第十五話
三十人以上の突入者の装備はほぼ同じだった。
視界が悪そうだが、頑丈さと五感拡張機能が付いたフルフェイスヘルメット。
全員がライダースーツを着ている。
あと、塗装してごまかしているが、人体の急所に当たる部分だけ素材が違うように感じた。
そして、全員がハイパワーライフルを持っている。
腰にはアサルトライフルがある。出番はまだのようだ。
「撃て!」
全員の装備が黒いのだが、一人だけ赤いラインが入ったヘルメットを付けている者がいる。
隊長だろう。
全員の視界の中に秀星がいるはずだが、構わずに撃ってきた。
先ほどからライフルの装填部分が光っているのは、付与魔法を使った強化のためだろうか。
ライフル本体ではなく、発射された銃弾に対して付与をかけることで、ハイパワーゆえの衝撃を無視する設計ではないようである。
とはいえ、発射された銃弾に付与魔法をかけるとすれば、付与完了がコンマ一秒ですら遅い。
そうなるのも仕方がないと思われる。
威力には自信があるのだろう。
(しかしまあ、そう言うものが存在しない世界もあるんだよな)
秀星はそう思った。
「来るんだ」
「フン!」
秀星の黒いジャージの上に、真っ黒な外套が出現する。
ガイゼルの前に、圧倒的な熱を持つ領域と、その後ろに、残った冷気を使った氷の壁が出現する。
秀星の黒い外套に当たった弾は全ての威力を失って、そのまま地面に落ちる。
ガイゼルの前に出現した熱領域で弾丸が溶解し、氷の壁に当たっても、貫通することはなかった。
二人とも、圧倒的に強い『個』である。
付与魔法で強化されているとはいえ、奇襲することもまともにできていないのに、ダメージを与えられるようなものではなかった。
「な……」
そして驚く隊長。
(実戦は少ないのだろうか)
秀星はそんなことを考えたが、別に彼の知ったことではないので、それらの思考を頭の隅の方に置いておくことにした。
秀星は手を前に出す。
「『スリープ』」
魔法陣が出現して、睡眠魔法が全員にかかる。
だが、ここで不思議なことが起こった。
全員が左腕に付けている腕輪が光る同時に、特に眠った様子はなく普通に立っているのだ。
(状態異常を防ぐために魔法具か?)
秀星はそう予測した。
ならば、状態異常にする魔法に意味はない。
そして、腕輪が光ったことで、秀星は彼らの奥にも誰かがいることが分かった。
彼らの後ろに、銃口が見えた。
秀星は明確な殺意を感じとる。
(――!)
秀星は腕を振る。
一瞬、何をしているのかと疑問に思われるだろう。
しかし次の瞬間には、秀星の手には剣が握られていた。
切っ先が紅に染まった銀の長剣である。
そしてその刃は、秀星の眉間を貫こうとしていた銃弾を正確に切断した。
いや、切断と言うより、当たった瞬間にバラバラになっているので、『破壊』の方が適切だろう。
秀星には届かなかったので問題はない。
「さすがに手で掴むようなものではなかったな」
斬った感触からすれば、かなり威力があった。
本来ならば千メートル以上の距離から奇襲するようなものだが、今回は二百メートルもない。
弾速を考えると、撃ってくるのが分かったとしても対応などできるわけがない。
(この銃を用意できる階級が分からないが、最高峰に近いならまだしも、中堅だったら、カルマギアスが持つ軍事力は相当なものと考えられるな)
精密機械ゆえに、製造可能数は少ないだろう。
先ほど撃ってきたライフルをまだ持っているということはないはずだ。
「ば、バカな……フルオートに切り替えろ!」
全員がフルパワーライフルをしまって、アサルトライフルをとりだす。
しかし、それでは遅い。
「ほらよ!」
秀星は瞬きするほどの間に、襲撃者たちのところに斬りこんでいた。
アサルトライフルの銃身を切断し、その衝撃で銃を破壊して、使い物にならなくする。
そのまま剣の柄で脇腹をぶん殴って気絶させる。
「ひるむな!いいから撃て!」
隊長が声を荒げる。
すると、全員がアサルトライフルを構えなおした。
「指示待ち人間どもめ……呆れたぞ」
次の瞬間、熱線が全ての銃器を貫通した。
マクスウェルが熱を収束させて、空気が動き回ろうとする方向に規則性を持たせたのだ。
秀星が斬りこんだのは、少しの間でいいのでガイゼルから全員の視線を放すため。
襲撃者を全員捕縛するとしても動くのは秀星一人でもいいのだが、それだとガイゼルの出番がないので後で文句を言われるだろうからそうしただけのこと。
「まだだ!」
隠し持っていただろうコンバットナイフをとりだすと、秀星に向かって走って来る。
こちらが剣を持っているが、その間合いをある程度把握しているのだろう。
練度も高いようで、不完全だが状況変化を把握しているようだ。
コンバットナイフだが、はっきり言って本気など全く出していない不真面目な秀星くらいなら対応できている。
(全員が利き手の反対を自由にして距離感を掴めるようにしているな。軍人出身か?)
