第二百二十二話
実際、帰るとなると早いもので、すでに秀星たちは帰って行った。
もちろん、エインズワース王国が手配した最高級のジェットである。
そしてそのジェットを窓から見ながら、ジークフリードは頷く。
「やれやれ、規格外すぎてさんざん予定が狂ったが、どうやら帰ったようだな」
「そうですね。ジーク様の様々な計画が台無しになるかと思うとひやひやしておりましたよ」
「……いや、それは嘘だろ。かなり面白がってただろお前」
「まあ、そう思う時もありましたが、何かあった時にフォローするのは私なので、許容範囲を超えるのではないかと思っていた時はありますよ」
マーカスとしても、秀星がそういう性格だということは理解していたが、なんともひやひやしていたことはある。
とはいえ、ジークフリードのような苦労人の執事をしているような男だ。
少なからず、苦労するのにもなれているものである。
「それにしても、彼が帰るのは間違ってはいないと思いますが、それを狙って動きだすものもいるのでは?」
「いるのは当然だ。支持率があるというだけで、全てがアースーに従うはずもない」
「そんな中で、ジーク様もこの国を離れるとなると、いざという時の最終ラインがアースー様になりますが……」
「……まだ分かっていないようだな」
「は?」
「まだあのバカ親父はどこかで暗躍しているさ。私には隠しているようだがな」
「そんな馬鹿な。アーロン様の遺体は私も確認しています」
「私も見た。そして偽物だと思っているわけではない。だが、父上が何か余計なことをしたか、余計なことを考えていたのだろう。でなければ、あそこまで秀星が本気を出すのは不自然だ」
「……確かに、単純な解決のためには、あの魔法は大きすぎるとは私も思いましたが……」
あくまでもジークフリードの推測でしかないが、アースーが何かをしたとしても、あそこまで秀星に影響を与えられるとは思えない。
まだ甘いところがあるし、同じ神器を持つにしてはブレーキがかかっているのでいろいろと不都合な部分がある。
それを払拭するためというのならまだ言い分はあるが、それをするというのなら段階と言うものがある。
今回のようなことをするのは、何か別の目的がある。
ならば、あの魔法を選ぶ以上、何かしら影響力がある人間が必要だ。
敵に該当するものがいた。という可能性はあるが、拠点さえ作っているところを見ると相当長い時間いたことも視野に入るので、現実的ではない。
そうなるとこちら側なのだが、影響力を与えるとなると限られている。
まず最低でも神器持ちである。
だが、アースーやミラベルにそれほどの影響力があるかとなると話は別だ。
消去法でアーロンになる。
「とはいえ、何を吹き込まれたのか知らないが、あれほど本気を出させるほど秀星が呆れるとはな。バカなことを考えていたのだろう」
そして、その理由をなんとなく察しているジークフリード。
父親が何を考えていたのかくらい、分からないわけではない。
そこまで関係は薄くない。
「一体何があったのか、まあいずれにせよ、そろそろ父上も気持ちに整理を付ける頃だろう。私がこの国を離れても問題ない」
「はっきり言ってアーロン様の負債ですがね」
「そうなんだよなぁ。しかも、青春真っ盛りのガキならともかく、こんなおっさんを呼ぶんだぞ。絶対ロクなことじゃない」
「まあそれは私も思いますが、今更でしょう」
「……まあいい。借りは返そうか」
「そうですね」
結局、彼がこの国を離れるのも変わらない。
だからこそ、いかなる形であったとしても、彼の父親がいるのは悪いことではない。
「さて、何が待っているのやら」
ジークフリードは溜息を吐いた。
★
その頃のアースーだが、アリアナと飛んでいく飛行機を見ていた。
「行っちゃったね」
「そうですね。でも、そろそろこうなるんだろうなって思ってたので」
「僕もそうだけどね。さて、これから忙しくなりそうだなぁ」
いざという時の最強の保険はいなくなった。
まあ、いないのが普通といわれればそれまでだが、だからと言って悲観する暇はない。
「でも、何とかなるでしょ」
「そうですか?」
「少なくとも僕はそう考えてる」
アースーはラミレスとの戦いと思いだす。
確かに、あの戦いは……。
「……父さんも余計なことをするようになったなぁ」
アーロンも忘れていた。
彼らが持っていた神器『ハイエスト・ブレイン』は、『難しいことを考える時にその過程を省略する』というものだ。
何か疑問を持った瞬間に、それを解決してしまう。
アーロンは確かに、アースーの脳をいじって記憶を変えた。
だが、それでは本人の中で整合性が取れないのは当然のことである。
そして当然のように疑問を持って、それを解決してしまった。
「?」
「アリアナはまだ知らなくていいよ」
アースーは少女のような顔で微笑みながら言った。
「さて、戻ろうか、いつまでも空港にしても仕方がないしね」
「そうですね」
彼らも、本来の場所に戻る。
ちょっと前までいた父親はいない。
だが、これからは自分の仕事だ。
責任をとらなければならなくなる立場である。
だからこそ、こういう場所に長居は無用だ。
(また、秀星とは会うことになるだろうね)
アースーのそれは予想の範疇を超えなかったが、同時に、根拠のない確信でもあった。
★
「いつまでジェット機を見ているのだ?リアン」
「……秀星さんが乗ってるから」
「これはいろいろな意味で惚れたな……」
公安特務課本部。
そこでは、ミラベルとリアンとデイビットがいた。
「心配せずとも、また会えるだろう。彼は巻き込まれ体質のようだが、同時に巻き込み体質でもあるようだからな」
「そこだけ聞くと傍観系の主人公に見えますけど、秀星さんは自分からツッコんで行きますよね」
「とはいえ、彼が近くにいるのであればアレシア様は問題ないだろう」
デイビットは秀星を評価し、リアンは客観的に判断して、そして、それが結局どうでもよくなったミラベルが総論としてまとめた。
「とはいえ、考えただけで測れる男ではない。次にあった時に考えるとしよう」
「味方である限りは最悪の事態にならないってことですね」
「まあ結果的にそのような感じだが……どうなるのだろうな。これから」
また何かに巻き込まれるのだろう。
そして、それを秀星は否定しないし、突っ込んで行く。
だからこそ、彼を慕うものがいるのだ。
それは、秀星を『理不尽』として見るデイビットも、『セーフティライン』として見るミラベルも、『憧れ』として見るリアンも、変わらない。
★
秀星たちのフライト時間だが、思ったほど長くはない。
エインズワース王国と評議会がつながっていたこともあり、そのおかげで直通ルートが存在する。
だからこそ速く帰って来ることができるわけだ。
空港にたどり着いて、そして降りていく。
そこには当然、剣の精鋭のメンバーが待っている。
来夏が、羽計が、優奈が、美咲が、風香が、雫が、千春が、エイミーが。
そんな彼女たちを見て、秀星は思った。
多分これからの方が忙しいだろうな。と。




