第十八話
魔力生成量を測定……できなかったわけだが、とりあえず『測定不能』という量があると分かったので、それらを書類にしてまとめる必要があるから、ということで、千春に言われて秀星たちは部屋から出た。
秀星としては、普通にタブレットに入力して保存しておけばいいのではないのかと思わなくもないが、あくまでも機密というものにこだわる上層部の意向ということでそうなったらしい。
紙の資料のメリットは、確かに、資料を製作した段階で全て電子的な部分を削除して置けば、電子技術と違って外部から盗まれることはない。
だからこそスパイというものを送りこむのだが。
とはいえ、コストとしてははっきり言って無駄だと思うのだが、秀星には関係のない話なので置いておくことにした。
「それにしても、あんな装置があるとは……」
「大丈夫なのか?あのジャケットは相当重いぞ」
「ぶっちゃけ肩がもげると思った」
何キロあるんだろうな。あれ。
それでいて補助器具が無いとか普通に考えて舐めている。
オマケに言えば、別にジャケットでなくてもいいと思う。
「あれだけ大きくて、魔力全体じゃなくて生成量しかわからないとは……」
「だが、当てにならない時がある」
「どういうことだ?」
「生成量が多くとも、ガス欠になるのが早い魔戦士が多いからな」
「そうなのか?」
頷く羽計。
「ただ、八代風香は一目で生成量が多いと判断していたが……あまり信用はされていないからな」
「世知辛いな……」
というより……魔力と言うのは、『生成力』『貯蔵力』『消費力』みたいな感じで、三つに分かれているのだ。
計測器で判断できる『生成力』が高い者は、より多くの魔力を作ることが出来る。
ただし『貯蔵力』が低いと、作った魔力を体内にため込むことができずに、体外に放出されるのだ。八代風香が認識するのは、この体外に放出される魔力である。
『消費力』というのは一度に使うことが出来る魔力の量のことで、これによって魔力を使った技術を使うことが出来る。
いずれにせよ、三つとも変化するので、いつまでたっても変わらないということはない。
ガス欠になるのが早い。ということは、この『貯蔵力』が低いのだ。
増やす方法はもちろんあるのだが、本当の意味で誰にでもできるので、はっきり言ってバランスが崩れるだろう。
生成力も消費力も同様だ。
はっきり言って、秀星が持つ知識だけで、日本くらいなら魔法国家にできる。
とはいえ、それはまだ避けるべきだが。
「お、羽計じゃねえか」
話しかけてきたのは、赤い髪を伸ばした女性だ。
身長は秀星よりもわずかに高いだろう。
その長身に加えて、すごく大きな胸とくびれた腰と大きな尻と言う……簡単に言えば『エロい体をした荒々しい感じの女』と言った雰囲気である。
左胸に『白い聖剣』と言ったエンブレムが存在する赤色のブレザーを着ている。何かの制服だろうか。
「任務中だっただけだ」
「……あの、羽計。だれ?」
知り合いのようだ。
「諸星来夏。『剣の精鋭』のリーダーだ」
「諸星来夏だ。よろしくな」
「朝森秀星です」
来夏が右手を出してくる。
握手だろうか。
秀星は手を握り返した。
次の瞬間、とうてい握手とは思えないほどの握力で握ってきた。
「――!」
秀星が来夏の顔を見ると、とても楽しそうにニヤニヤしている。
そっちがその気なら……と、秀星の中に黒い感情が芽生える。
「いだだだだだだだだ!」
突如、来夏は悲鳴を上げる。
パッと放してあげた。
来夏は手を振りながら、若干涙目になっている。
羽計は驚いていた。
「……すごいな。来夏の握力は百キロを超えるのだが……」
「え、そうなの?」
とはいえ、実際問題。秀星の握力は全力でやるとそれ以上になる。
そうなれば当然、勝つのは秀星だ。
復活した来夏がこちらを見てくる。
「いつつ……本当にすごい握力だな。オレ以上の奴がいるとは思ってなかったぜ」
「まあ、そうだろうな」
だが、次の瞬間にはニカッと笑う来夏。
「今日はどんなようで来たんだ?」
「こいつの魔力生成量を測りに来たんだ」
「結果は?」
「測定不能だ」
「え……測定不能?」
「多すぎて機械では計測できないということだ」
「ほう……そりゃすげえな」
多分あまりよく分かっていないような雰囲気があるものの、来夏は頷いた。
「今から何かすんのか?」
「いや、計測器をおいているのが本部というだけであって、あとのことは支部でもできる。あとは帰るだけだ」
