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第二十二話

 任務終了後。

 いや、今回の場合は任務を達成したわけではない。

 決められたモンスターの討伐がうまくいかないので、途中で秀星と来夏が電話した。

 そのタイミングで、来夏が本部に報告するということになった。

 金色の毛並みの熊が森に大量発生している。

 このまま任務を遂行すると、逆に本来のモンスターの過剰狩猟になってバランスが崩れる可能性が出てきたこともあって、一時的に終了して本部の判断を待つことになったが、すぐには決められないらしい。

 調査専門の部隊を森に送りこんだうえで判断するそうだ。


 調査が入るということで依頼半ばで戻ることになった秀星たちは戻ってきた。

 ちなみに倒した熊だが、サンプルとして持って帰ってくるように言われたのだが、どうしようかと思っていると来夏が担いで持ってきているのだから言葉を失ったものである。

 それを二台目の大型トラックに業者が積み込んで運搬していったのを見届けて、秀星たちはポイントで集合した。


「ふう、来夏。さっきぶりだな」

「秀星。お前ちょっと痩せたな」


 来夏の言う通りかもしれない。

 秀星は子育てをする親の気持ちがすごく分かった気がする。しかも虎のペット付きであるという状況だからな。

 子供が元気な姿というのは和むものだが、それは最初だけ。

 途中で体力が精神的に続かなくなって、秀星は半ばばてていた。


「なんていうんだろうな。あの二人を制御しながらいろいろと動くのがもうしんどいのなんのって……」


 一緒に歩いている時はいいのだが、特に今回は金の毛並みの熊ばかり出てきていて、本来倒すはずのモンスターが少なかった。

 優奈が我慢できなかったのだ。

 間引きするはずがいつの間にか乱獲し始める有様で、そうなった優奈を美咲は制御不可能であり……まあ、そう言うことだ。

 思いっきり暴れるという点においては来夏もそうだろうが、精神年齢がまるで違う。


「はっはっは!まあ、それだけ苦労するってことだ、よく覚えておけよ」

「ああ。そうさせてもらう」


 秀星は、これからは、子を持つ親をバカにはできないな。と思った。

 帰宅後。


「あ~。疲れた」

「子守り。お疲れ様です」


 家に帰って来た秀星が座ったリビングのテーブルに軽食を置くセフィア。


「子守りって意外と面倒なんだな」

「今回の場合は特殊なケースだと思われますが、確かに面倒な部分もあると思いますよ」

「セフィアって、剣の精鋭の普段のメンバーの分け方って知ってる?」

「もちろんです」


 来夏+羽計

 アレシア+優奈+美咲。という組み合わせだ。


「普通なら来夏のところに入らないか?これ」

「ただし、それだと戦力的に偏りが出ます。アレシア様を来夏様のところに加えて、そして秀星様に子守りを任せることで、戦力的にバランスをとろうとしたのでしょう」


 セフィアとしては『優奈様と美咲様にいってもよく理解されず、秀星様本人の前で話すのはやりづらい内容の話をするためでしょうけどね』と思ったが、それは言わない。


「近くの喫茶店にでも入るか。たまには外でも済ませよう」

「畏まりました」


 ★


 セフィアに質の高い喫茶店を教えてもらって、そこに行くことにした秀星。

 九重市の中では辺境と言えば辺境で、人通りの少ない場所だった。

 そこに、落ち着いた雰囲気の喫茶店がある。


「喫茶店『サターナ』か。ここだな」


 セフィアに教えてもらったところだ。間違いはないだろう。

 入ってみると、ランクを抑えた明るい感じ、といったイメージがある。

 派手さがない。と言えばいいのか?

 造花だって置かれているし、木で作られたテーブルセットも明るい色の木材だ。

 まあ、だからと言ってどうするのか。という話になるのだが。


(あ、先客がいる)


 もうすぐ還暦を迎えるであろう小太りでスーツ姿の男性だ。

 疲れたような印象と言うか、哀愁が漂っている。

 カウンター席に座っていて、カルボナーラをちびちびと食べていた。

 客は男が一人だけで、他にはいない。


(それはそれとして……この人の『話しかけてくださいオーラ』が尋常じゃないな。店長に効いてないけど)


 秀星はそう思った。

 ので、一つだけ席を開けて、カウンター席に座る。

 すると、男性はこちらをチラッと見る。

 ものすごく小声で『子供か』と言っているのが聞こえた。

 少しだけ沈黙があったが、子供でも話し相手にはなると思ったのか、口を開き始める。


「すこし、話をしてもいいだろうか」

「いいですけど」

「まあ、君に言っても仕方のないことだと思っているんだけどね。この年になって来るといろいろあるんだ。頷くだけでいいからちょっと愚痴を聞いてほしい」


 予防線をやたらと張る人だな。


「分かりました。あ、店長、フルーツパフェを一つお願いします」

「畏まりました」


 黒い髪を切りそろえてエプロンを着た若い店長が返答してくれた。

 胸には『喫茶店サターナ店長・茅宮道也(かやみやみちや)』と書かれている。


(……?)


