第百八十七話
ドラゴンを放ったのがFTRだということ。
これは秀星とアースーが予測した通りだった。
無論、FTRの行動に乗っかって出しゃばってきた新興勢力という可能性も捨ててはいなかったが、ドラゴンを見た瞬間に秀星が確信したのは言うまでもない。
それを倒した後なら尚更だ。
もともと、このドラゴンはカルマギアスの関東支部で、近藤葉月が独断で進めていたものである。
ドラゴンの召喚計画であった『Dragon Slave Plan』の改良版であり、あの時点では、生贄に出来る人間の数は一人だった。
しかし、今回の場合は百人を超える人数である。
そして、ほぼ日本人だった。
もとより、DSPでは生贄の必要がなくなったのだが、召喚結晶と言うのは何かと条件が異なって来るものであり、確かに簔口が改良した召喚結晶は魔力だけで問題なかったが、新たに作り上げた召喚結晶はその改良案では解決できなかった。
生贄に適したものを調べる段階で用意されたのは、八代風香を含む生贄候補が記載された資料である。
人数制限だが、生贄候補のリストを全てひっくり返して、条件がいいものを片っ端から集めた。
ただし、八代風香を捕らえるとなると、いろいろと『ヤヴァイこと』になるので、除外されたが。
そのような経緯で召喚されたこのドラゴンだが、研究した時間も、集めた努力もすべて無に帰するかのように、簡単に終わらされた。
ドラゴンの戦闘力そのものは、神器使いでも討伐は可能だが苦労するものだと推測されている。
実際、元評議会に所属していた神器使いの魔戦士は苦戦しているように判断された。
しかし、秀星には無力だった。
神器使いであることは前々から分かっていたことだし、魔法に関する神器によってその基盤を得ていると推測もされた。
実際、ドラゴンを葬った魔法の神器は圧倒的な殲滅力を誇るだろう。
神器その物に『格の違い』を感じさせるものだった。
★
「一体どういうことだ!あのドラゴンが一撃で負けるだと!?ふざけるな!そんな化け物がなぜFTRではなく、あんなクズのようなチームに所属しているのだ!」
とある会議室で、男が叫んでいた。
名前は納富清治。
元カルマギアス東日本支部支部長である。
五十路を超えているが、まだまだ現役を思わせる風格と、精錬された雰囲気を感じさせる男だ。
自己掲示欲が強いのか、何十万もしそうなスーツに、高級革靴とロレックスという『みんなが思いつきそうな高級品』を身に付けた男だ。誰もが知っていそうなものばかり付けているのは、そうでなければ高級品を身に付けていると思われないからだろうか。
「評議会側の連中の失敗で、やっとこちらに軍配が回ってきた。だが、これでは上に示しがつかんぞ!」
当然のことだが、いくら犯罪組織といってもその思想が統一されているわけではない。
人が三人いれば派閥ができる。というが、まさにそれ。
FTRの目的は、おとぎ話の具現化。若干苦しいが転じて言えばFTRにとっての理想郷の誕生であるが、かなりあやふやである。
これまでの生活、そして経験してきた成功と失敗が違えば価値観が変わるのは当然のことであり、現段階では、FTRの上層部が冷酷な存在ゆえに、疑似的な恐怖運営でなんとかなっている。
しかし、いずれにせよ、漠然としすぎて目標が合わないのは当然だ。
一応、元評議会、元カルマギアス、という集まりで派閥が出来上っている。
スカウトが繰り返され、かなり小さな派閥も増えてきたが、上層部を除けば、この二つの派閥が主導権を握っている部分も多い。
そして、元評議会側、要するに明美が失敗し、そして所有する神器に関係なく除名されたことで、重度の失態となった。
このタイミングでカルマギアス側が成果を上げれば、軍配が上がる。
そうなれば、上層部により近い椅子に、こちらの人間が多く座れる可能性もある。
多くの予算を引っ張りだせるだろう。
そうすれば、自分の欲望を満たすことが出来る。
「私は上に立つべき人間だ。今回の失敗は甘んじて受けよう。だが、次は必ず成功させてやる」
納富清治という男は優秀だ。
東大医学部を卒業し、司法試験すら合格する頭脳。
自己顕示欲から来る『相手よりも自分がすごいことをする』ための考えられた努力。
そして積み上げてきた努力は、彼の自信につながっている。
……頭脳に関してはだいぶ焼きが回っている可能性が高いが。
うまくいかなかった場合、それも度が過ぎれば確かに当たり散らすことはあるが、それでも基本は部下のことも考える人間関係に対する理解。
総じて言えばカリスマがある。ということだ。
ただし、彼は神器持ちではない。
だから、常識を覆せる『力』を理解できない。
それゆえに、生贄と言う名の犠牲すら問わない外道染みたことまでするわけだが、それでも、今回のこれは彼に対して影響も大きかった。
大量の広範囲殲滅魔法は一枚の大きな障壁に防がれ、ドラゴンそのものは魔法に寄る一撃で撃沈。
生贄にした人間たちは全て元に戻り、既にエインズワース王国は『通常』に戻っている。
これでは意味が無い。
「まだ手はある。『DPSα2』は完成していたはずだ。コストを可能な限り早くそろえて、成果を上げてやる。お前たちでできることはお前たちで進めろ。私もすぐに準備する」
言うが早いか、納富清治は会議室を出ていった。
勝手に会議を始めるのに勝手に出ていくのはいつものこと。とでもいうかのように、会議室では苦笑するものが大かった。
やることは非人道的だ。議題は全て物騒だ。
あれほど優秀な男が、なぜ犯罪組織にかかわるようなことになったのか、それは部下にもわからない。
だが、彼らは納富清治という男についていくことを決めた。
これからも、それに従うだけである。
会議室を出てすぐ、納富清治は呟く。
「簔口。私はお前のように、媚びを売るだけの男ではない。その証拠に、私はお前が作ったあの結晶を進化させた。まだ強化が必要だというのなら、それをするまでだ。あの結晶の進化には、生贄という問題を解消することが確か重要だと研究員が言っていたような……そこから手を出すとしよう」
彼は同期を思いだして活力をあふれさせ、そして、同期と同じ結論を歩くのだった。