第百十九話
秀星という魔戦士の評価というのは、犯罪組織にかかわっているか否かに限らず種類は多い。
敵に回してはならないと避けて通ろうとするもの。
邪魔にならない程度に近づいて恩恵を得ようとするもの。
雲の上の存在として自分には関係ないとするもの。
いろいろいるが、この情報社会では容姿の情報が広まっていないはずもなく、秀星を見間違うことはほとんどないといっていい。
そんな中で、FTRという組織はいまだに、『秀星さえどうにかできればなんとかなる』と考えているものは多い。
実際、それは間違っていない。
豪華客船『アメイジング・リアリゼーション』には、日本でも名高い魔戦士が多数集まっていたが、その中でも、秀星の強さというのは別格だとされている。
そんな秀星を、直接倒すに至らなくとも、何かしら抑制手段を考えつくとすれば、おそらく変態の称号を手に入れることにもつながると思うが、基本的に絶賛されるだろう。
FTRにもプライドというものはある。
FTRに所属するメンバーは、そのほとんどが表裏関係なくトップクラスの地位に立っていた者たちであり、わざわざ捨ててまで来たのに何の成果もないと思われるのは癪なのだ。
打倒秀星。これを掲げている。
強者を客観的に判断する場合、主に二種類だ。
『強いけど別に放っておいても被害はない』
『強いし放っておいたら全部無駄になる』
神器を十個持っていることはさすがにFTRもわかっていないが、何かしら神器を持っているであろうことは上層部においても共通認識である。
自分たちも似たようなものを使っているのだから当然といえば当然だ。
秀星は、この二番目に属するとFTRは見ている。
違法商品……それも人身売買がかかわらない種類であれば秀星は黙認しているようだが、FTRの目的はそんなチープなものではないのだ。
そんな彼らに新たに加わったのは、アメリカの犯罪組織だ。
何かとアメリカのほうにも赴いて散歩のついでとばかりに犯罪組織をつぶしまくっている秀星だが、当然、構成員すべてをとらえているわけではない。不可能ではないが。
結果的に、壊滅した組織の中でも上層部といえる役員がFTRに売り込みをしてくることもあるのだ。
アメリカは近未来型魔装具の開発の最新鋭。
これを利用しない手はない。
さらに、ヴィズダム・プラントの利用権限を持っているメンバーを利用することで、製造における技術力が必要不可欠な近未来型魔装具の開発コストを最小限に抑えた。
計画は進んでいる。
とあるメイドは、『だめだこりゃ』と内心溜息を吐いていたが。
★
「十分にそろったの?」
「はい。計画通り、沖野宮高校を襲撃します」
とある会議室。
会議室のドアには『RP・F-13』と書かれている。
簡単に言えば『Raid plan F-13』で、『襲撃計画、作戦コードFの13』を意味する。
話しているのは、四十代後半になるであろう女性と、二十代半ばの男。
男のほうは金髪碧眼であり、軍人のような雰囲気を持っている。
女性のほうはふんぞり返っているが、それを当然と思っているようだった。
「あなたには期待しているわ。かつて、アメリカでマスターランクチームを壊滅させた腕を持つ傭兵としてね」
「はい。近藤育美様のため、勝利を捧げましょう」
近藤育美。
元カルマギアス東日本支部の役員。
糸使いの苦労人、簔口亮介の元部下、近藤葉月の母親である。
恰幅がいいというよりは食べ過ぎて太っているが、それを普段から見ているからなのか、娘のほうがスタイル維持のためにいろいろと奮闘しているという裏話もあるが……ここでは関係ない。
「相当金をふんだくる強い傭兵はいたのだけど、急に連絡すら取れなくなったからね。私は今いるような中間管理職で止まるわけにはいかないんだよ。絶対成功させなさい。失敗は許さないからね」
「作戦は完璧です。問題は何一つありません」
簡単に言えば秀星を抹殺することが最低限の目標。
襲撃場所は沖野宮高校の教室で、襲撃時間は授業中だ。
今回の作戦において、死者の数は問われない。
とにかく、『朝森秀星を抹殺すること』に重点を置いている。
どうせ、国際委員会は魔法社会のことを隠したがるだろうし、襲撃があったとしても、そんじょそこらのテロ組織をでっち上げて報道するものなのだ。
報道関係の組織とはうまくつながっているもので、うまく隠しているのだ。
これで本当に隠しきれているというのがすごいものだが、一部の者は神器が何かしら関わっていると気がつくだろう。
そして、その気が付くものというのはこの部屋にいる二人ではないということも事実だ。
「如月宗司でしたか。たった一人の魔戦士にできることなどたかが知れているというのに怖気づいた弱卒に興味はありませんし、私には関係のないこと。そして、どれほどの実力者であろうと、全生徒を守りながら我々と戦うことは不可能です」
「そうね。魔装具の量産体制も整っているわ。朝森秀星を上層部も警戒し続けているけど、あんなガキにそんなものは不要よ。」
周りが違うと思うことと自分が正しいと思うことは、結果は同じだが過程は異なる。
とはいえ、ここでそれらを解説する必要はない。
近藤育美という女はその両方なのだから。
上層部でもさまざまな案が出ている。
ただし、必要物資にしてもかなり迂回させ、さまざまなダミーを挟んでやっと流通させているのがFTRの現状である。
これはセフィアというシステムが『裏の金は私の金』という座右の銘で動いているゆえに仕方のないことだが、なかなかうまくいっていないのだ。
「この作戦終了後には、私はもっと大きな役についているでしょうね。今使える金だとお肌がかさかさよ。良い?何度も念を押すけど、かならず成功させなさい」
「(このババアはいったい何言ってんだ?)……すべて私にお任せを」
この男。上司としては育美のことを優秀だと思っていない。
そもそも、この傭兵の男にもいろいろとプライドはあり、ちょっと煽てればすぐにこちらの目的のものをポンポンと出してくれる良いカモだったので近づいただけだ。
本部の人間だというのに情報収集もロクにしておらず、入手した映像も過剰な修正が入っているようでありえないほどの戦闘力があると演出している。
とはいえ、この男の場合は自分に自信があるからこそ売り込んだだけだ。
ただし……任務を成功させれば目的のものが手に入る。という点においては、育美も男も大して差はないのだった。