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第二百十九話

 拠点の制圧はすべて完了した。

 機材に関しては見る影もないが、資料に関しては残している。

 既にぶっ壊れた機材の方に関してだが、ここでもいろいろと差があった。

 破壊するというのはデイビットの言い分であり、修復可能なものにすると、持って帰れなかった場合は敵に再利用されてしまうので仕方のないことだが、秀星が壊した機材に関しては、ものすごく難しいパズルのような感じで、一定のルートで組み上げることでもと通りになるようになっているのだ。

 壊し方ひとつとってもここまで差があるというのはいろいろと問題が出てきそうになるほどである。

 リアンが『ドアでぶっ叩いてたのに……』と思ったのは当然である。


(それにしても……)


 秀星はアースーを見る。

 アースーも拠点の制圧は完了させているし、それによってFTRの中でもかなり上位にある階級のものをとらえることに成功した。

 それそのものは悪い話ではない。


(なんか違うな)


 秀星はとある理由で魔力を視認できる。

 その理由は来夏ではなく風香に近いのだが、それは今は置いておこう。

 アースーを見た限り、確かに、大きく変わった部分はない。

 だが、残り香がプンプンする。

 一度アースーにあっている来夏や風香は、見れば何かがおかしいと感じるだろう。

 ……まあ、あの二人なら幽霊であるアーロンすら見えるかもしれないが。


「で、これでもう脅威は去ったのかな」


 アースーがなぜか秀星の方を向いてそう聞いて来る。


「何故俺に聞くのかはもう今更だからいいけど、最後にしておくことはあるだろうな」

「え?どういうこと?」

「まあ簡単に言えば――」


 その時、慌てた様子で公安メンバーが走ってきた。


「た、大変です!ラミレス・ブレイクが脱走しました!」

「こう言うことだ」

「……予測してたの?」

「転んでもただは起きないっていうか……そもそも転んだままでいるとは思ってなかった」


 誰か一人くらいはやるだろうと思っていて、候補の中の一人が逃げたというだけの話だ。

 別に珍しいわけではないし、制圧メンバーが近くにいないとなれば調子に乗るものも多いだろう。

 当然、物理的なものだけではなく魔法的な拘束もしていたはずだが、そう言ったものは解析されれば何の意味もない。

 神器持ちに対して、普通の魔法での拘束にそれほど意味はない。

 機能を行使するだけで何かが変わる神器だとなれば、魔法で押さえつけることすら面倒なことなのだ。


「ど、どうするの秀星」

「そう言われても、もうすでに俺達は船の上にいるんだ。どこかに隠れているか、それとも隠していた何かを使おうとしているくらいしか選択肢が無いだろ。逃げることを選んでるなら尚更だ」

「悲観してないね」

「多分ちょっと脅せばペラペラしゃべってくれそうな感じに恐怖を植え付けてるやつがいるから情報に関しては別に問題ないと思ってる」


 アースーが口をぽかんと開けているが、秀星はそんなこと気にしない。

 何をしているのやらと思った瞬間、船が大きく揺れた。


「な、何!?」


 アリアナが動揺している。

 おそらく、自分に未来予知を使っているはずだが、それでも状況が分からないのだ。

 ミラベルが窓から外を見る。


「ば、バカな……海が凍っている」

「嘘……」


 アレシアが慌てて窓から見る。

 そこから見えるのは、一面の銀世界だった。

 先ほどまで海の上を船で進んでいたはずなのに、一面の銀世界に変わっている。


「い、一体何が……」

「ラミレスが何かやったんだろ。それにしても、こんな一面の銀世界にいきなり変わったのに、この船、揺れただけで済むってすげえな」

「ところどころ大雑把に作っているからな。国王が乗りこむことを想定された船は少なく、他の船よりも逃がすことが出来る設計になっている」

「だな。ちょっと大きめのボートがあってエンジンがすごそうだった。ただ、この状況はさすがに想定してないだろ」

「無論だ」

「断言するなよ……あとさ、みんな下ばっかり見てないで、上も見たらどうだ?」


 秀星がそう言うと、全員が上を見る。

 そこには、氷のドラゴンがいた。

 しかも巨体だ。全長三十メートルは超えている。

 ただ、ほぼ全てが氷でできており、翼を動かしておらず、外部から操縦されて動かされているのがわかるほど不自然な奴だ。

 ちなみに、現在逃走している。厳密には逃翔だが。


「な……何だアイツ」

「まあ脱出目的だろ。ものすごく見えにくいけど、中にラミレスがいるからな」

「ええ!?」


 そう、ものすごく見えにくいが、心臓が本来ある場所にラミレスがいる。

 氷の透明度が若干低くてすごく分かりにくいが、実際にいるのだ。はっきり言って頭がおかしい。


「でも、あんなドラゴンの中にいたら、凍死すると思いますけど……」

「そのあたりの対策はしっかりしているだろう。ただ、これは厄介だな」

「何がですか?」

「まあ簡単に言えば、あのドラゴン召喚魔法で出てきたアイツの修復能力と言うか再生能力と言うか……要するに、単純に削るだけでは意味が無いってところだ」


 アリアナが至極まっとうなことを言っているのでデイビットが返答している。

 アレシアには何が厄介なのかわからなかったようなので、秀星は答えておいた。


「さらに言えば、氷の透明感がなくてすごく濁ってるだろ?多分あれ、魔力の密度は高いんだ。そうなってくると、魔法視点で情報を変えるのが難しすぎて、超能力も付与魔法みたいな直接影響させる魔法がほぼ通用しない」