「なら、ちょっと寄って行けよ。剣の精鋭の部屋くらいなら見せてやるぜ」
羽計がピクッと震えた。
「大丈夫なのか?」
「ここにいるってことは、評議会に所属するって契約書にサインしたんだろ?どこに所属するのかはまだ決まっていないんだ。それならオレが案内すりゃ問題ねえよ」
「プラチナランクのリーダーとして。か?」
「無論だ。そういうわけで、行こうぜ」
そう言うと歩きだす来夏。
「……どうでもいい時に権限を使うタイプだな」
「いや、使いたい時に使うタイプだ。行くぞ」
羽計も歩きだす。
もうちょっとくらいつくタイプだと思っていたが、慣れている感じがした。
羽計にもいろいろあるのだろう。来夏もそうだが。
「部屋が与えられているのか?」
「全てのチームに対して一つは与えられている。やや狭いが、一応メンバー一人に対して個室もあるがな」
「全てのチームにねぇ……」
本部が広いからなのか、それとも、拡張がそこまで面倒ではないからなのか。
秀星にはわからなかったが、それはそれでいいと思うことにした。
エレベーターを使って地下十五階に行く。
「十五階って……すごいな」
「プラチナランクだから無駄に広いだけだ」
「使ってない部屋が三十……いや、四十個はあるからな。プラチナランクって言っても、チームのマスターのランクが大きく反映されるから、人数はそれなりに多いチームがほとんどだ。だが、うちは少数精鋭だからな」
少数精鋭。
と言うことは、羽計と似たようなメンバーがそろっているということになるのだろうか。
いや、羽計は『剣の精鋭』のエースだと言っていた。
そう考えると、羽計に一歩劣るが、弱くはない。という感じなのかもしれない。
エレベーターが着いたので降りると、集まれるホールのような場所になっている。
いい変えるなら『エレベーター前広場』と言った感じだろう。
「ここには、オレたちを含めて四つのプラチナランク用の部屋がある。オレたちは北側だ」
「南だぞ」
「あれ。そうだっけ?」
「来夏が部屋を間違えているのではない。普段から北だと思っている方向が南だというだけのことだ」
秀星は何を言えばいいのかわからなかった。
(リーダーがこれで大丈夫なんだろうか……まあ、こんな奴だから、とポジティブにとらえることができないわけではないが……)
リーダーにもいろいろ役目はある。
前に立つか、後ろで構えるか、中で指示を出すか。
来夏は前に立つというだけのことなのである。
「かなり広いんだな」
「単に掘りすぎただけだ」
「そもそもスペースが無駄に広いんだ。なんていうだろうな。サンドボックス型のゲームをやった時に、今まで以上にすごいレベルで掘り進めることができるツールを発見した時みたいな感じだ」
来夏はマイ○ラをやるのだろうか。
「九割くらいノリってことか?」
「そういうこった」
ドアの前に来た。
「んじゃ、入るか」
来夏はドアノブの横にある暗証番号を入力するタイプの端末を押そうとした。
押そうとしたのだ。押したわけではない。
すると、ドアノブの方を持つ。
ガチャガチャと言わせるが、当然、鍵がかかっている。
「……フンッ!」
来夏はドアノブを壊して開けた。
「ただいま~」
秀星は何もなかったように入る来夏を見て唖然とした。
羽計も溜息を吐く。
「四ケタの番号が覚えられないからな。大体こうなる」
「大丈夫なのか?」
「予備は既に発注している」
「破壊前提かよ……」
あれで大丈夫なのか?と秀星は思ったが、もしここにセフィアがいたならば、『秀星様も似たようなものでしょう』といっただろう。
別にそういうわけではないぞ。
一応は考える。でも考えても無駄なら力で。
来夏はこれがいつも通りなだけで、秀星は一応ちゃんと考えるのだ。
「最初はちゃんと破壊された時のアラームも鳴っていたんだが、ついに鳴らなくなったな。入るぞ」
「……ああ」
中にはいる羽計を見て、秀星は着いていくことにした。
するとそこには……。
「おりゃああああああああああ!」
大きなクマのぬいぐるみに空中コンボを炸裂させる中学一年くらいの黒髪少女と……。
「あらあら。いらっしゃい」
椅子に座って微笑む、金髪碧眼で、黒いドレスを着たお嬢様のような少女と……。
「ポチ。待ってくださいです~」
「ふにゃあ~」
大きなマットの上で走り回っている小さな虎と、それを追いかける十歳くらいの茶髪の少女がいた。
(ごめん、はっきり言ってもうお腹一杯です)
秀星はそう思った。七割本気で。
