第百六十七話
広場では既に戦闘が始まっていた。
敵の数はそこまで多くはない。今まではアースーのイメージダウンとして超能力を使っているものが多かったのだが、今回の襲撃者にはそう言った事情とは縁がないようになんでも使っている。
「手榴弾を付与魔法でブーストか……安いけど効くんだよなぁアレ」
聞きなれた音を耳にしながら秀星は呟く。
大量生産ができるというのはどんなものであっても悪いものではない。
人を大量に使っても、機械を導入してもいい。大量に作るというのはそれだけで武器になる。
あとは、それを少し強化するだけでいい。
大量に作っている以上それらは全て同じものだが、付与を調節するだけで値段も簡単に変えられるのでものすごくいいのだ。
「人がいてもお構いなしか。あの王子が何か企んだ結果ではないみたいだな。もうこの規模になってくると出る幕があるのか気になるが……」
呟いているうちに到着した。
近くにいた不良がこちらに気が付いて、杖を向けてくる。
「死ねええええええ!」
杖から火の玉が発射された。
どうやら魔法具も使っているようだ。火の玉の大きさも直径五十センチとなかなかのサイズである。
「別に予算ケチってるわけじゃないみたいだな」
左手にオールマジック・タブレットを出現させる。
次の瞬間魔方陣が出現し、激流が出てきて火の玉ごと襲撃者を飲み込んで、ついでに燃えている場所を鎮火した。
「な、なんだお前は!」
「あれ、まだお宅では有名じゃないのか?」
最近いろいろやっているが、中途半端である。
どうやら、いるだけで抑止力になる。とかそういう便利な話にはなっていないようだ。
「まあいいや。とりあえず、この場を何とかしよう」
秀星はタブレットを光らせる。
次の瞬間、百を超える小さな魔方陣が一瞬で出現し、そのすべてから追尾弾が発射された。
当然、対して多くはない襲撃者たちに向かって放たれている。
威力だが、低くは設定していない。
襲撃しているのだから、反撃されても文句はないとかそう言う理論だ。
もちろん、そんな覚悟なんて皆無なのは分かり切っているが、あえてそういう理由である。
自分がされて嫌なことをしてはいけないのだ。
「向こうの方にまだ戦ってるやつがいるみたいだな……」
行ってみるとしよう。
目に見える範囲にいる襲撃の被害者を一瞬で治療しながら、秀星は路地裏を進んで行く。
広場からは少し外れているが、十分開けた場所だった。
「アレシア……」
誰が戦っていたのかと思っていたが、それはアレシアだった。
「!……秀星さん」
アレシアもこちらに気が付いたようだ。
全身をすっぽりと覆うフードマントを羽織った男と戦っていたようだ。
それにしても、このクソ熱い時期に黒いフードマントとは……演出に凝る犯罪組織と言うのはなかなかハードである。
「とりあえず、アイツ以外は全部片づけてきた」
「大使館の方にも襲撃があったと聞いていますが……」
「そっちはアースーが向かった。大丈夫だろ」
こう言うのはもったいぶるべきではない。
そんなことをしても意味はないのだ。
「クックック。お前が朝森秀星だな」
どうしたものかと思っていると、フードマントの男がこちらに話しかけてきた。
「ああ。そうだ」
「噂には聞いてるぜ。なかなか強いらしいじゃねえか」
「少なくとも君らのボスよりは強いよ」
一応警戒しながら話を続ける。
男は秀星の返答が気に入ったようだ。
「良い返事だ。だがな、いつまでその余裕が持つかな?」
「どんなおもちゃを持ってきているのか知らんが、早いところ見せてみろ、出し惜しみすると嫌われるぞ」
人のこと言えないけど。
「なるほど、どうやらすぐに死にたいらしい。なら、遠慮なくやってやるぜ!」
男はフードの内側からステッキをとりだす。
柄が純金で、両方の先端に青い宝石がとりつけられたものだ。
「こいつの能力は、『相手が持つアイテムの無力化』だ!お前は強いようだが、そのすべては、その武器を出した時だけ!なら、その武器を無力化しちまえば、お前は終わりだ!」
ステッキの宝石が光りだした。
次の瞬間、タブレットが色を失う。
だが、秀星の表情は変わらない。
「……なあ、一つだけ聞くんだが、それ、お前が考えたのか?」
「そうだ。さあ、どうだ?そんな色のなくなったカスみたいな箱で、一体何ができる!」
