第十六話
魔戦士統括評議会から郵便が来た。
段ボール箱でどこをどう見ても印刷がみかん箱だったのだが、その中に教材と資料が入っていた。
教材の方には、魔力についての簡単な説明。資料の方には後は所属するうえで重要な項目などが記載されている。
それらを流し読みして暗記した後――日本語がおかしいかもしれないが実際そんな感じである――一枚のプリントを見る。
一度、本部に行って登録。
そこからは各支部で情報を定期的に更新するそうだが、最初に本部で登録することが重要と言うわけだ。
多分どこかのPCで一括保存しているのだろう。スパイにとっては仕事が楽で助かるはずだ。
それはそれとして、日時が記載されており、そこから本部に行くことになっている。
「護衛が付くのか」
情報が少なく確定した戦闘能力の情報が無い秀星など、普通なら有象無象に等しいのだが、魔力の量が多いと言う情報が存在するので、有象無象と言っても利用価値はある。
狙う側の犯罪組織にとってはメリットしかない。
はっきり言って、敵対組織のメリットなど自分たちにとってはデメリットでしかないので、そう言った護衛などが必要になる。ということがマニュアルに書かれていた。
「この広場であっているはずなんだがな……」
シャッタータウンが広がる商店街。
その奥にある広場だ。
「あの建物、なんであれだけ側面がリフォームされているんだろう……」
広場に隣接する建物の一つが、明らかに真新しい素材でできていた。
しかも、急遽修復したような感じである。
とはいえ、秀星にとっては関係ない。
それに加えて……。
「時間通りだな。朝森秀星」
今回の護衛担当である羽計が来たからだ。
羽計はいつも通りの沖野宮高校の制服姿である。
今日は土曜日なので、秀星は上下黒ジャージなのだが、羽計は休日でも制服姿なのだろうか。
それとも、一応任務中と言うことになるので制服なのだろうか。
秀星にとっては謎だが、羽計らしいといえばらしいので突っ込まないことにした。
「羽計が護衛なのか」
「ああ。もうそろそろ車が来る。それまで待っていろ」
と言うことらしいので、秀星は待っていることにした。
適当にスマホでネットサーフィンをしている。
すると、羽計がこちらを向いて言う。
「車の中は圏外だぞ」
「え、マジ?」
「マジだ」
聞いていなかったら危なかったかもしれない。
通信できないということとか、電波が通じないとかそういう問題ではない。
既にマシニクルでスマホを改造しているので、電子的なジャミングがあっても魔力的に解決してしまい、そういった車の中でも問題なく使えてしまうのである。
魔力的にジャミングされていたとしても、うまく抜け道を探したり、あらかじめ確保しておいたルートを使って普通に繋がるのだ。
(……車の中では着信音を切っておいた方がいいかもしれないな。普通に電話がかかってくるし)
秀星は車の中での行動を一つ決めた。
ただ、電波がつながらなくとも、別にインストールしておけばいろいろと使えないわけではないし、羽計だって画面をのぞき込んでくるようなことはないだろう。
着信音も、バイブ着信も、発見されるとごまかすのは面倒なので切っておく必要はあるが、特に問題はないとも思った。
「……あれか?」
「そうだ」
こちらに走ってきた車を見る。
(どこからどう見ても大型トラックなんだが……)
羽計は即答してきたので、別にあれで間違っている訳ではないだろう。
間違っている訳ではないようだが……。
「こういうときは変に車を出すより、よく走っていそうなトラックを使う方がカモフラージュになる。いずれにせよ、挙動不審でなければ何も問題はない」
「……というか、単に予算ケチっただけだと俺は思うんだが」
「本部ではいうなよ」
「わかった」
要するに、実際その通りなのだろう。
羽計の忠告に頷いた後、秀星は羽計に続いて、大型トラックの後ろから乗りこむ。
入ってみると、普通に『部屋』という感じだった。
ソファもあるし、テレビもあるし、冷蔵庫もある。
