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第十四話

「えへへ、しゅうせいさ~ん」


 山の中の洞窟にて。

 上下黒ジャージ姿の秀星は、座ってライナを撫でていた。

 ライナは気持ちよさそうに体を秀星に押し付けている。


 洞窟の隅の方では、ガイゼルがハンカチ――そこそこ大きいセフィア作のもの――を噛んでいた。

 表現として一番近いものを上げると『ムキー!』というものだろう。

 可愛い娘が生まれたのに、ポッと出てきた青二才に懐いているのだ。気持ちとしては分からないでもない。


「懐かれていますね」

「そこはよくわからんのだがな……」


 秀星としてもあまりわかっていないが、実際問題、エリクサーブラッドあたりが関係しているのだと思っている。

 人の印象の決定項目はいくつかあるが、マクスウェルであるライナは魔物であり、『魔力的な嗅覚』を持っている。

 もちろん、魔力は無臭なのだが、認識能力の高いマクスウェルはそれを認識し、波長などを判別することは容易だ。

 生まれたばかりの赤ん坊でもそれはできる。

 秀星からすれば魔力は全て同じようなものなのだが、マクスウェルにとっては様々なのだ。

 結果的に、秀星が持っている魔力を『良い魔力』だと認識しているのだ。

 エリクサーブラッドに依って体中の様々な細胞分裂に影響が与えられている秀星だが、魔力の方もいろいろと変わっているようだ。

 結果的に、ライナにとっては『良い魔力』を持っている故の感覚だろう。

 ものすごく眠い時に、布団から出られないといったような感覚に近い……いや、その表現は無理があるかもしれないが、とにかく、気持ちがいいと思っているのだ。


「それにしても……かわいいなぁ……」


 秀星は微笑みながらライナをなでている。

 ライナはまだ生まれたばかりで小さい。

 秀星は最近刺激が少なくて若干病んでいたのだが、アニマルセラピー効果でHPがかなり回復している感じがする。


「zzz……」

「あ、寝ちゃった」


 ライナは胡坐をかいている秀星の膝の上で眠ってしまった。


「……父親の足もとで寝る赤ん坊みたいですね」

「父親俺なんだけど!?」


 セフィアがぽつりと言って、ガイゼルは大げさに反応した。

 そろそろ父親の座を精神的に奪われるのではないかと心配しているのだ。

 もちろん、ライナだって本当に秀星のことを父親だと思っている訳ではない。

 よく家に来ていた近所のおっちゃんに懐いているようなイメージだ。

 ただ、初対面でのあの発言。


『しゅうせいさん。パパよりもパパみたい!』


 これが異常に効いている。

 当然といえば当然。

 あと、ガイゼルにとっては何も面白くない。というか謎の危機感がある。

 実の娘ににおいがきついとか、しかもそれを産まれたばかりの子供に言われたので、仕方がないのだが……そこはガイゼルの甲斐性の問題だろう。

 とはいえ、生態系にあまり影響しないガイゼルは、あまり洞窟から出ないので、ライナとしても父親の凄いところってあまりわからないのだが。

 あと、ガイゼルは育てるの下手そうなのだが、母親は何をしているのだろうか……。


「そう言えば、ガイゼルは普段は何をしているんだ?あまり洞窟から出ないみたいだが……」

「俺はマクスウェルの中でもインドア派だからな。基本的には洞窟の中で過ごす。最近はライナもいるから、洞窟から出て森の中を歩いたりするがな」

「この洞窟。ドアとかないぞ」

「そう言うツッコミをいちいちするなよ。言葉の綾だって分かり切っているだろうが」

「もちろん」


 しかし、大雑把なタイプに見えるのだが、インドア派とかあるのか。

 とはいえ、餌を取りに行く必要がある種族ではないので、それでも生きていくのは十分可能なのだ。


「しかし……基本的に洞窟の中にいるって……引きこもりも同然じゃないか」

「人間にもいるだろ」

「だな」


 そう言う種族差別は良くないか。

 個体差があるというのなら、それらは広がって行く物だ。

 ナターリアも言っていたが、基本的に魔力で構成されているエイドスウルフも、同年代であっても個体差はしっかりある。

 特徴をとらえて部隊ごとにまとまっているからあまり変化がないように見えるだけで、全体を見ると人間のように千差万別なのだ。


「それにしても、森の中をねぇ……見つかったりはしないのか?」


 ライナはともかく、ガイゼルは普通の狼と比べるとかなり大きい。

 発見されたら面倒なことになるのは間違いない。


「空気中の熱を簡単に操作できるからな。蜃気楼くらいなら作れる。お袋から学んだ。最初の方は失敗しまくって、化け物って言われたりしたがな」


 秀星は、世界中で発見されている心霊現象の中にはコイツが原因のものがあるかもしれない。と考えたのだが、それを今言うのは野暮だと思ったので黙っておいた。


「ライナってできるのか?」

「できないだろうな。ライナはまだ熱の感知がうまくできていない。経験するまでは、俺の方で育てることにしたって感じだ。まあ、アイツは変にまじめだからなぁ」


 妻のことを思いだしているのだろうか。ガイゼルはやや疲れたような雰囲気になった。

 真面目……自分では娘が窮屈な思いをすると思ったのだろうか。

 だとするなら、どちらかと言うとバカな方であるガイゼルに預けたのだろう。


「でも、アイツって限度を突破したアウトドアだからな。寝床に何てほとんどいないし」

「真反対だな」


 すごく真面目な超アウトドア……どんな性格なのだろうか。

 秀星にはよくわからないものである。


「まあ、そう言う部分を見ればな。親戚からは『足して割ったらちょうどいい』ってよく言われるぞ」

「……」


 思ったより語彙力が豊富だと秀星は感じた。

 長いこと生きているうえに、コミュニケーションの取り方が会話なので、自然と身につくもの。

 人間と同じだ。

 高度な知性を持つ。と言う部分の境界線は秀星にもいまいちよく分からないが、異世界にも、お互いの意見の意思表示のために言葉を使うだけで、扱える言葉が少ないAIみたいなモンスターも多かった。

