第百十五話
「何か、何も言ってこなくなったな」
目的地に向かう途中、セフィアが作った茶菓子を食べながら、秀星はそうつぶやいた。
秀星の圧力に負けたのか、単純に作戦でも練っているのか、源一は何も言ってこなくなった。
「それにしても、あれほどの野心家とはなぁ……神器って言っても、その手札が通用するのは神器を持たない相手だけだから、神器を持っている相手には下手に動かない方がいいのに」
「そうですね。ただ……私は、最初の神器として私を手に入れたころの秀星様のことを見ている様で、とても懐かしいですよ」
「……」
そう言うことを言われるとは思っていなかった秀星。
秀星も、昔からラノベは読む方だ。
そのため、異世界転移系の小説を読むことはネット小説でもよくあることだった。
その上で、『俺だったらこうする』だとか『この場合はこうすれば……』みたいな、頭の中で勝手に二次創作を作るのは秀星が思春期だったからだろう。
秀星もそうして考えた結果、『調子に乗っているといつかひどいことになる』ということはなんとなく分かっていたが、実際に手に入れてみるとすごかったのだ。
家事も戦闘も圧倒的であり、そして秀星の命令を拒否しない。
そんなセフィアを手にいれた時の秀星の高揚感はすさまじいものだった。
神器の獲得と言うのは、確かにクリアそのものに対して時間的な拘束は短い場合がほとんど。
テストで満点をとるような感じ。とは言うが、問題の質がマゾイだけで量はそうでもない。
秀星は勇者召喚ではなく漂流者だったが、自分のことを主人公だと思って疑わず、今セフィアが復唱すれば悶絶するようなこともいろいろやっている。
「……それを言うなよ。ちょっといろいろ思いだしちゃったじゃないか」
「世の中と言うのはそう言うものですよ」
確かにそうである。
だからこそ、客観的に言われるのが嫌なのだ。そういうものでもある。
「あ。見えてきた。それじゃあ後で」
「はい」
一瞬でセフィアは消えた。
魔法陣の中に入っているのか、それすらもよくわからない。
質問しても『メイドですから』といわれるだけだ。
というより、『メイドですから』で通用する領域であればそれをすべて再現してしまうのがセフィアという存在でもある。
「まあ、細かいことはいいか」
秀星は『剣の精鋭』本部であるキャンピングカーの中に入った。
「あっ!秀星君来た!」
雫が一番早く気が付いた。
「……何見てるんだ?」
全員が冊子を手にとっていろいろ見ているようだ。
「キャンピングカーを新しく作るんだよ。ほら、外国にあるみたいなデカいやつ。あれに変更するんだ」
「……日本の公道で走れるのか?」
「だから、キャンピングカーの中に普通の車が入るようにするんだよ」
来夏の言いたいことは分かった。
「キャンピングカーを変更する……か。それでどんな感じにするか選んでたってことか」
「魔法具もいろいろ混ぜるから、かなり長く使う予定だ」
羽計の補足に秀星はうなずく。
魔法具で解決する場合、いろいろと複雑な機構が必要なくなる。
極論、蛇口だけの魔法具をその辺の壁につけるだけで水が流れるからだ。
電気にしても、魔法具用のコードを使ってオンオフを変更できれば問題ない。
以前は難しいものだった。
理由としては、魔力を保存する媒体が存在しなかったからだ。
今使っているキャンピングカーは、魔法具的な要素はそこまで多くはない。
だが、今から購入する予定のキャンピングカーは魔法具的な要素がかなり多くなる。
急に買い替えるという話なのでうまくわからなかったが、そこまでいくと改造するより新しく買ったほうが安いのだ。
「秀星君は何か希望ってあるの?」
「ない」
「即答なんだ……」
風香が聞いてきたのだが一刀両断する秀星。
千春もあきれ顔である。
「むう……このキッチンもいいけど、こっちも捨てがたいわね……」
「ポチのベッドもどれにするか迷うです」
「ふにゃあ……」
真剣に迷っているのは優奈と美咲だけのようだ。
ただ、美咲がみているカタログを見ながらポチは訝しげな目線を向けている。
あまり好みに合っていないのだろうか。
「それにしても、新しいキャンピングカーねぇ……」
近くの椅子に座って近くにあったお菓子を食べる秀星。
そこまで興味はない。
秀星個人の場合、キャンピングカーはマシニクルの付属装備として存在するからだ。