異様に箱っぽい感じ(当たり前)だが、その分、スペースを無駄なく使っていた。
「あれ?なんか奥行きと天井高が思ったより狭い気がするんだが……」
「目算がすぐれているな。壁一枚奥にキッチンがあって、あの梯子を上るとベッドが四つある」
「思ったよりサービスが充実しているな」
「評議会に所属する魔戦士にはランクがあり、私はその中でも上から二番目だ。サービスが充実しているのはそういうこともある」
風香が評議会に所属していないところを見ると、別に強制と言うわけではない。
そうなると、優秀な人材の確保、という点で有力な名家から人材を引っ張れない可能性がある。
契約書を確認した限りでは、それ相応に、評議会に対して貢献することが義務付けられていた。
義務付けられているが、自主的な脱退を認めていないと、周りからの圧力もすごい。
セフィアによると、評議会は発言力はあるが、周りが団結してしまうと制御できないという微妙な立場にいるようだ。
さらに言えば、評議会の中でも名家・貴族、後はフリーランス寄りのものはいる。その逆も然り。
話を戻すと、自主的な脱退を止めることが問題となる以上、飴を与えて所属してもらうしかない。
特に、名家出身の魔戦士は、無理に評議会の援助・サービスを受け取る必要はないのだから。
結果的に、羽計のようなプラチナランクに認定されるような人材に対しては、維持コストとしてかなり使っているのだろう。
「とにかく座れ。そうでなければまともに話もできん」
と言うことらしいので、二人とも向かい合って座った。
その時、トラックが走りだした。
ちょっと乗っていて思うが、少し隔離されているような印象があった。
窓が無い。
大型トラックに窓がついていたら目立つと言われるとそれまでだが、外の状況が全く分からないのだ。
「外の状況が全く分からないな」
「プラチナランクである私でさえ、本部の場所は知らされていない。さらに言えば、本部そのものも地下室にあるとされているが、どこにあるのかは私にもわからない」
「秘密主義ってことか?」
「飴を与えているが、だからと言って裏切らない保証はないからな。だからこそ、本部の場所は判別できないようにしている。だがその分、移動中、及び本部内の設備は充実している」
ここまで重要な場所であり、秘密主義として管理をしっかりしていると羽計は説明するが、一つ、重要なことを説明しよう。
秀星はすでに、本部の場所を知っている。
秀星がやったことはただ一つ。
ワールドレコード・スタッフで位置を検索しただけだ。
カテゴリ的には『世界地図』に位置するが、単に紙一枚の地図と言うわけではない。
電子端末を前提とすれば、位置を特定したうえで、さらには現在の場所からのルートや、ある程度の概要がまとめられているだろう。
白地図に書き足していくように、本来なら現地にいってみなければ感じ取れないようなことも、細かく記載されるのだ。
ワールドレコード・スタッフは、そういった情報が膨大に詰め込まれている。
戦闘能力でも生産能力でもない『地図』が、他の九つと並んで『神器』とされている。
そんじょそこらの隠蔽工作など、そもそも意に介さないのだ。
「まあいい。冷蔵庫に入っているものは適当に食べて構わん。あ、そのケーキは私のものだ」
「……」
秀星は、手に取ったショートケーキに対して反応した羽計に対して妙なものを見るような視線を送った。
それと同時に手を出しているところを見ると、どうやらすぐに食べたいようだ。
秀星は冷蔵庫のそばにあった紙のフォークをとって、ケーキと一緒に渡した。
羽計は受け取ると、開封して無言で食べ始める。
年頃の娘らしく幸せそうな表情だ。
(……成分表をパッと見たけど、カロリーが普通の三倍はあったな)
作り方はよくわからないのだが……糖分がやばそうだ。
秀星は改めて冷蔵庫と冷凍庫の中身を見る。
移動中のサービスが充実していると言っていたが、確かにその言葉に偽りはないようだ。
ケーキの他にも、様々なプリンやゼリー、アイスやジュース、猫缶など、いろいろあった。
……猫缶?
