第百三十六話
エインズワース王国の空港に到着すると、要人警護用の装甲車が見えた。
屋根つきタラップのそばに車が見えるので間違いない。
「本当にアレシアって王女様だったんだな」
「何度も言いましたよ?」
「いや、だって、第一王女が警護不在で他国に長期間いるとか考えられないだろ」
「かわいい子には旅をさせよ。といいますからね」
「王族に適用されんの!?」
「いえ、これは私の座右の銘です」
「……」
「冗談です」
「だと思った」
秀星は普段使っていない体力がゴリゴリ削られているような気がした。
飛行機にタラップが来て、黒服が上がってきてアレシアの補助をしている。
秀星としてはものすごく不必要だと感じたが、第一王女ともなればそうなるものなのだろう。
心が悪魔だろうと鬼だろうと、肩書は第一王女。
超能力派閥の人間にとっては重要な人間なのだ。
「思ったよりSPの数が少ないな」
「秀星さんの隣にいることと、SPを百人連れているのとでは、秀星さんの隣にいるほうが安全ですからね」
「いったいどんな敵と戦うことを想定してんだよ……」
到着直後からげんなりする秀星。
もっともな言い分ではあるが、通じないのが世の常である。
装甲車に乗り込む前、SPの中から一人が前に出てきた。
長い金髪を後ろに一つにまとめた金髪碧眼の少女で、フォーマルスーツをきっちり着こなしている。
そのスーツを胸が押し上げていた。
年齢は秀星たちとそう変わらないだろう。しかし、切れ目であり、プライドが高そうな印象がある。
「アレシア様。私が今回の護衛隊長を務めるミラベル・オルグレンです」
「お兄様から聞いています。護衛を頼みますよ」
「はい。私がついている限り、アレシア様が安全であることを保障します」
アレシアは微笑んでいるが、あまり興味がなさそうだ。
ミラベルは秀星のほうを見る。
頭から足まで見て、そしていう。
「朝森秀星だな」
「ああ」
態度がかなり違うようだが、だからと言って秀星が何かを言い返すことはない。
というより、そのくらいのことを言ってくるやつがそばにいるほうが退屈しない。
「日本での活躍は聞いている。剣術も、魔装具使いとしても認めよう。だが、魔法や超能力はまた別のものだ。油断しないことを薦める」
「一応聞いておくよ」
秀星としても、そのあたりは否定しない。
日本という国の中でも、それはそれなりに多くのものが神器を所有していた。
この国でも、そういった神器所有者に出会わない可能性というのは考えるだけ無駄である。
アルテマセンスとエリクサーブラッドが常時効果を及ぼしており、セフィアもいる秀星だが、油断していい理由はない。
「ただ、そのうえで言わせてもらうが、俺にとっては剣術も魔装具も、魔法も超能力も、広義の上で大した違いはないぞ」
「……そうか」
ミラベルは『わかっているならそれでいい』とばかりに、秀星から視線を外した。
「それでは、王宮まで行きましょうか」
「はい」
アレシアが微笑みながらそう言うと、ミラベルは即座にうなずいて、指示を出し始める。
秀星は微笑む。
「もしかしたら、単純に護衛としてみるなら俺はいらなかったかもな」
「ミラベルはそこまで強いのですか?」
「信用してなかったんかい……まあ、SPとしてみればの話だがな」
ミラベルはこちらに来たわけだが、アレシアのほうはともかく、完全に初対面で、日本における情報を受け取っただけの秀星を相手にしていたにしては、あまりにも警戒がなかった。
さらに言えば、広義の上では大した違いはないといった時のミラベルの表情の変化は、単純にこちらが理解していることを認識したという以外にも、まだ何かがあった。
(常時発動型……ただし、道具として表に出るものじゃなくて、体の中に『核』を有する神器だな)
秀星はそう判断した。
その判断の上でいうが、ミラベルは神器使いとのかかわりが薄いようだ。
(膨大な魔力を隠しきれていない。感知力が少しでも高くなる神器を持つものが相手なら、一瞬で見抜かれるぞ)
とはいえ、それはここで話すべきものではない。
ミラベルも神器使いであることを隠しているようだし、アレシアを含め、神器と無関係なSPがかなり多くいるのだ。それを考えると不自然というわけではない。
「足を引っ張ることはないと思うが……ま、いざって時は俺がなんとかすればいいか」
「フフフ。そうですね。それと、いざという時でも、警護のためであればお風呂に突入しても構いませんからね」
「!」
アレシアのその言葉に反応したのは、秀星ではなくミラベルだった。
「あ。アレシア様!そのような、そ、その……」
耳まで真っ赤にしてあたふたしながら何かを言おうとするミラベル。
……そこに先ほどまでのプライドの高い少女的な何かは感じられない。
冷静さもないのだが……本当に要人警護が務まるのだろうか。
「冗談ですよ」
「ていうか、風呂まで突入されたら逆に終わりだろ。きちんと風呂の外でどうにかするって……」
「と、当然です!」
ミラベルは表情を強引に戻そうとしているが、あまり効果があるようには見えない。
ちらっとアレシアを見ると、『とてもいいおもちゃを見つけた』とでもいいたそうなほど黒い笑みを浮かべた表情だった。
次の瞬間、ミラベルが全身をぶるっとふるわせた後、ガバッとアレシアのほうを見る。
その時には、すでに黒い笑みを奥のほうに収めて普段通りの表情になったアレシア。
(女は二つの顔を持つ。と誰かが言っていたような気がするが……二つじゃ足りないなこれは)
秀星はそんなことを考えていた。
「どうかしたのですか?」
「い、いえ、何も」
そういうミラベルの表情は、疑問にあふれているようだった。
(……なるほど、神器は『警報』だな)
秀星は流れでそれを察した。
それと同時に、『もうしーらね』と思っていたことも、また事実である。