第百九十二話
「焼きが回りましたね。デイビットさん」
少年の言葉に、公安特務課長のデイビットは執務室のデスクで頭を抱える。
少年は小説に目を通しているが、何があったのかを言ったうえでのセリフがそれであれば何か言いたくなるのは間違いない。
デイビットは少年の方を見る。
覇気のない半目で小説を読んでいて、儚い印象がある顔立ちだ。
エインズワース王国人らしく金髪碧眼で身長もそう高くはない。
リアン・フローレス。
デイビットがヘッドハンティングで引き入れた十五歳の中学三年生だ。
「まああえて否定はしないよ。どうも近年。この国は大した事件もなかったし、あんな理不尽の化け物のような魔戦士がこの国に来てしまったからね。公安として最悪の事態も想定しなければならない状況で、味方が増えるのはいいことなんだがなぁ」
デイビットはあえて、秀星を勧誘する方針で話を進めていた。
とはいえ、最初から決定まで話を進めようとは思っていなかったし、抱えていけないと思えばそれなりの距離感を構築したうえで話すつもりだった。
だが、秀星はそういうタイプではなかったようだ。
初対面の場合、本当にそれを逃すとあとで苦労するタイプの人間である。
というより、一度の遭遇で得られる情報が普通の人間より多いのだろう。
「あの様子だと、嫌われてはいないと思いますけど、逆に興味もなさそうでしたね」
「悲しいこと言わないでくれ。ただ、思ったより懐柔しにくいな。戦闘力ばかりに目がいくが、思えば、普通の人間なら王宮のゲストルームで生活するなど不可能だろう」
「ホテルのスイートルームで生活できるだけの資金は持っていると思いますけど」
「だが、そのような話は聞かないだろう」
「聞きませんね。日本では一人暮らしみたいですけど、ホテルで使えるサービスはそれなりに使ってますし、適度に人を使っているようだって話もあります。なんといいますか……」
「少なくとも日本の高校生らしくないな」
あと数年分は年を食っているような気がする二人。
とはいえ、秀星は五年前に姿を戻しているだけで、実年齢は二十一なのだから当然である。
「で、勧誘は続けるんですか?」
「洒落かな?」
「いえ、まじめに」
「MGPに勧誘するつもりはないよ。ただ、あの戦闘力だ。それなりの距離感は保っておきたい」
「まあ、最低でもそこは抑えておきたいですよね」
デイビットもリアンも、その点に関しては同じだ。
強く、それでいて判断力もある人材はどこも欲しがっている。
とはいえ、どんな組織のどんな部署であっても、理想的な人材がそろっていることなど少なく、それは公安でも同じ。
デイビットもこのような立場なので、まだ若いうちに出来の悪いと言われている人材を集めて指導力を鍛えたりしているが、それでも、時間をかけずとも任せる人間がいた方がいいというのは避けられない。
「……しかし、あれほどの人材がねぇ……剣の精鋭の諸星来夏はどうやって引きこんだのやら……」
現状、秀星は剣の精鋭の一員である。
リーダーではない。メンバーである。
ならば、そのリーダーである来夏に対して目が行くのは違いない。
とはいえ、デイビットに理解はできまい。
魔戦士のチームなど、戦闘力や継戦力、洞察力など、様々な条件がクリアされている場合、あとは気が合うかどうかですべて決まるのだ。
秀星がエインズワース王国にいる故に収入は落ちているし、そもそも秀星は替えの効かない人材だが、それでも所属しているというだけでその名前は大きくなる。
政府組織と言うものに対して極度の偏見がないとしても、やはり『気が合うかどうか』なのだ。
ドリーミィ・フロントのアトムもそうだが、『悪乗り同盟』などというクズみたいな意識的集団を作るようなバカどもである。
その心を、国に尽くすために公安として戦ってきたデイビットが理解するというのは、無理があるどころの話ではない。
「うーむ……」
「……」
ただ、デイビットは分かっていないが、リアンはなんとなくだが推測している。
別に所属したいと考えているわけではない。
少なくとも、秀星が公安に所属することなど無理なんだろうなというのは推測しているのだった。