中には日本人ではないものも混ざっている。
与えられた装備はすごいので後ろにいるのはそれなりに大きい組織だろう。
そして、組織が違うとしても、訓練はしっかりと受けているようだ。
訓練通りの状況とは言い難いのは秀星も認めているが、それでも、できる限りの痛手を与えようとしているのは分かる。
「ふむ……おりゃ!」
秀星は剣を真横に一閃する。
剣から斬撃が飛び出て隊員に直撃し、次の瞬間、まるで全身がしびれたように痙攣すると動かなくなった。
「な……」
「安心しろ。気絶しているだけだ」
秀星は剣を振るって、次々と気絶させていく。
中には飛んできた斬撃をコンバットナイフで防ごうとしている者もいるが、コンバットナイフが砕け散ってそのまま斬撃が直撃する。
何度も何度も斬っていると、ついに、立っているのは隊長一人だけになってしまった。
だが、先ほどまで慌てていたにしては余裕があるように見える。
何か策があるのだろう。
隊長が話しだす。
「君はもしや、私にも勝てると思っているのではないだろうな」
「……少なくとも、第三者がいたら確実にそう思うだろ」
秀星はそう結論付けた。
隊長は笑いだす。
「言いだろう。その余裕を消してやる」
ライターくらいの大きさのスイッチをとりだして、隊長はそれを押した。
すると、隊長は半径三メートルから四メートルくらいのドーム状のバリアに包まれる。
「試しに何かしてみるといい。君たちが私に勝てない理由がすぐに分かるだろう」
隊長が言い終わると同時に、ガイゼルがつららと熱線を作りだして攻撃する。
ガイゼルのすべての攻撃は、隊長が生み出したバリアに当たった瞬間に、反射してこちらに帰って来た。
「何っ!?」
驚いているガイゼルを尻目に、秀星は剣を振って、つららを砕き、熱線を剣の腹を使って止めた。
「……秀星、もしや、俺の攻撃すらもお前には効かんのか?」
「……そうなるんじゃないか?」
いとも簡単に攻撃を斬り伏せた秀星に対してガイゼルが聞いたが、秀星は目を逸らしながらそういった。
神器を十個持っているし、圧倒的な才能を発揮するアルテマセンスと、完全な耐性を得るエリクサーブラッドが常時発動中なのだ。
当然といえば当然の差である。
「分かっただろう。Aランク以上の作戦中において、隊長クラスの人間に与えられる特別製の魔法具なのだ。このバリアの前に、どのような攻撃を行ったとしても、全て通用しない!」
「……隊長にしか与えられないってことは、作れる数そのものは少ないわけか」
そのAランク以上の作戦と言うのがどういう基準なのかいまいちよく分からない秀星だったが、少なくとも、秀星個人にとっては特に問題がないことも確かだった。
「さあ、貴様もかかって来るがいい。ちなみに、近接的な物理攻撃も全て衝撃を跳ね返すぞ」
「……」
秀星は無言で、先ほどと同じように斬撃を飛ばした。
すると、高笑いしている隊長のバリアを素通りして、そのまま隊長に直撃する。
「フハハハハハあぐおっ!」
高笑いしている時に強烈な一撃をもらったからだろうか、奇声を出した後ぶっ倒れる。
戦闘は終了。
「セフィア」
「はい」
すやすや寝ているライナを抱いたセフィアが現れる。
ライナには耳栓がついているので、戦闘音を気にした様子はない。
秀星はライナを抱きかかえると、その場に座ってライナを膝に寝かせた。
「セフィア。全員を拘束して八代家にでも放りこんでおけ。俺はもうちょっとここにいた後帰るから」
「畏まりました」
セフィアは大量の手錠をとりだして拘束しに行った。
ガイゼルが聞いて来る。
「秀星。先ほどの斬撃はどういうことなのだ?飛ぶ斬撃だけは反射できないということなのか?」
「んなわけないな。あの斬撃は、切った時の斬撃そのものを空気に『伝える』ことで飛ばすものだから、しっかりした物理的な物質の移動が存在する。すり抜けたわけじゃないよ」
「では、どういうことだ?」
「反射にもいろいろ方法があるんだよ」