 『このあたりに緑色の剣があるって聞いたんだけどどこにあるか知らないか?』と聞いて、『おなかがすいたよ』と返答されたこともある。極端な例だが。

 白銀狼マクスウェルと言う種族は、思ったよりそう言う部分はすごいのだろう。


「……ん?なんか気配を感じるな」


 秀星はなごんでいたが、急に表情を真剣なものにする。

 同じく感知能力にたけたガイゼルも、噛んでいたハンカチを綺麗にたたんで洞窟の隅の方においた後、まじめな顔つきになった。


「うむ……ただ、火薬の臭いがするな。確か、『銃』というものがあるのだろう。俺を誘拐しようとして入ってきたやつが持っていた」

「火薬の臭い……魔法関係じゃないのか?」

「秀星様。付与魔法を銃器に使うことで、単純に威力を上げるということも考えられます」

(あ、魔法犯罪組織の子飼いってことね)


 付与魔法は、様々な効果を『既に存在するもの』に与えるものだ。

 ただし、これらは情報的なものである。

 『身体能力強化』と言っても、筋肉の密度が変わるわけではなく、動かそうとした過程に干渉することで、結果が変わるのだ。

 ゲームで言う『ステータス』に近いだろう。

 操作しているアバターの見た目や速度が変わらなくても、レベルが上がったり、装備が強くなれば、ダメージが増える。そんな感じだ。


「反動とか強くないか?」

「体の方にも付与魔法を使って調節します」

「便利だな」

「魔法の扱い方は悪くとも、魔力の量が多い人間は存在します。それから、機材を用いれば自分の魔力を他人に分け与えることも可能です」


 まとめると、普通なら通用しない銃器を付与魔法で威力を底上げして、銃器の扱いに長けた人間を用意。

 あとは、自動で発動する魔法具を利用すればいいのだ。

 魔法そのものを電子技術で制御することはできなくても、スイッチくらいなら電子的に制御できる。


 シンプルなものだが、メリットも多い。

 特に、旧世代から培ってきた訓練を応用できる。と言う点だ。

 魔法の方も、一応歴史はそれなりにあるかもしれないが、それでも、他に存在する様々な工学にはかなわない。

 ならば、進んでいる工学を優先しつつも、足りない部分を魔法で補完するのはいいものだろう。


「銃の歴史って長いもんな」

「似たようなものが最初に生み出されたのは、八世紀末です。軍事的なものですから、進化するのも早い。魔法とはメリット、デメリットが相反するものですし、理にかなったものと言えるでしょう」


 銃は補給の問題で融通が利かないゆえに、異世界でもあまり発展はしていなかったのだ。何もないところに職人を雇って技術を育てる必要があるのだが、いずれにせよコストが高すぎる。

 それならば、魔法で片づける方が早かったということもあるだろう。


「ただ、裏を任せる人間がそう多いとはいえないし、マクスウェルを狙っているんだ。レベルの高い連中が来る可能性はあるな」

「十人くらいの新米が入ってきたときが有ったな。パンツを残して服を全部燃やして突き返してやったぞ」


 ハッハッハ!と大笑いするガイゼル。

 秀星は苦い顔をした。


「さてと、銃器があるっていうのなら、さすがにライナがいると面倒だ。セフィア。ライナを連れて隠れていろ」

「畏まりました」


 セフィアに命令して置けば、別にここにいても問題はない。

 だが、秀星は良くてもガイゼルが心配するだろう。

 秀星の膝で寝ているライナをセフィアに渡すと、セフィアは奥に引っ込んだ。


「さてと、足音からすればそれなりにいるな。足音を殺しているが、銃器を背負っているから無理があるな」

「その奥にもまだ何かいるようだな。ただ、銃器を持っているかどうかはまだよくわからないのだが……」

「多分補助の人間じゃないかな。リアルタイムとはいかなくても、運営している人と連絡を即座に取ることが求められるだろうしね」


 通信兵とかそんな感じだろう。

 捕獲が目的のようなので、銃器を持った者だけではなく、そう言った指示を的確にする必要があるのだ。


「で、ガイゼル。問題は?」

「ないな。秀星はどうなのだ?」

「俺もないよ。さて、状態異常対策はしているか試させてもらおうか」


 秀星は楽しそうに微笑んだ。

 やはり、のんびりしたいなどと言いながらも刺激を求めているようだ。


「そう言えば、ナターリアは何をしているんだ?」


 秀星は山に来てから出会っていないナターリアを思いだした。


「狙われているのが自分たちではなく、個人でどうにかできるレベルだと思えばわざわざ介入しない性格だからな」

「下手に恩を売るような関係でもないか」

「そうだな。さて、久しぶりに運動が出来ればいいのだがな」


 ガイゼルは立ち上がると、首を鳴らし始めた。

 秀星も、一度だけ深呼吸をして、洞窟の曲がり角を見ることにした。

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