第百六十四話
「アースーが最近帰ってこなくなったな……」
「王になったことで出なければならない会議はいろいろありますからね」
「毎度思うんだが、なんで会議室に集まって紙の資料を使って会議するんだろうな」
「と、いいますと?」
「いや、タブレットを使って通信会議でいいだろ。ぶっちゃけ時間と資源の無駄だろ」
「そう言うわけにはいかないのですよ」
「そうなのか?」
「はい。エインズワース王国は、基本的には魔石鉱山に関連したものが財源となります。言ってしまうと、改竄が容易な電子媒体を介した契約書では納得しない人が多いのです」
「……だからここ数日。アースーは書類整理に忙殺されていたわけか」
「私も頑張っていました」
「アレシアって……国政にかかわれるんだ……」
「超能力派閥が台頭することになりましたから。王女である私も当然関わりますよ」
会議のために死んだような目をして頑張っているアースーと、それを護衛するミラベルを見送った後(護衛が必要なのかって?追及するべきではないのだよ)、話している秀星とアレシア。
いろいろとすることが終わって、一段落着いた。
アースーはまだ頑張っているが、王なので頑張らなくていい時はあまりない。
「文書主義か……」
紙にしても電子媒体にしても、改竄しようと思えばできなくもないのだが、そこはアースーが管理するだろう。
魔法によって発展した国だ。科学的に見てどうしようもない防御壁くらいは作れるはず。
「まあ、メリットとデメリットがあるのはどんな方法でも変わらないか」
結局、どのメリットを重視するのか、どのデメリットを抱えていくのか、判断基準は残念ながら底しかない。
「そう言えば、アリアナはまだなのか?」
「まだですね。あの子はまだ責任を負えるほどの教育を受けていませんから」
「アレシアって剣の精鋭で長くいる印象があるけど、英才教育は受けているんだな」
「ある程度のことは来夏に教えてもらいました」
「……?」
どういうことなのだろうか。
「来夏は帝王学を一通り受けていますよ」
「そうなの!?」
「諸星家と言えば、日本でも有数の名家ですよ。当主であれば、日本における魔法社会最高会議に席があるほどで、魔法社会における影響力は、御剣家や八代家を大きく上回ります」
「……何であんなゴリラみたいになったんだ?」
「原因の一厘は『獣王の洞穴』のリーダーである金山剛毅さんですね」
「そうか」
秀星は一厘というその割合いには突っ込まなかった。
千分の一など考慮する必要はないと思うのだが……。
「ある日、剛輝さんを見たらしいですね」
「うん」
「そして、おおきなおならが出たらしいです」
「うん……うん?」
「その後、豹変したように体を鍛え始めたそうです」
「体の中にどんなガスをため込んでたんだ?」
体に悪すぎである。いろいろな意味で。
「まあそう言うわけで、もともと帝王学を習得するだけの家で育っていたわけです」
「……」
既にニューロンがスパークして思考がおいつかない秀星。
「そしていつの間にか『獣王の洞穴』に所属するようになりました。当然、諸星家は彼女を追放しようとしましたが、獣王の洞穴というチームは当時から強かったので、あえて縁は切らないようにしていましたね」
「……まあ、強いチームとつながりがあるのは悪いことじゃないしな」
「最初は貴族の令嬢といっても過言ではなかったのに、いつの間にか逞しくなりました。許嫁も逃げましたよ」
「だろうな」
「その……なんといいますか、よくあるフィクションのヒロインで、赤い髪で胸の大きな活発形の少女がいるでしょう。あのレベルでおさまっておけばまだ希望があったのですが、獰猛な笑みを常日頃から浮かべて、筋肉がよくついた大柄な野生動物になってしまったので、ついに縁も切れました」
「……」
その時の当主たちの悲鳴が目に浮かぶようだ。
「そして、現在、秀星さんが剣の精鋭に加入し、その他、優秀なメンバーが集まっていますから、結果的には後悔していますが、コルセットを筋肉で壊す人ですからね……来夏にドレスは合いません」
「和也と結婚してるけど、結婚式どうだったんだろうな」
「チャペルではなくお寺で式を挙げたそうです。誰もやりたくなかった進行役は剛輝さんが務めたみたいですね。あれから聞きました」
話題に尽きないゴリラである。
「……来夏にそんな一面がねぇ。なんていうか……和也は勇者だな」
「同感ですね」
異世界で一つの物語を終わらせた秀星。
彼は勇者ではなく漂流者だが、職業としての勇者ではなく称号としてなら勇者として見てもいいが、そんな彼も、来夏はいらん。
和也は一体、来夏にどんな魅力を見出したのだろう。
突けば蛇どころではないかもしれない。
だが、少し、気になった秀星である。
そして、話題が大幅にずれていることに気が付くのは、この一時間ほど後だった。