第百五十八話
見渡す限りの草原。
ただし、気温四十度に湿度八十パーセント。
風が一切吹いていない地獄のような場所で、多くの人間が死んだような目をして待っていた。
疑似太陽が存在するからだろうか。なんか暑い。
というか草原なのにセミの鳴き声がかすかに聞こえる。
秀星の耳にギリギリ聞こえてくる程度なので、他の人間には聞こえていないだろう。
まあ、うん。そんなことはいい。
「あっつー……」
アースーもなんだかんだ言って暑いのか、半袖短パンで冷タオルを頭の上においてぐったりしていた。
「僕、周囲の気温下げてるはずなのに、なんで暑いんだろ」
「あの疑似太陽。あれだけが魔法具なんだよ。超巨大な地下空間でも完全に照らせるくらい明るいものだから、地下で広大な農場だって作れるし、それが目的なんだろうな。それが、ちょっとした付与魔法で、『なんか暑いと感じる』ようになってるんだ」
「性格悪すぎでしょ……」
「犯人は多分アーロンだぞ」
「はぁ……早く始まってくれないかなぁ」
空気がすごくモワアァーアとしている。
死にはしないが熱中症になりそうだ。
「ていうか、アレシアとアリアナは?」
「最前線で憂さ晴らししてくるって言って行っちゃったよ」
「アリアナってスナイパーだよな」
「予知能力があるから遠距離攻撃くらい避けられるよ。問題ないね」
「忘れてた……」
しかし、姉妹揃ってなにかと過激派である。
『アー。アー。マイクテス。マイクテス。どうも聞こえてる?みんな大好きアーロンだよ!』
スピーカーの類はないはずだがアーロンの声が聞こえてきた。
継承戦に出ているほかの魔法使いや超能力使いも驚いている。
「あれ、なんで声が?」
「記録音声だろ」
待っていると聞こえてきた。
『この記録音声を流しているということは、僕はすでに死んじゃったってことで、君たちは性懲りもなく継承戦やっているということだね!あ、イライラしないほうがいいよ。体力奪われるからね』
確信犯の分際で偉そうに……。
『アースー。まだ十六の君をおいて天国に行ってしまって申し訳ない』
幽霊になって会いに来たばかりである。
『今、君はこう思っていることだろう。【このクソ親父を生きているうちに一発ぶん殴っておけばよかった】とね』
「なんでわかったんだろ」
「考えてのかよ……」
アースーも暑さで頭がボヤボヤしているようだ。
『だが、あえて私は試練を君に与えた。そう、暑い中頑張る君を見て、それを見ているメイドさんたちの肴にするために!』
最低の父親である。
悪乗り同盟の理事長に即就任できるだろう。
「一発じゃ足りないね」
「ハハハ……」
秀星も空笑いしか出てこない。
『だが、この環境に経験しておいて損はない。まあその理由は後々わかるとして、アースー、反対側にいる兄を倒せば。君が王だ。ところでジーク。生きてるかい?』
秀星はアースーの正反対の位置に座っているジークフリートを見る。
椅子に座って汗だくになって死にそうになっていた。
デブには辛いよなぁ……。
『まあ、継承戦が中止されていないのなら問題はないんだろうね。まあ、君も頑張れ、勝てば君が王だよ』
ジークフリートの顔に一瞬だけ怒りが宿ったような気がした。
『さて、二人に対する激励は終わった』
挑発の間違いでは?
『次は、行われる継承戦に対する僕の思いと、あと思い出話をしようか』
その言葉が聞こえてきた瞬間。
ジークフリートが氷魔法を発動。
ちょっと離れたところにある小型スピーカーを貫いた。
お、あったのか。
『ジーク。ひどいじゃないか。スピーカーを狙うだなんて』
「「「「!!??」」」」
まだスピーカーがどこかにあるのか?
『スピーカーなんてダミーなのさ。さて、話の続きをしようか』
そういって話が続く。
★
三十分後。
全員が死にかけになっていた。
というか……いつの間にかアリアナがいない。どうやら墜ちたようだ。
『さて、話は終わった。早速始めてもらおう』
何が早速なのだろうか。
『それでは全員構えて〜ファイト!』
そう言うと同時に、ブツッと聞こえなくなった。
「やるか」
「あーうん。そうだね」
アースーに確認したときだった。
なにか妙な音が聞こえてくる。
見ると、ジークフリートが巨体を揺らして猛スピードで走ってくる。
拳には白いオーラのようなものを出現させていた。
先頭に立っている魔法使いを一気に殴り飛ばす。
一発ケーオーだった。
まあ、この環境下だ。殴ればだいたい終わるだろうが。
「なんだありゃ。ルークか?」
「キングだよ。さて、僕も行きますか」
アースーは立ち上がる。
そして、叫んだ。
「超能力派閥諸君!最前線でデブが大暴れしているが、関係などない!新たな王国の未来を掴むため、立ち上がるぞ!」
そういうと、アースーは自分の近くにおいていた旗に近づく。
超能力派閥を表す紋章がついた大型の旗だった。
「皆、この旗に勝利と誓ったはアッチイイイイイイイイイ!」
炎天下で熱された鉄製の棒。
暑いに決まっている。
サーモグラフィーで写せば確実に真っ赤だろう。
「フー!フー!あつつつ、本当にこれ棒なのか……秀星!」
「この話の下りで何を俺に頼む気なんだお前は……」
「旗、代わりに持って!」
「だと思ったよ……」
だが、秀星に暑さは通用しない。
普通に持って、大きく掲げる。
ついでにいうとこの旗は魔法具なので、思いっきり振ると士気向上につながる。
秀星は全力で振りまくった。
超能力派閥の者たちの死んだような瞳が完全に光を失う。
だが、それぞれが持っている超能力補助器具を掲げ、雄叫びを上げ始めた。
……アレシアも。
「どうなってんのこれ……」
アースーが絶句している。
「なんていうか、HPはゼロだけど、バグっているから動いているような感じだな」
秀星はそう判断した。
というか、アレシアの顔。普段は落ち着いた腹黒女なのに、今はもう見る影がない。
「どうなるんだこれ」
「敵の大将が体力不足で自滅すると思うぞ。明らかにヤケになってるだろ。あれ」
誰もが予想したとおり、とはいかないものの、文字通りのカオスの状態で、王位継承戦は始まった。
今更真面目とか、コイツラには無理だったようである。