第百八十六話
「よし、通話終了っぶねえ!」
間一髪で頭を下げて徹甲弾を回避する秀星。
彼にとって、電話しながら飛行魔法を使うことそのものは難しくない。
当然、空を飛ぶ時は空気抵抗でかなり空気の音が五月蝿くなるのだが、マシニクルによっていろいろな意味で強化されたスマホは、声以外の音をシャットアウトすることが出来る。
そのため、会話している相手に不思議がられることなく会話できるのだ。
秀星も、エインズワース王国にとって海路が重要であることは理解している。
警備隊でも太刀打ちできない。と言う表現である以上、今も耐えようと頑張っている最中ということになると判断した。
そのため、電話中に既に飛行魔法を使った。
当然、変なものが飛んでいると思われて狙撃されたわけだが……まあ、これに関しては秀星も文句は言えない。
「転移魔法にするべきだったか?……まあいいか。考えても仕方がない」
そういうわけで、一気に加速する秀星。
その間に通信が入っているのだろう。二発目が来ることはなかった。
「それにしても、ドラゴンねぇ。海上でも行動出来るやつではあるが……」
ただ、それならまだ海のモンスターの方がいい。
ドラゴンの飛翔能力は、魔力的に解決している場合と物理的に解決している場合があり、普通のドラゴンなら休憩が必要だ。
水の中では満足に戦えない個体だとすると、時間稼ぎをして海に落ちるのを待てばいいだけの話である。
普通なら海に生息する生物を模したモンスターが来るだろうと思った。
「このタイミングだ。FTRもドラゴンの方がいいと思ったんだろうな。何故かは知らんけど」
名も知らぬ構成員の思考など秀星にはわからない。
ただ、アースーが言った胸騒ぎと言うのは、既に秀星の中にあった。
「お、見えてきた……大きさは違うけどなんか見たことあるあぁ」
見えてきた黒竜に秀星は頭をひねる。
そして思いだした。
「これは……カルマギアスが考えていたあの召喚結晶の強化版か?」
同じような感じの体のパーツがちらほら見える。
記憶違いはほとんどないはずだ。
「たしかあの黒竜の召喚条件は……なるほど、そういうことか」
秀星の表情が変わる。
余裕であることに変わりはない。
ただ、標的に定めたような、そんな表情だった。
「監視用の魔法がかけられてるな。お前を介してみている奴がいるわけか」
実験のようなのでそう言うものを使うだろう。
近くまで行くと、視界の端に船が見えた。
巨大戦艦だ。エインズワース王国。何かと物騒なものをいろいろ持っていそうである。
丁度ドラゴンが特大の火球を船に発していたので、その前に出て、激流の魔法で相殺する。
「な……あなたは……」
船員たちを見る。
ざっと見て思ったが、どうやらエインズワース王国は、海の上にいるのも女性たちらしい。
男性たちは何をしているんだ?と秀星は思ったが、それは今は置いておくことにした。
今更である。多分。
「朝森秀星だ。ま、ここは俺に任せてくれ」
次の瞬間、左手の上に浮遊しているタブレットが点滅する。
何かと思ってみてみると、ドラゴンの様子が変わった。
秀星が来たことで何かの制限が解除されたようだ。
「なるほど、俺が相手になることが前提って訳か」
ドラゴンが咆哮を上げる。
すると、五十を超える魔方陣が出現。
全て広範囲殲滅系だ。魔方陣を見れば秀星は分かる。
「なるほどな。『フルガード』」
小さくつぶやくと、戦艦を覆うレベルの障壁が出現。
ドラゴンが使ったすべての魔法は、その障壁に阻まれて無力化される。
「あ、ありえない。あれほどの魔法を、障壁一枚で……」
後ろで驚いているようだが、この程度なら別に驚くほどのものではない。
「今度はこっちから行くぞ。ああそれとすまんな。もう終幕だ」
タブレットが光りだすと、巨大な六角形の魔法陣が出現。
それぞれの角に合わさるように、また六角形の小さな魔方陣が出現した。
「『キングス・レイ』」
六つの魔方陣に力を与えられた中央の魔方陣から閃光が放たれる。
ドラゴンが迫る閃光に対してブレスを放出する。
本来なら、船ごと焼くことができるものだろう。
しかし、その程度で揺らぐほど、秀星の魔法は甘くない。
閃光がドラゴンの心臓を貫き、そのまま倒しきった。
だが、秀星はそこでは終わらせず、次の魔法を使う。
「『コスト・リバース』」
大きな緑色の魔法陣が出現し、そこから放たれた光がドラゴンを覆い尽くした。
すると、中から人が出て来る。
何十、と言う数ではない。
何百と言う数だ。
コスト・リバースは、簡単に言ってしまえば『代償還元』の魔法。
魔力以外で何かを支払って行使された概念を巻き戻し、戻すことが出来る。
「な、人が出てきたぞ!」
「まあ、やっぱりそういうことだったか……『グループ・フロート』」
全員の背に魔方陣が出現し、海に落ちることなく浮遊し始める。
「『インスタント・トランスポート』」
簡単に(神器視点だが)作れる船が魔方陣が出現する。
秀星は、その上に全ての人間を集めていく。
「さて、あとは帰りますか。あ、それじゃあ俺はこれで帰るんで、警備は引き続きお願いします」
「ああ。わかった。助太刀感謝する」
「アースーに頼まれてきたからこれくらいは。じゃあね」
手をプラプラ降って輸送船にとび乗る。
それと同時に秀星の足もとからせり上がってくる操作パネルに入力。
船は発進した。
「……まさか、こんなものがまだ研究されていたとはな」
秀星がどういうことが嫌いなのか、FTRがそれを知っていながらこのようなことをしたというのなら、これからFTRを相手にする際、手加減をする必要はないだろう。
溜息を吐く秀星。
今すぐ、FTRの本部に行くことは不可能。
だが、行くことができたなら、容赦はしないと、そう考えた。