第百三十九話
具体的な情報はいろいろあるが、何をするのかを全く決めていないのにもう疲れてきた秀星。
「さて、ここからは何をするか、ということですが、ちょうどお兄様が仲間に入りたそうな目で様子をうかがっているので先に入らせることにしましょう」
秀星はドアのほうを向いた。
……誰もいない。
すると、屋上の板がガタッと外れてかわいらしい顔が見えた。
「……!?」
秀星は何を言えばいいのかわからなかった。
見える顔はとても幼い少女のようなもので、金髪をのばしているが、男らしさは……あ、喉仏がわかる。
「……男の子じゃなくて、男の娘だったのか」
「そういうことです」
「あの、天井から来たことに関してはいいのですか?」
ミラベルはこの中では一応常識人に位置する。
神器使いには珍しい傾向だがおいておこう。
「ミラベル。何を言っているんだ。俺だってやろうと思えば冷凍庫のなかで三日は耐えられるぞ」
「そういう話じゃない……」
ミラベルは頭を抱えるが、神器使いは基本的に頭のネジが外れているというより、頭がネジ以外の何かで止まっているので必然的にこうなるのだ。
要するに今さらだといいたいのである。
そしていつの間にか降りてきていた男の娘。
「第二王子のアースー・エインズワースです」
小さな口から出てきたのは、とてもかわいらしい声。
秀星は思わず質問した。
「……サじゃないのか?」
「スですね」
そして即答してくるアースー。
おそらく何度も思ったのだろう。
さらに言えば、本来なら第二王子という敬意を表する相手だが、この見た目なので威厳が足りず、みんな普通に聞いてくるのだ。
「アースー様。お久しぶりです」
「ミラベルもお久しぶり、今日はフロントホックのブラなんア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアァァァァァァ!」
アレシアのヘッドロックで悲鳴を上げるアースー。
なるほど、なんだかんだ言って思春期の少年ということか。
「お兄様。セクハラをしないで下さいと何度言えば分かるのですか?」
「僕なんて序の口だよ!メイドたちなんて僕の風呂場にカメラを仕掛けてるんだよ!」
メイドたちも容赦はないようだ。
「そんなことは今は関係ありません。他人と比べるのではなく自分の行動に責任持ってください」
「それ、アレシアがいうのギイヤアアアアアアアア!」
学習しない王子様。
ただ、ちょっとメキャッというやばい音が聞こえてくるのでそのあたりで止めておいたほうがいいだろう。
「仲がいいんだな」
「そうですね」
「あ、頭が割れる~」
やっと解放されて頭を抱えて涙目になるアースー。
ミラベルのほうを見ると、一周まわって真顔だった。
どうやらお腹一杯らしい。
「自己紹介が遅れた。俺は朝森秀星だ」
「アレシアからのメールであらかじめ聞いてるよ。すごく強いみたいだね」
「ああ。護衛なら任せてくれ」
「いや、今回君は戦闘員だよ」
「どんな物騒なことをするつもりなんだ……ていうか選挙とかじゃないのか?」
「お兄ちゃん馬鹿だから」
一刀両断。
「選挙じゃない……じゃあ、代表が集まってバトルするのか?」
「そうだよ。過去に何回かあったみたい」
「へぇ……」
様子からすれば、多くも少なくもない。それなりの頻度ということか。
「というより、第一王子がそこまでひどい時が少なかったからね」
「ふむふむ」
「お兄ちゃんは知性が足りないから」
「……どんなふうに?」
「馬鹿すぎて皮肉すら通じない」
「……要するに、立食パーティーとか、軽い社交界みたいなのにおいては最強なのか」
「……ああ、そういう使い道があるのか」
目の色を変えるアースー。
だが、どのみちあまり威厳はない。
なお、社交界における最強という意味だが、そういう場所ではあまり大きなことを言えないので、遠まわしに言うというか、皮肉を言うしかない。
だが、第一王子はその皮肉を理解する脳みそがない。
なので、罵倒していることをしっかり伝えるためには正面からはっきり言うしかないのだが、社交界でそんなことをすれば、逆に言ったほうが非難される。
結果的に、社交界という、王族でも入ってこられる場所で言いたいことが伝わらないのだ。
これを最強と言わずしてなんという。
「それにしてもバトルかぁ……」
「こっちは超能力で向こうは魔法だから、はっきり言って弾幕パーティーになるんだけどね」
だろうねぇ。
「まあ、いずれにせよ。君が入ってくれるなら勝ったも同然だね。もうそのあたりの心配は必要ないし、それ以外について考えていこうか」
そういってほほ笑むアースー。
この目は、いろいろと分かっている眼だな。
それも、アレシア以上に。
(それに……こいつも神器使いか)
最近オンパレードだな。
「そういえばミラベル。君、これ好きだったよね」
アースーはペットボトルを取り出した。
……キャップが明らかにあけた跡があるのだが。
「お兄様。いったい何をするつもりなのですか?」
「ムフフ。僕が調合した媚薬が入っているのさ!」
ミラベルは自分の体を抱くようにしてちょっと離れた。
どうやら、警報が出ているみたいである。
「お兄様」
「なんだ?」
「紐無しバンジーとベルト無しフリーフォール。どっちがいいですか?」
「どっちも嫌だよ!」
いうが早いか、全速力で逃げ出すアースー。
そしてそれを、アレシアは追いかけるのだった。
(……はぁ)
秀星は結局、溜息を吐くだけであった。