第百四十三話
「そういえば、第一王子を俺は見たことがないんだが、どんなやつなんだ?」
「何をすればいいのかわかっていないし取らぬ狸の皮算用だらけだけど野心家」
「そうですね」
思えば第一王子を見ていなかったのでアースーに聞いてみたところ、予想通りというか、貴族に大人気というか、傀儡に似合いそうな感じであった。
変に頭が良かったり、奉仕思考が強かったりすると、利権を確保した上であまり働きたくない人間からすれば厄介なことこの上ないのだ。
手放せないほどの何かがあるというのなら、他の誰かが使うだけで自分たちが不利になるので確保しておくだろう。
ただ、世の中は悪いほうが利権を確保しやすいのである。
バレないからやってもいいと思えば、人はなんだってできるのだ。
今までがそうであれば尚更である。
「名前は?」
「ジークフリート・エインズワース」
「……」
「かっこいいでしょ」
「名前負けしてる印象があるけどな」
まさか、そんな名前だとは思わなかった。
その弟が『アースー』なのでもっとコメントに困る名前だと思っていたのだが、そんなことはなかった。
「魔法使いとしての才能は?」
「周りが反対するほど弱くはないけど、暴れても対処できる程度には強くない」
「おいおい、利権を確保したい貴族にとっては最高の優良物件じゃねえか……」
何もわかっていない野心家で、実力も最低限あって、なおかつ暴れても対処できる。
権謀術数で生き残る貴族からすればこれ以上にいいやつはいないだろう。
「まあ、そんなわけだよ」
「もしかして、マイナス方向に優秀な部下がいるのか?」
アースーはサムズアップした。
肯定らしい。
「駄目だこりゃ」
「だね」
そこまで話したときだった。
ドアをノックせずに一人の男が入ってきた。
まるまると太った体、脂肪がよくついて汗が見える顔。
生地の質だけはよくて装飾品を最小限にしているアースーと違って、キラキラした装飾品を付けまくった服。
傲慢な雰囲気を隠そうともしない目をした男だった。
ギョロギョロと視線を動かしていたが、アレシアを見て視線が止まる。
「アレシア。帰ってきていたのか。まずは、次期国王である俺に報告するべきだぞ」
その男はアレシアを指さしてそう言った。
「お兄ちゃん。何しにきたの?」
「アースー!俺は次期国王だぞ!第一、前々からジークフリートお兄様と呼べと言っているはずだ!」
アースーの軽い雰囲気が気に入らないのか、叫ぶ男。
この男がジークフリートだろう。
一目見ただけで納得できるかこの雰囲気。凄まじいとしか言いようがない。
「何をしに来たか。だと?妹が帰ってきたのだ。顔くらい見せに来るのが当然だが来ないからな。こちらから出向いただけだ」
そう言っているジークフリートの視線は、普段着用のドレスを着ているアレシアの胸に注がれていた。
エロい目をしているのを隠そうともしない。
「で、そこの馬の骨は一体なんだ」
「朝森秀星君だよ。知らない?」
「フン!最近日本で騒がれている馬の骨だろう。功績はそれなりに多いようだが、あんなものは脚色されたものに決まっている。第一、魔法においては何もできないではないか!」
厳密には見せていないだけである。
「まともな戦力がいないからと用心棒を呼んだようだが、バトルでは魔法と超能力しか使えないぞ」
「わかってるって」
「フン!余裕ぶっていられるのも今のうちだ。今のうちに身の振り方を考えておくんだな」
そう言うと、ジークフリートはドスドスと言わせながら出ていった。
「だいぶ濃い奴だったな」
「君、敬意とかそういったものないよね。僕ら王族だけど」
「そんな常識がこの場で必要なのか?」
「ないね」
即答するアースー。
とはいえ、秀星だって時と場合によっては敬語だってちゃんと使うし、それなりの所作は気にする。
基本的に、空気を読めないのではなく読まないのである。
「ていうか、日本語だったな」
「まあ、最近しゃべる機会が多かったから、それが残ってるんじゃない?」
「日本語と英語を気分で使い分ける人も珍しくないですからね」
「なかなかクレイジーな習得率だな。言語能力だけで言えば、多くの日本人はあいつに負けるわけか」
少し複雑である。
「ていうか、アレシアのことをあんな目で見ていたが……」
「エインズワース王国の王族は親族内での結婚はできないけど、優秀な子孫を残すという大義名分があるからね……」
「貴族社会は大変だな」
だいたい察した秀星。
「優秀な子孫を残すという大義名分か……それと、最初に見たときから思ったんだが……」
「なんだい?」
「第一王子って何歳?」
「四十七」
おっさんであった。