第百五十一話
実際に体験するまでわからないこと。というのはよくあることだ。
テレビに映るスポーツ選手の奇跡的なプレイを見て、それができるようになるまでにどれほどの才能と努力が必要なのか、正確に把握できる人間は少ないだろう。
だがしかし、その少ない人間は、自らの計画が破綻していることに気がつくのだ。
「まるで意味がわからんぞ!」
ジークフリートは自室で叫んだ。
……防音魔法を使ったあとで。
「あんな化物が来るなんて想像できませんよね……」
そしてそんなジークフリートを、彼の側近である燕尾服の男性。マーカス・オルゲートが同意した。
「私に王としての才能がないことはわかる。能力があっても徳が足りないことは何度も父上に言われたからな。それは認めよう。躾のいいアースーが王となるために、私が試練となることも言われたから、これまできっちりやってきた。だが、なんだあの化物は!あんなやつがいたら試練もクソもないだろ!しかも、勝手に勘違いした魔法派閥の下っ端共が、あのクズ四天王の言いなりになって暴れやがって。ああもう腹立つううううううう!」
「なんでそんなに説明口調なんですか?」
「いいだろ別に」
「いいですけど不自然ですね」
マーカスはしれっと毒を吐く。
「あーもう。あんな化物が出てくるんだったら、もうさっさと継承戦をやったほうがいいんじゃないか?」
「このままアースー様が王になれば、政界が混乱しますよ。表にも裏にも金が回っていますからね」
「裏のほうが多いしな」
「わかっているのなら軽はずみなことを言うのはやめてください」
「言いたくなる気分なんだよ。私の側近として長年努めてきたお前ならわかるだろ」
「あえてわからないフリをしていますが……」
「なおさら悪いわ!」
「今頃気がついたのですか?」
「お前まで私の敵になるの!?」
なんだか最近うまくいかないジークフリート。
「あー……ていうかこの格好暑いんだけど」
「でしょうね」
ジークフリートは実は太っていない。
太っているように見える特殊メイクと専用の服を着ているので、そう見えるだけなのだ。
ものすごく暑いので常に汗だくである。
ジークフリートは洗濯をしているメイドがマスクを五枚つけているのを知っていた。
ちなみに、本来のジークフリートの容姿はナイスミドルと言っても過言ではなく、常に汗だくになる格好でドタバタしているので引き締まっている。まあ、これ以上無理をすると栄養失調だが。
「これ特に夏はクソ辛いんだけど……」
「悪役の定めです」
「押し付けたの父上ではないか!」
「同意したのはジーク様でしょう。ちなみに想定どおりだとおっしゃっておりました」
「あんのホルモンバランス崩壊ジジイ!死んだあとで私に迷惑をかけるのか!」
「まあいろいろありましたが許されていましたね。あの容姿は国民の受けがいいので」
「……いや、常にガリガリだっただろ。骨と皮しかなかったことも珍しくなかったぞ」
「ガリガリでも魅力が衰えることがなかったというだけの話です」
威厳や風格とは縁の遠い王族ではあるが、死んだ王はそのあたりは大丈夫だったようだ。
「私だって本来は引き締まった体なのに……私室でもこの服装って喧嘩売ってんのか?」
「急に騎士団が飛び込んできたときに本来の姿だったら困るでしょうに」
「そうなんだけどなぁ……ていうか幻惑魔法じゃだめなのか?」
「あの日本から来た少年ですが、魔法を無効にできるそうです。同じ理由で、超能力による誤魔化しも意味がありませんね」
「あんの東洋の猿があああああああ!」
だんだん言葉が汚くなるジークフリート。
気持ちはわかるが自重したほうがいい。
「くそう……一体いつまで続ければいいんだ。このままだと私、ストレスで老けるぞ絶対」
「すでに白いものが混じっていますからね」
「うへぇ……さっさと継承戦やりたいよぉ……」
「頑張ってくださいジーク様。多分後でいいことがあるような気がしますから。きっとですが」
「断言ゼロじゃねえか!こんちくしょうめえええええええ!」
ジークフリートの絶叫が響く。
この国にいる苦労人枠。それはきっと、彼なのだろう。