第十三話
「八代風香の捕獲に失敗?特注魔導兵を十体も与えたはずです。御剣羽計がいたとはいえ、あの装備では倒すことはできない計算だったはずですよ?」
近藤葉月。
カルマギアスの本部の重役の一人を父に持つ女性だ。
そして、『DSP』の運営者でもある。責任者は別の人間だ。
というより、近藤葉月の腕では、この損害を取り戻すことは不可能であることが分かっているからだ。
カルマギアスにおいて、『粛正』に『死』は存在しないが、『強制的な激務』が待っている。
まだそう言った処分が下されないのは、親の影響だ。
父親は本部の重役。そして、母親は東日本支部の重役である。
当然、葉月への影響は大きい。
そのため、ある程度は親の方でカバーすることも可能だった。
「一体誰を送りこんだのですか?え、ヒョロ眼鏡?ああ、アイツですか」
ヒョロ眼鏡。というだけでは該当者が多そうなのだが、それでも記憶されるほどの人間なのだ。
ただのモブではなかったのである。
「遠くからの監視カメラをハッキングした映像では、黒い鳥が一瞬で殲滅させたと……私にも見せなさい」
電話中の自分の前におかれたタブレットにファイルを送信させる。
葉月は映像を確認する。
……確かに、途中までは良かったが、黒い鳥が出現した瞬間に状況が一変した。
なんだあれ。
「こんな小さな召喚獣で、これほどの戦闘力……召喚した者の特定はできているのですか?」
『まだです』
自分の部下の男と電話中だが、イライラしている葉月ほど、部下としても話したくないもので、男の方はめんどくさそうな雰囲気を醸し出していた。
それが、電話の声だけで分かるレベルになっている。
「早急に特定しなさい。時間がないのですから」
『いや、時間がないのは大した予算も引っ張らずに部下に任せっきりにしたからでしょうに……』
「問題はないでしょう」
『ありますって……いろいろコネがあっても、金がないと首を縦に振らない人間だっているんですから』
「なら、私の名前を使えばいいでしょう」
それができれば苦労はしない。
が、近藤葉月にはわからないのだ。
自分に権限があることが当然と思っているのだ。
勝ちとったものなのか、与えられたものなのか。それが分からない人間が使い方を間違えるのは何時の時代も変わらない。
「それで、何か分かっていることはあるのですか?私は評議会のスパイとして乗りこんでいるので、その業務もあって忙しいのです」
『部下に仕事押し付けてるんでしょ?』
「当然です」
部下の男は驚く。
心の声として出すと分かりやすい。
即ち、『え、当然なの?』である。
というか、犯罪組織であるカルマギアスはともかく、魔力社会の正義面である評議会ですらこの人は平常運転なのか。
メンタルがすごいといえばすごい。
「ところで、召喚結晶に関してはどうなっているのですか?」
『材料さえあれば、あとは作るだけだったので、もうできています』
「ならば、早急に八代風香を捕まえなさい」
結晶と、隷属状態の八代風香。
いや、候補としては他にもいるのだが、成功確率が高い者を選出した方がいい。
と言うより、書類などほとんど確認しないので、成功確率しか見ていなかった。というのが正確なところだが。
『承知しまし――あ、副支部長。簔口支部長の私兵に紛れ込ませているスパイから連絡です』
「内容は?」
『八代風香を捕らえる必要なく、DSPを遂行できるそうです』
「それは本当なの?」
『はい。私もざっと資料を確認しましたが、理論上は遂行可能です』
「ならば、早急に計画を進めなさい。今はまだ、八代風香に護衛が集中するはずです」
『それはいいんですけど、その間に八代風香に何もしないというのは……』
「ならば、適当にヤクザでも金で雇って襲わせておきなさい」
普通に考えれば、メンバーを選出する必要はあるだろう。
今まではカルマギアスのメンバーが向かっていたのに、急にそんじょそこらのヤクザが来たら拍子抜けする。
無論、数というのは戦術なので、評議会の方が変な方向に勘違いする可能性も否定はできない。
だが、関東支部副支部長と言う肩書きにあっているかとなると、これは違うというべきだろう。
『分かりました』
「それから、白銀狼マクスウェルの捕獲。これも行いなさい。あの認識能力を使えば、空気中に存在する魔力を認識し、効率よく集めることが出来るでしょう」
『……あ、はい。わかりました』
かなり珍しいまともな意見に部下は驚く。
とはいえ、了承することに変わりはない。
カルマギアスのメンバーとの通信なので、秘匿回線を用いた通話は終了。
葉月は自分に与えられた部屋で、のんびりとコーヒーを飲むのだった。
人間、金さえ持っていれば、表であろうと裏であろうと、部下に押し付けているだけと言うのはできないわけではない。
★
「八代風香を隷属状態で生贄にすることなく、竜を召喚する方法が確立された。まさか五年以上も前にゴミ箱に放りこんでおいたようなメモが役立つとは思わなかったが、八代風香がかかわらない以上、『DPS』の遂行の妨げになっていた『S13』の妨害はある程度収まるだろう」
カルマギアス関東支部長室。