本来は要人警護用なのだが、快適さという点においても現代に存在するすべてのキャンピングカーを上回るだろう。
とはいえ、戦力寄りの設計なので、快適さを求めた性能を持つ神器と比べると明らかな差が出てくるのだが、そこは仕方がない。
「それにしても、ここまでいろいろ機能を積み重ねてもまだまだスペースが余るって、すごいわね」
「魔法具は便利です。でも、あれってどういう構造になっているのですか?」
優奈が感心して、美咲はエイミーのほうを見た。
「どういう構造……といわれると少々説明が難しいですね」
エイミーは少し困った後、秀星のほうを見る。
「……なんで俺のほうを見るんだ?」
「いえ、何か知っているのではないかと思ったので……」
そういうと同時に、全員が秀星のほうを見てきた。
秀星は溜息を吐いた後、近くに懐中電灯型の魔法具があったのでそれを手に取った。
「基本的に魔法っていうのは、『構築式』と『魔力』がちゃんとそろっていれば発動する」
そういうと同時に、懐中電灯のスイッチを入れる。
当然だが点灯した。
「この懐中電灯には、この光を出すための構築式と、そのエネルギー源である魔力が存在する。通常の魔法と違うのは、発動媒体の違いだ」
「発動媒体?」
来夏が首をかしげる。
『悪魔の瞳』で普段から魔力の動きを見ているはずだが、どうやら見えているだけで特にわかっていなかったようだ。
「たとえば……」
秀星は懐中電灯を置くと、右手で指先から光を出す魔法。左手で魔法陣から光を出す魔法を使った。
「実はこの二つ。魔法という定義においては同じものなんだが、右手でやっている魔法は俺の体を発動媒体にしているのに対して、左手の魔法は空気っていうか、この空間を発動媒体にしている」
「へぇ、難易度的にはどっちが高いの?」
「魔法陣だ」
即答する秀星。
「俺たちの中で、自分の体を媒介して魔法を使うのは……風香くらいか?使った後で反動があるだろ」
「うん。いつもあるよ」
「自分の体を媒介して魔法を使う場合、発動の基点が自分の体になる。だからこそ、使った後で反動があるわけだ」
「へぇ……じゃあ、魔法陣を使った場合は反動はないの?」
「ないぞ」
「反動ないんだ。便利だね!」
雫がうなずいている。
だが、アレシアは首をかしげる。
「ですが……それぞれのデメリットもありますね。必要条件もそうですが……」
「アレシアの言うとおりだ」
秀星は魔法陣のほうの魔法をいったん止めた。
「自分の体を媒介した魔法の場合、発動基点が自分自身だから、自分の体を動かすだけでその基点を動かすことが可能。さらに言えば、魔法を使う場合に自分の脳内に存在する演算領域を使えることだ。『意識しなければならないことが少ない』という点において優れている」
「ふむふむ」
うなずいている雫だが、話は半分以上わかっていないだろう。
秀星は右手の魔法を消して、再び魔法陣のほうを使う。
「こっちの魔法だが、まず、発動基点が空気中に存在するから、魔力を送り続ける必要がある。さらに言えば、魔法陣を動かすための信号を送らないと軌道修正もできないし、こっちは魔法の構築式の情報をほぼすべて記述しておく必要がある。『みんなが同じように使える』という点では優れているな。使い手によって効果が異なることがないから、チーム単位で使う場合に適しているといえる」
アレシアはうなずいた。
「魔法具を使う場合、魔法具そのものを媒体とするため、自分の体ではありませんが基点をずらすことは容易。最初から構築式が記されているため、誰もが同じように使える。ということですね」
「要するに良いとこ取りってことだね!」
雫がまとめた。
「ま、メリットだけ言うとそれだけだ。いろいろな魔法の発動方法があるが、それらを使いやすくするために道具化しただけだからな」
制限はいろいろあるが、それ以上の規模を求められるのであれば、魔法具に頼るのではなく自分で強くなるほうが早いだろう。
「便利なんだな。要するに」
「……まあ、そうだな」
来夏の言い分に苦笑するしかない秀星。
たしかにそうなのだ。魔法具というのは『便利なもの』であり、それ以上でもそれ以下でもない。
とはいえ……それを理解していないものが多いのも、現状として事実である。
秀星の説明が終わったからだろう。剣の精鋭のメンバーは再びカタログを見始めてた。