 秀星は、この店長に何かを感じた。

 異世界でもあった感覚だ。

 ふとした日常で、強者にあった時のような、そんな感じがする。

 お互いにオフでも、にじみ出るものが一般人とは違うというか、そんな感じのものだ。


(……思えば、このおっさんも実力はありそうなんだよな)


 どちらも魔法社会に生きている者かもしれない。

 まあ、おっさんに関しては哀愁の方が上だが。


 パフェが出て来るまでの間、おっさんが話し始める。


「これでも私は会社の中では重役なのだが、支部の中でも、という前提が付く。そして、私の部下の中には、本部の重役を親に持つ娘がいてね……」

「あー……苦労しますよね」

「している。そして、親も子もそろって、傲慢な感じなのだ。もうすでに亡くなったご老人は良かったし、私もお世話になったものだが……」


 もうすぐ還暦を迎えそうなおっちゃんから見てご老人と言う以上、その娘さんから考えると曾祖父に当たる人間だろうか。


「何事もいいのは最初だけ。と言うのは本当だったな。世代が変わると同時に、そのご老人が所属していた部署の功績は落ちていったよ」

「はぁ……」


 それを全くの部外者である秀星に言って大丈夫なのだろうか。と思わなくもないが、固有名詞は出してないからセーフだろう。


「だが、そういう細かいデータになど目を向けないからな。しかも、娘の方はもっとひどい。私の名前を使って勝手に物を注文するような奴だぞ」

「クビにはできないんですか?」

「やった後の方が問題になる。ならば抱えていくしかない。と言えばわかるかな?」

「ああ、はい。ものすごく」


 デメリットが大きい選択と言うのは、デメリットが大きいと分かった時点で人はやらないものだ。

 おそらく、この男性の場合もそんな感じなのだろう。


「しかも何度も何度も私が知らないうちに金を引っ張りおって、こっちは最近災難に巻き込まれて、ただでさえカツカツなんだぞ!」


 男性が大声を出した瞬間だった。


「ご注文のフルーツパフェです。ごゆっくりどうぞ」


 店長がフルーツパフェとスプーンと伝票を秀星の前に置いた。


((空気入れ替えてくれてありがとうございます))


 お互いにそんなことを考えた秀星と男性だった。

 スプーンをとってパフェを食べる。

 ものすごくおいしい。

 セフィアが作ったものを比べてもいいくらいおいしい。


「すまない。取り乱した」

「あ、いえ、お金の問題ですからね」


 勝手に引っ張るところまで行くとは思っていなかった。

 見たところ魔法社会の住人。

 裏と言うのはいろいろあるものなのだろう。


「そんな状態なのだ。もうすぐ還暦を迎えるのに、このままでは枕を高くすることすらできん」

「いろいろあるんですね」

「ああ。まあ、そんな感じでね……なんでパフェを頬張りながら普通にしゃべれるの?」

「コツがありまして」

「……そうか」


 会話続行。


「大きなプロジェクトが進んでいてね。一応、一つは解決させたのだが……」

「まだ残っていると?」

「いや、常にいろいろなプロジェクトは並列作業で進められている。だから、残っているといえば残っているのだが、今まで以上に大きなものが入ってきそうでね」

「大変ですね」

「ああ。大変だ」


 男性はカルボナーラを食べ終わった。


「すまないね。こんなおっさんの愚痴につきあってもらって」

「いえ、大丈夫です」

「そう言ってもらえると助かる。そう言えば自己紹介すらしていなかったな。私は簔口亮介だ」

「あ。俺は朝森秀星です」

「朝森秀星君だな。ん?朝森秀星!?」


 おっさんは驚いて、慌てて立ち上がる。

 すると、ポケットから何かが落ちた。

 財布だ。

 そして、カードがそこから抜け出てこちらにも見えるようになった。


(あ……カルマギアス……)


 秀星は一瞬で気持ちを切り替える。

 簔口は、両手を前に出して止まった。何かしらスキルがあるのだろう。

 お互いに、一発触発の空気になった。


「店内での乱闘はご遠慮ください」


 抜き身の刀をこちらに向けて、店長はそう言った。


((空気を変えてくれて助かる。でも、その刀は何!?))


 だが、このまま硬直状態が続くとヤバそうなので、お互いに構えを解いた。


「……今は休戦としよう」

「そうですね」

「次は町の中でばったり会いたくないものだが……今日のこれを考えると期待しない方がよさそうだな」

「あ、俺もそれを考えていました」


 秀星は頷く。

 簔口は溜息を吐いて、伝票を見る。

 そして、一円玉もしっかり出してちょうどで渡した。


「またお越しくださいませ」

「ああ……」


 心臓に悪い。

 秀星も簔口も、何となくそう思った。

 簔口は店を出ていった。


「……ところで、さっきの刀って……そういうことなんですか?」

「そういうことですよ」

「あの、喫茶店において大丈夫なんですか?」

「評議会のマニュアルに書かれていますが、もし発見され、逮捕されても、評議会に所属していれば問題はありませんよ」

「魔戦士であるかどうかではなく、評議会に入っていれば、ですか?」

「評議会に所属するということは、そういうメリットもあるのですよ」

「店長は入ってるんですか?」

「はい」


 秀星は『世間って狭いな』と思った。

 丁度食べ終わったので、伝票を見てジャストで出した。


「おいしかったです」

「ありがとうございます。またお越しくださいませ」


 というわけで、秀星も店を出た。


「……世の中にはいろんなことがあるんだな」


 秀星は呟いた。

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