ずいぶんと酔っているようだ。
「秀星さん……」
アレシアも少し不安になっているようだ。
「まあまずその……お前がアレシアよりも強いと俺は思っていないんだが……」
「……いえ、あの男がきているフードマントですが、遠距離攻撃をすべて無効にしてしまうのです」
「はぁ……なるほど」
どうやら……この場にいるバカは目の前にいる男一人だけではないらしい。
まあそれは置いておくとして。
「近接戦闘には自信があって、で、実際に抑え込まれていたわけか」
「その通りです」
「アレシアの剣術は知ってるけどなぁ」
実際、強いのだ。
剣の精鋭の中で言うと、雫と羽計と風香の三人をまとめて相手にしても圧勝するレベルである。
「ククク。最終確認は終わったか?」
「いずれにせよ。お前じゃ俺には勝てないよ」
秀星の言い分に男はカチンときたようだ。
「そうかい……なら、もう死ね!」
フードマントの裏から片手剣をとりだして突撃してくる。
(あのマントの中に一体どんだけ隠し持ってるんだ……)
秀星は少しげんなりしたが、正面から突撃。
振り下ろされる剣をそのまま拳で砕きながら男を殴った。
「ブヘア!」
男は少し空を飛んだ。
剣とかそんなの関係ない。
ちょっとこっちの硬さを上げて、向こうの硬さを下げれば普通にこうなる。
人間、近接戦闘中は細かい魔法がちょこちょことかけられているとは思わないものである。
「チッ!何なんだてめえは!剣を拳で砕くとか聞いたことねえぞ!」
「それはきみが知る世界が狭いだけだ。話を変えるけど、世の中にはおならしたらムキムキになるまで鍛えだすゴリラがいるんだぞ」
「意味わかんねえよ!」
「だよな。俺もそう思う」
秀星はうなずいた。
「さて、茶番は終わりだ」
秀星はタブレットを構える。
「ハッ!そんなガラクタ、俺には通じねえんだよ!」
「お前のそのステッキ。効果は一瞬だけだろ。しかも、自分が目に見える場所になかったら、無力化することだってできないはずだ」
「!」
「レプリカでも使い方によっては善戦できるんだけどな。まあ、本物に勝てんよ」
神器のレプリカ。
男が持ち出したのはそれだ。
一瞬だけでも神器を無力化できるとなれば、そういうものを引っ張り出さなければ無理である。
さらに言えば、汎用型の神器のレプリカでは本物には追いつかないので、特化型のものだろう。
要するに、この男には他にできることはない。
「アレシアを剣で相手にできるんだ。弱くはないんだろうな。だが、その程度じゃ無理だ」
タブレットが光り出す。
「チッ!」
男はステッキを取り出して使った。
しかし、タブレットに影響はない。
「何故だ。一瞬だけでも通じる筈……」
「そんなの。これがダミーだからに決まってるだろ」
「そういうことか。だが、このマントがあれば……」
「無駄だ」
タブレットが魔法陣を生み出す。
そして、雷が男を襲った。
それは、遠距離攻撃を無力化するらしいマントの上から、男の体を焼いた。
「グアアアアアアア!」
電圧だけでいってもスタンガンより強力である。
気絶しない理由はなかった。
「ま、こんなもんか」
神器について、それを作った神について何も知らないものが勝てるほど、本物は甘くない。
「こ……こんなあっさり」
アレシアも驚いていた。
「あ、そうそう。アレシアの超能力による攻撃。あれって全部近接攻撃に分類されるぞ」
「え?」
「当然だろ。射程という概念がなくなってどこまでも届く。なら、感覚的には腕が伸びていることと同じだ。遠距離攻撃に分類されそうだが、広義の上では近接攻撃だろ」
「あ……」
理解したようだ。
「客観的な判断ができるだけだと、戦闘も政治も苦労するぞ」
「……覚えておきます」
本来ならわかっていてもおかしくはない。
射程がなくなると何度も言っていたのだから、『そのように捉えることもできる』のは当たり前だ。
だが、客観的な判断しかしていなかったため、遠距離攻撃だと勝手に分類していた。
視野は広いが、戻せないのがアレシアの欠点である。
(まあ、俺も人に言えないか)
秀星はちらっと男を見る。
(魔法社会関連の犯罪だよな。あいつももしかして……いや、考えないようにしよう)
刑務所でみたこの国の闇を、秀星は思考の隅に追いやった。
あれについて正しさを考えられるほど、まだ秀星は大人ではない。