第百六十二話
「……多いよ。仕事多いよ。それなりに長い時間政務が官僚任せだったけどさ。これは多すぎだよ」
ブルーライトカットの眼鏡をかけて、パソコンのキーボードを高速連打するアースー。
そしてそんなアースーを、秀星は『だろうな』と言いたそうな目で見ていた。
即位した翌日。
エインズワース王国国王となったアースーを待っていたのは、滞っていた数多くの書類であった。
国政と言うだけでもいろいろと多いのだが、収入のほとんどを鉱山に頼っているエインズワース王国では、国王のサインがないと動かせないものが多いのだ。
今はパソコンでできる範囲のことをやっているが、まだ彼の執務室には大量の紙の書類が残っている。
「……アーロンの仕事の手伝いとか、したことなかったのか?」
「なかったわけじゃないけど、ここまで忙しいものだと思っていなかったんだよね。何時も涼しい顔でいたずらしていた人だったから。でも、いなくなって、引き継ぐことになって初めて価値が分かるっていうのはこう言うことなんだなってよく分かるよ。今のペースだと、僕、一週間は缶詰状態だよ。このたまっている分の書類が終わった後も、王になったから会わないといけない人が多いし……」
アーロンは常日頃から『置き土産が強烈』だったそうだ。良い意味でも悪い意味でも。
今回もそう言うものなのだろう。
アースーが苦労するようにできている。
「いずれにせよ、性格が悪いんだな……」
「けっこうガリガリだったけど、側室に追われていたんじゃなくて、書類がハードだったからなのかな」
「たぶん両方だろ」
「……ところで秀星。手伝ってくれないのかい?」
「この国の政務を行う権利なんて持ってないからな。だが、俺にそれを与えるとヤバいことになるといったのはアースー自身だ。ついでに言うと、この話をするのはこれで七回目だぞ」
そもそも、秀星はまだ戦闘能力しか見せていないはずだ。
書類整理と言うか、文官畑の仕事ができることなど示していない。
しかも外国人で、エインズワース王国に籍をおいている訳ではない。
そんな秀星に権限を与えることはそもそも法律で不可能である。
「早いところ、仕事をちゃんと理解、判別して、官僚たちに任せないとな」
「ぐぬぬ……」
そして当然のことだが、重要な判断が必要とは言え、毎回毎回王の判子が必要と言うことはない。
それ相応の権限を官僚たちに与えて、まわしていくのだ。
全てを抱える王など、ただの無謀である。
「父さん。本当に性格の悪い置き土産をして言ったんだなあ……」
しみじみとため込んでいる憎悪を噛みしめながらキーボードを叩くアースー。
そしてそんなアースーを、部屋の隅の方で、アーロンがセフィアがいれた紅茶を飲みながら見ていた。
どう表現すればいいのだろうか。とても『良い表情』である。
(面倒だな……)
秀星は溜息が出そうになるのをこらえながら、資料を確認するのだった。