「この猫缶はなんだ?」
「『剣の精鋭』には、虎のモンスターを従魔にしているメンバーがいる。その虎が好んでいる物だ」
「あ、そう……」
「気になるのか?あまりうまくなかったぞ」
「え、食べたことあるの?」
即座に頷く羽計。
「そうだな。すごく薄味だった。ちょっとだけ塩味が効いたような感じで、かなり臭みがある」
「……」
思いだすように目を閉じて、ショートケーキを食べながら猫缶の味を語りだす真面目系美少女に呆然とする秀星。
猫缶で思いだしたが、秀星の中学時代のクラスメイトで、チャーハンにぶち込んでおいしく作っていた奴がいたような気がする。
文化祭で出して教室の中の雰囲気が『え……』となっていた。
(アイツ、今どこにいるんだろう……まあいいか)
秀星は思考の隅の方に置いておくことにした。
冷蔵庫の中から、やたらボリュームがあるプリンをとりだして、ついでに紙のスプーンをとって開封。
そのまま食べ始める。
そう言えば、といった雰囲気で、秀星は話し始めた。
「そう言えば、羽計って風香の隣にいつもいたよな。あれって何なんだ?」
「お前に話しても仕方のない話だ」
それもそうだと思った秀星。
秀星も、すでに隷属状態の風香が必要ではなくなったことを知っている。
評議会の方も、具体的な部分は分からなくとも、そこまで必要と言う空気でなくなったことは理解しているのだろう。
急に、捕獲対象をマクスウェルに変更してきた。ということもあるだろうが、判断材料はそれなりにある。
「それにしても、落ち着いているな。普通なら緊張くらいはするものだぞ」
羽計が聞いてきた。
秀星もそれは一応認める。
エリクサーブラッドによって緊張することが無くなったとはいえ、ある程度なら客観的にものを見れる。
自分の本来の状況が分かっていないわけではない。
それを踏まえて考えると、緊張しないことの方がおかしいだろう。
自分で緊張していないというだけなら簡単だが、周りから見ても落ち着いているように見えるのは不自然と言えば不自然だ。
緊張している演技をすることもやろうと思えばできるのだが、面倒なのでしていない。
「まあ……うん。緊張しまくった末にどうにでもなれって思っただけだ」
「それだけではなさそうだがな」
秀星が持つ『不自然さ』に全く気が付かないわけではないだろう。
勘がいいかどうかは別としても、羽計も人を見る目はある。
ただ、お互いに共通していることがある。
秀星の方は、追及された先のことを話すつもりがないということと、羽計の方は、追及した先のことを考えるのは優先順位が低いということ。
秀星の方は異世界云々の話になってくるので、はぐらかすような感じになるだろう。
羽計も、急に発見された魔力量の多い秀星と言う存在によって、評議会の様々な動きを考えているはずで、いろいろと指令もあったはずだ。
先のことに対してお互いに踏み込まない。と言うことについてはお互いに共通しており、会話が続かない状況がこの場で発生している。
結果的に、この話題に関してはそれ以上のものはない。
だからこそ、羽計は話題を変えてきた。
「評議会の本部につけば、まず最初に、魔力量を具体的に測ることになるだろう」
「魔力が多いって言われても、感覚的にはよくわからないんだけどな」
もちろん秀星は、普通なら感覚的につかめない理由を知っている。
「計測器は高性能だから安心しろ。とにかく、色々なことが決まるのはそれからだ」
「わかった。とりあえず……指示に従えばいいんだろ?」
「基本的にはそうだ」
そう言うと、羽計は目を閉じて背もたれに身を預ける。
話は終わりだ。と雰囲気が語っていた。
秀星はどうしたものかと思ったが、まずは、まだ食べ終わっていないプリンを片付けることにした。