「魔法で改竄できないほどって……そんなに魔力がある人っているんですか?」


 アリアナは驚いた表情で秀星を見る。


「まあ一定数いるだろ。アースーとミラベルは分かると思うけどな」


 実際に神器を持つ二人はよくわかっているだろう。

 そして、ラミレスも神器を持っている。

 ならば、単純な魔力量で言えば一般人とは文字通りケタ違いだ。


「じゃあ、どうするの?」

「取れる手段は二つ。一つはこのまま逃がすこと。もうひとつは、この場ですっっっっっっごく強力な魔法をぶつけてラミレスごと消し去ることだ」

「すごく強力な魔法ですか?」

「違うぞアリアナ。すっっっっっっごく強力な魔法だ。で、どうする?」


 別に秀星はどちらでも構わない。

 いや、面倒なことが増えるとは思っているが、いずれにせよ許容範囲だ。

 その気になれば分身を作って日本に帰る。


「このまま逃げられても仕方がないし、今も脱走を考えている人がいるかもしれないから、見せしめも必要かな」

「だいぶそういう判断ができるようになったな」


 そして当然というか今更なことを言えば、別にラミレスをひっとらえて監禁することくらいは別に造作もない。

 だがそれでは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、倒す方がいいと思っただけである。

 視界の端で幽霊が発狂しているが、秀星はスルー。

 せっかく口があるのに届かない声しか出せない間抜けの事情など秀星は気にしない。


 秀星は窓から飛び出して飛行魔法でドラゴンに近づく。

 近くで見るとかなり大きいが、それだけである。

 左手にタブレットを出現させた。


「やれやれ、詠唱なんてするのは久しぶりだな。まあ、それをするほどの奴が相手だ。仕方がないとしますかね……」


 秀星はタブレットを掲げる。

 七色に輝くタブレットが強烈な光を発した。


「魔法って言うのはここまでヤバいことができるってことと、あとは恐ろしさを知っておいた方がいいからな……」


 魔法と言うのは便利なものだ。

 ただ……それでいてただの道具である。

 エインズワース王国で過ごしていて思うのは、それを多くの人間が忘れていることだ。

 秀星は溜息を吐く。

 そして、詠唱を開始した。


「【肥えた大地は燃え、幸にあふれた海は干上がり、光を注ぐ空は赤く染まる】」


 魔法陣が秀星を中心として四方八方に出現する。

 全て、紅蓮に燃え上がっている。


「【世界を燃やし尽くす紅蓮の魔王よ、怒りに震える赤の魔女よ】」


 魔法陣が秀星の上下に出現する。

 上に存在する魔法陣が理不尽を。

 下に存在する魔法陣は怒りを。

 それぞれ、宿す。


「【今のその力を束ね】」


 四方八方の魔法陣と上下の魔法陣が、秀星の正面にある魔方陣に集まる。


「【眼前のすべてを、生きることを許さぬ赤き日に変えろ】」


 魔法陣から膨大なナニカが溢れる。


「【世界の終わり・終炎(しゅうえん)の章】」


 次の瞬間……世界は一度、赤くなった。

 魔法の発動時間は、わずか一万分の一秒。

 それだけで、世界は一度赤くなり、そして、終わる。

 ただの氷の竜に、紅き日を乗り越える力はない。

 ただの矮小なる人類に、紅き日を乗り越える力はない。


 圧倒的で、理不尽で、虚無で。

 残酷なソレ。


 全てが済んだ後、彼らが見上げていた空には何もなかった。

 ドラゴンも、ラミレスも……そして、雲すら一つも残らない。

 その光景に、アースーが、アレシアが、アリアナが、ミラベルが、デイビットが。

 公安のメンバーが、回収班たちが、脱走をもくろむ犯罪者たちが。

 そして、アーロンが。

 一瞬、自分の中のすべてが恐怖で満たされた。

 味方であるアースーたちは自分に向けられない矛に安堵し。

 敵である犯罪者たちは、自分たちの中に積み上げてきた何かが壊れる。


「ふう……」


 秀星は静かに船に降りた。


「どうしたんだ?もう氷の大地から普通の海に戻ったんだ。さっさと戻ろう」


 何事もなかったかのように言う秀星に、全員が理解した。

 さっきのあれは、全力じゃない。

 それに気が付いた瞬間、何を言えばいいのかわからなくなった。

 人が振るうには過ぎた力を持つ神器使いたちも、その思考は変わらなかった。

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