉でわかっていても、人がもつ恐怖という感情がそれをコントロールできない。
当然だが、一発降ってくるだけでクレーターが発生する。
まるで自分が爆撃されているような光景が目に焼き付けられるのだ。普通の人間には耐えられない。
土煙が舞って、そしてそれが晴れた時、完全に槙野は気絶していた。
「普通の人間には耐えられないさ。仕方がないことだ。要するに、お前も普通の人間だってことだ」
秀星は審判をちらっと見る。
「しょ、勝者。朝森秀星!」
拍手があったのは、沖野宮高校から。
それも、宗一郎が最初だった。
そして剣の精鋭が続いて、そして沖野宮高校の聖地たちに続いて、そしてまばらと増えていく。
それを聞いて、秀星は会場を後にした。