「お、珍しく全員そろってるな。秀星。オレたち五人が、『剣の精鋭』のメンバーだ。改めてよろしく!」
「あ。ああ……」
反応に困った秀星だが、もういいと思うことにした。
人間、時には思考を放棄することも大切である。
「とりあえず集まれ」
来夏がそう言うと、クマのぬいぐるみをボコボコにしていた少女はぬいぐるみを壁際に蹴り飛ばして、椅子に座っていた少女は立ち上がってこちらに来て、虎を追いかけていた少女は、やっと止まってくれた虎を抱えてこちらに来た。
「自己紹介だ。オレと羽計はやった」
「なら、あたしから!」
そう言ったのは、先ほどまでぬいぐるみをボコボコにしていた少女。
「あたしは石動優奈。よろしく!」
元気いっぱいのようだ。
先ほどまでクマのぬいぐるみをボコボコにしていたので、当然といえば当然だが。
胸は控えめと言えば控えめだが、まだ成長の可能性があるだろう。
次はお嬢様のような少女。
「次は私ですね。私はアレシア・エインズワースといいます。よろしくお願いします」
そういって優雅に一礼をする少女。
育ちがいいと言うことなのだろう。
落ち着いた雰囲気がある少女だ。胸は大きいけど。
最後は小さな虎を抱えている少女。
「真白美咲です。よろしくおねがいしますです。こっちはポチですよ」
「ふにゃあ~」
可愛らしい雰囲気あふれる美咲と、返答なのか偶然なのかよくわからないあくびをするポチ。
「あ、俺か。俺は朝森秀星だ。さっき来夏と会って、なんか連れてこられた感じだ」
「安心してください。来夏はいつもこんな感じで誰かを連れてきますから」
「……え、そうなの?」
アレシアの言葉はちょっと想定外だった。
「もともと、このチームは私と来夏で始まったもので、そこから、羽計さんと優奈ちゃんと美咲ちゃんが入りましたから」
秀星としてはどう反応すればいいのかよくわからないが、それでも少数精鋭のチームが出来上っているのだから、来夏の勧誘能力はあるということなのだろうか。
「と言うわけで、秀星。あんた、私と腕相撲をしなさい!」
「……え?」
脈絡とか必要な会話とかいろいろ放棄したような言葉が優奈の口から出て来る。
そして、その脈絡のない会話を賛成するのは来夏だ。
「いいねえ。ちょっと机持ってくる」
そういって倉庫の中にあった机を担いで来る。
……こんな奴は初めてみる。
秀星は、いろいろとぶっ飛んだ雰囲気に困っていた。
「さあ、始めろ始めろ」
すると、優奈はもうすでに腕をおいている。
「さあ、かかってきなさい」
獰猛な笑みを浮かべる優奈。
見たところ、腕は細い。
だが、自信はあるようだ。
「なんでこうなるんだろうな」
秀星は溜息を吐いて、反対側に腕を置いた。
そして組んだ。
身長が低いうえに、優奈の手は小さい。
なんだろう。折れそう。
組んだのを見て、美咲の方から声が聞こえる。
「よーい……」
「ふひゃあ!」
美咲ではなくポチが言った瞬間、優奈は全力でかかってきた。
「うごっ……ちょ、あれってアリか!?」
「アリよ!他では通じないけど」
「そりゃそうだろうねぇ」
よくわかっているようだ。
だが、不意を突かれたとはいえ、アルテマセンスで即座に反応する秀星。
優奈の腕力もなかなかだが、それでも、秀星には及ばない。
そして、優奈もそれに気付き始めた。
「む……むううう!」
力を入れる優奈だが、顔が赤くなるまでやっても、秀星の腕はピクリともしない。
それは愚か、秀星はからからと笑う。
「ハッハッハ!もっと力入れてみろやーい」
大人げない精神年齢21歳もいるものである。
だが、ついに負けた。
……机が。
バキッと言う音がしたと思ったら、優奈の肘が机に埋まった。
「はっ?」
「あらっ?」
「えっ?」
来夏。アレシア。美咲も驚く。
試合中断。
だが、展開的に見れば秀星の勝ちである。
肘を机から抜いて、来夏は机を粗大ごみ置き場に持って行った。
そして戻って来ると、ドヤ顔で言い始める。
「まあ、こんなチームだ」
「おい、その説明で理解しろって言うのか?明らかに無理あるだろ」
とはいえ、楽しそうだと思ったことに間違いはない。
「フフフ。それで、このチームはどうですか?」
「まだそういう段階じゃないんだけどな。ま、チームに入るとなったら、ここを選ぶことにするよ」
内心溜息を吐く秀星だが、個々の雰囲気が悪いと思っている訳ではない。
肉体的に疲れることのない秀星に取って、精神的に削って来るシチュエーションはアリなのだ。