秀星はタブレットを使ってガイゼルに説明を始める。
反射と言うのは、まとめると二種類に分かれる。
言葉にするなら『物理的反射』と『情報的反射』だ。
物理的反射だが、簡単な例を挙げると『ピッチャーライナー』だろう。
投手が投げたボールを、投手めがけて打ち返すように打者がバットを振る。
衝撃に耐えきったうえで、真反対から衝撃を加えることで跳ね返す。
それと似たようなものである。
そして『情報的反射』だが、これは『進行方向を直接逆にする』ということだ。
物体が移動するとき、その物体は進行方向と言う『情報』を持っている。
それらを変更することで、物体は減速することなく、物体はその進行方向を変える。
計測可能な情報というのは、そのすべてが数値化できる。よって変更は可能ということなのだ。
無理矢理といえば無理矢理である。秀星も否定はしない。
ただ、似たようなことをしている奴はいる。一方○行とか。
「先ほどのバリアはどちらなのだ?」
「さっきのは後者だ。実は初見で分かる」
「そうなのか?」
「バリアに当たった瞬間に反射しただろ?タイムラグが無い以上、当たった瞬間に方向情報が変わっていないと説明できないんだ」
「ふむ……」
ガイゼルは頭をひねっているようだ。
そして、自分の意見を言った。
「その、『物理的反射』というのはいいだろう。力づくで押し返そうとしているのだから、言ってしまえば、押し返す力よりも押す力の方が強ければ貫通できるわけだ。だが、『情報的反射』は直接変えてしまうのだろう。どのように反射バリアを貫通すればいいのだ?」
理解が早いな。と秀星は思った。
「俺が先ほどやったのは、『情報の保護』だ。飛ばした斬撃を、変更しようとする力が効かないようにしたんだ」
「そのようなことが出来るのか!?」
アルテマセンスと、星王剣プレシャスの付属効果によって剣術の才能が強化されている秀星なら簡単なのだ。
なお、アレって剣術なの?という質問を秀星は受け付けていない。
「たまに、あんな感じのバリアが標準装備の奴もいるからな。俺はいつでも保護しながら攻撃するようにしてる。反復練習しまくったから、もうそうするのが普通になってるな」
もしも、隊長があのバリアを出したあとに攻撃したのが秀星だったら、『何やってんだこいつ』みたいな雰囲気で戦闘が終了していたことになる。
とはいえ、何かあるのは明白だったので、秀星も一応は気を付けるのだが。
「ふむ、なるほどな。ところで、あの斬撃は一体何なのだ?」
「単に、『意識を刈り取る』ということを目的にしたものだ」
「……?」
「殺傷力と言う情報を付与魔法を使って抜いているんだよ」
「要するに……何でもアリだな」
「間違ってはいない」
結構便利なのだ。
ただ、この剣術は秀星が生み出したものではない。異世界で教わったものである。
できる限り人とのかかわりを避けていた秀星だが、神器使いとしてではなく、ごく普通の一般人として過ごすうえで人と関わることはあった。
その旅の途中で出会った剣客が生み出した剣術である。
血も見れないような女だったが、『傷を付けることなく勝つ』ということで考案したものとのこと。
殺傷というのは、殺したり傷つけたりすること。それらを付与魔法で抜いたのだ。
ただし、斬撃と言うものは、『殺傷力』と、ショックに因る『気絶』の両方が存在するのが普通だ。
二つ発生する結果のうち、殺傷力の方がなくなるので、気絶すると言う部分だけが残る。と言うわけである。
当時アルテマセンスを手に入れていた秀星でさえ『何言ってんだコイツ』と思ったものだが、やろうと思えばできるもので、殺さずにとらえる必要がある場合は重宝しているのだ。
あくまでも手段の一つであり、その斬撃以外でも傷をつけずにとらえる手段はたくさんあるので、普段は使うまでもないのだが。
「まあ、特に問題もなかったし、いいんじゃないか?これで」
「そうだな」
秀星はライナを撫でることにした。