簔口は書類を引っ張りまわして出た汗を拭きながら、安堵したように溜息を吐く。
なお、『S13』がどういうものなのか、という説明だが、カルマギアスでは、正体が分からない敵は、個人、団体にかかわらず『ランク』と『基数』を用いて表される。
この場合なら、『Sランク級の計画』における『妨害ナンバリングが十三人目の者』の人物をさすのだ。
八代風香の隷属状態が解放されてから音沙汰ないので、重要なキーワードとして『八代風香』を設定した人物ということになる。
「あとは私兵を使って準備を整えるだけで、八代風香に護衛が集中している間にこの計画を滞りなく遂行できるだろう。ここまで長かった……というか、一人の人間に対して一年も隷属状態とか……本部は維持コストと言うものが分かっておらんな」
隷属と言うのは呪いに近い。
八代風香は確かに儀式の生贄として適してはいたが、呪いに関しては対応してくる『体質』だった。
本来なら永続する呪いも、定期的にかけておかなければならないという、管理しなければならない点から見れば明らかに不適切な人選。
そのため、定期的に隷属を継続させるための術を施す必要があり、その計画だけで資金が吹き飛んでいくのだ。モンスターを倒した魔石でなければ、現時点、保管された魔力の運搬ができないので、買い取り金や送料がはっきり言って頭おかしい。
「まあいい。あの小娘の私兵として寝返ったと思わせている逆スパイを通じて情報を送っておいた。あとは勝手に動くだろう」
粛清の内容は近藤葉月もわかっているはず。
それを避けるための限界くらいは理解しているはずだ。
彼女の両親は重鎮だが、決してトップではない。
さらに言えば、普段の行動が悪すぎて、彼女を擁護する人間が少なすぎる。
情報さえそろえば、後は動くものだ。
動かしやすい部分もあるし、普段は部下に任せっきりなので、うまく操作すればいい。
ただ、変なところで飾りらしくとおとなしくしていられない性格なのか、悩んでいるのが簔口の現状である。
「まったく、資金がカツカツなのを理解しろといつも言って……ん?」
簔口は手元の書類を見る。
新しく来たもののようで、見た記憶はない。
―――――――――――――――――――――――――――――
【請求書】
カルマギアス関東支部長・簔口亮介様。
お支払期限・この請求書が届いてから十二時間以内。
魔導兵(第二世代) 単価・二百三十万円 数量・5
金額・【¥11,500,000】
特注魔導兵(第二世代) 単価・五百二十万円 数量・10
金額・【¥52,000,000】
魔導兵操作端末 単価・二十五万円 数量・1
金額・【¥250,000】
周囲魔力収集魔法具 単価・五千万円 数量・1
金額・【¥50,000,000】
送料・【¥80,000,000】
総計・【¥193,750,000】
※要注意!現金でお支払いください。
―――――――――――――――――――――――――――――
「なんだこれはああああああ!!!!!」
簔口の絶叫が響く。
「えっ!?第二世代って……一つ前の世代の燃費悪いアレか!?在庫処分に困っていたとか言っていたはずだろ。もうすぐ分解して他のパーツに使うって聞いたのに……いや、昔より安いが、それでもこれは現在の適正価格の十倍以上の金額でぼられてる……あと送料で八千万とか喧嘩売ってんのか!合計金額、ほぼ二億じゃないか!」
悲痛な叫びが響いた。
「何で私が購入したことになっているんだ。テロに使うのなら絶対地雷買った方が効率いいって……」
燃費悪いもん。あの甲冑。
そんなものを揃えるのなら、殺さないレベル、ただし無視はできないレベルの威力を持ち、さらに安価で作れる地雷の方が確実にコスパがいいのだ。
「ていうか現金で二億とか、推理アニメに出てくる身代金要求の爆弾魔が相手なら、『払わせる気がなく問答無用で爆弾を爆発させる気だ』って探偵役が推理し始める金額だぞ……ていうかこれ何時届いた!?」
管理コードを確認して、電話をとりだして早急に確認を行う。
と言うかこの段階で、簔口は自分が出したものではないと報告したのだが、正式に組まれたものであることが判明。
なんとなく誰の仕業なのかを推測してはいるが、簔口はそれよりも、現金を集める必要がある。
ちょっと前に大量に強奪されてひどい目にあったのになぁ。
特定の場所における現金支払いの場合、しっかり清算しなければひどいことになるのはみんなよく分かっているので、本部としても受理しやすいのだ。
だが、まさか、部下に勝手に名前を使われているとは思わなかった。
「身に覚えのない請求と言うものがなんで犯罪組織の支部長クラスである私に届くのか……舐めすぎだろあの小娘……」
とりあえず支払いの目処が立ったのでぐったりする簔口。
実際問題、こう言ったことに即座に対応できる人材であるからこそ、人の話を聞かないけど父親がビッグで手出しができないじゃじゃ馬を押し付けられるのだ。
犯罪組織でも、普段は有能で真面目な人間と言うのはいるものだが、その多くは苦労役である。
深く、長い溜息を吐くのだった。
そしてそんな簔口を、一つの偵察機が音もなく見ているのだった。