第千四百五話
イベントのルールのおさらいだが、誰かを倒せば+2ポイント。負けたら-1ポイントとなっている。
ただ、倒された後にその相手を倒せば、どちらにも+2と-1が適用されて相殺される。
言い換えれば、誰と誰が戦っても接戦と言える環境であれば、必然的に総合ポイントは高くないのだ。
アトムや栞のような、ものすごく強くて戦いに対してある程度真面目な奴がいると、好戦的な者がほぼいない環境でもポイントはやや高くなることはある。
しかし、実力者多数かつフィールドも広大。何より『格付け』の意味が強いこのイベントでは戦闘回数も多くはない。
言い換えれば、1位になるために必要なポイントはそう多いとは言えない。
酒盛りを始めているものがいて……というか、酒盛りが始められるような物資がフィールドに用意されているということは、要するに運営側だって真面目に考えていないのだ。
……さて、それがおさらいだ。
もしもここで、『一瞬』で、『自分以外の全員』を『問答無用』で『倒せる』という、バグと言うかギャグと言うか、『それを言ったら全部おしまいだろ』と言えるものがいた場合。どうなるか。
全員で十六人いるので、一人で十五人をまとめて撥ね倒すということになるが、その場合、十五人に-1点。一人が+30点となる。
一周すれば31点分の差が生まれるということになるのだ。
まあ、それが『蹂躙』や『無双』の醍醐味と言えばそれまでなのだが、あまりにも馬鹿げている。
しかし、馬鹿げていることを『個性』とする存在がいる。
それが、『発作椿』だ。
「ふうううっ! ふううっ! うにゅうううううううああああああっ!」
狭くなったフィールドを全力で走りまわる椿。
誰かをその認識範囲……といっても、今の椿ならおそらく『フィールド全て』が対象だろうが、近い位置にいるものから、レルクスですら反応できない速度で衝突し続ける。
全員がほぼ強制デスポン……復活しては倒され復活するという地獄のような状態になっている。
もうもはや、ここまでくるとどうしようもない。
どうしようもないということは……語ることはないということだ。
★
「……む?」
目が覚めた椿は周囲をきょろきょろと見渡す。
あるのは、いくつもの『黒い残骸』だ。
「……あれ? どうなってるんですか?」
「や、やっと起きたのか。はぁ……」
「あ、お父さん!」
そばに現れた秀星を見て、全力で突撃する椿。
……その『全力で突撃』という仕草に秀星の体がビクビクッと震えたが、よほどのトラウマになったようだ。
エリクサーブラッドにより最高のコンディションに常時更新され続ける秀星の体を震わせるほどだ。相当ヤバかったことは間違いない。
「……むー。今ってどんな感じですか?」
「イベントなら、終了時間は過ぎたぞ」
「え!?」
「もうそろそろ、優勝者と優勝賞品の贈呈が『システム』から送られる」
「ほー……何か知らない間にそんなことになってたんですね!」
「……」
自覚。という点では正確なことを言っているかもしれないが、このどうしようもないモヤモヤは一体何なのだろうか。
そんなことを秀星が考えていると、上空にテロップが流れてきた。
【本イベントの上位三名とそのポイントを表示します】
と言ったものだ。
その下には……
3位 頤核 730P
2位 朝森秀星 12433P
1位 朝森椿 86400P
「え!?」
椿は驚いた。
「これってどういう事なんですか!?」
「……」
秀星も疲れたような目である。
「むー。むー……何かよくわかんないですけど、優勝出来たですううううっ!」
過程を気にしないのもここまでくると清々しい。
【優勝者。朝森椿には、優勝賞品を贈呈します】
テロップと共に、椿の傍に宝箱が出てきた。
「おおっ! 宝箱です!」
「何が入ってんだろうな……」
椿が笑顔で宝箱を開ける。
中に入っているのは……一辺三センチの立方体の形をしたガラスケースに、砂が入っているというものだった。
「む? 何ですかこれ」
「……」
秀星は鑑定スキルでそのアイテムを見たが……。
「鑑定できない」
「え?」
「俺の鑑定スキルが通用しないアイテムだ」
「ええっ!?」
驚く椿。
誰よりも『真理』という名の『大原則』に近い秀星が使った鑑定スキルで見れないということは、それだけ『例外中の例外』ということなのだろう。
「そのアイテムの名前は『砂の旅団』だ」
「レルクス……」
疲れた表情のレルクスが歩いてきていた。
「そのアイテムの所有権を持つ者は、『時間操作』系統の力から身を守ることができる」
「時間操作ねぇ……」
「ふむふむ……何かよくわからないですけど、凄いアイテムなんですね!」
「ああ。僕も、そのアイテムを突破することはできないし、方法は知らない」
「え……ええっ! レルクスさんも知らないことがあるんですか!?」
「当然だ。僕は過去から未来まで全て知っているが、起こらない可能性のことは知らないからね」
「ふむむぅ。とりあえず、大切にしますね!」
「……大切にしてもしなくても効果は変わらないが、まあいいか」
レルクスは溜息をついた。
「……まあとにかく、時間操作の影響を受けないということは、誰も君の歩みを止められないということだ」
大変、疲れる話でもあるが。
「尚更よくわからないですね!」
「基本的に防御系のアイテムだからね」
確かに攻撃には使えなさそうだ。
「基本的にって……どうやって攻撃に使うんだ?……まあいいか。これ、俺は使えるのか?」
「時間操作から守る対象を君に変更する。という意味では不可能だ」
「なるほど、椿専用アイテムってわけね……」
「ちなみに、『朝森椿』と言う存在に紐づけられて存在しているアイテムだから、ドッペルゲンガーとしての椿が消滅しても、未来の椿には適用される。と言えば、ある程度『異常性』は分かるかな?」
「……ああ。わかる」
秀星は頷いた。
真理に近い故の知識からくるものだろう。諦めた表情だ。
「……さて、とりあえず、これでイベントは終わりだ。お疲れ様。秀星、椿」
「ああ」
「レルクスさん。また会いましょうね! 約束ですよ!」
「安心するといい。未来で、君には会わなければならない理由があるからな。それじゃ」
レルクスはそういうと去っていった。
「まあ、あれだ……何を言えばいいのかわからんが……椿、優勝おめでとう」
「はい! えへへ~♪」
うれしそうな様子の椿。
そんな様子を見て、『前途多難』という言葉が思い浮かんだ秀星は、間違ってはいないはずだ。




