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第百十三話

「それで秀星。どうだったの?」


 エレベーターで元のフロアに戻って来ると、紙袋やアタッシュケースを持った千春が聞いて来た。

 どうやら、それはそれなりに楽しんでいたみたいだ。

 満足そうな表情なので、それはそれなりに良い収穫があったのだろう。


「ああ。なんか、俺と手を組みたいとかそんなことを言ってきた」

「へぇ……あ。展開読めたわ……」

「どうなっていたと思う?」

「蹴ったんでしょ?その提案」

「勿論だ」

「だろうと思ったわ……」


 溜息を吐く千春。


「この工場の使用の優先権を出してきたが、別に必要ないしな」

「まあ、秀星からすればそうよね。私からすればそれはありがたい話になるけど」


 もちろん、秀星だけではなく、千春やエイミーにとって大きいものであるということは分かる。

 しかし、ぶっちゃけ支払うものと手に入るものが吊りあわないのだ。


「秀星は一定以上のレベルを超えた話になると、手加減はするけど妥協しなくなるからね」

「……そうだったか?」

「まあ、上手くは説明できないけどそんなもんよ。ただタチが悪いのは、そうである時とない時があるっていうことなんだけどね。アイデンティティそのものが『優柔不断』でできているっていう感じかな」

「……」


 秀星は何も言わなかった。


「それで、提案を蹴ったって話だけど、これからのこの工場の利用はどうなるの?」

「知らん。ただ……この場所を使うことができようとできなかろうとも、結果的に大した差はないだろ」

「……どういうこと?」

「それは言わん」


 秀星に取って、この工場でしかできないことがあるというのはまぎれもない事実。

 しかし、それはあまりにもレベルの高い話だ。

 レシピブックを持っている秀星や、間違いを見つける前に正解にたどりつけるアトムくらいでなければ、この工場を使いこなすことは不可能。

 ヴィズダム・プラントは確かに性能面で言うとすごいが、使いこなそうとした場合、おそらく人の寿命では時間が足りない。

 秀星の場合、時間的な制約をどうにかすることはできる。

 タブレットの魔法。プレシャスで時間軸の切断。マシニクルに依る時空改変。

 あまりにも大きな話になる。


 結果的に、現段階で千春たちに必要な工具・技術というのは、レシピブックの工具で十分補える。


 さらに言えば……アルテマセンスにより絶大な感覚神経機能を持つ秀星は、この工場にある機械を見れば、ある程度の内部構造が分かるのだ。

 完全再現はもちろん不可能だが、タブレット、マシニクル、あとはセフィアたちの力を使って、保存箱に入れている最高峰の素材を使えば何とかできないわけではない。

 神器を作ることはできない。

 だが、ほんの少しだけランクを下げたものなら秀星だって作れるのだ。


 忘れては行けない。

 源一は工場と言う神器を一つだけ持っている。

 だが、秀星は神器を十個持っているのだ。


「まあ、私も今のところ必要なものは全部そろえたから、あまり関係ないけどね」

「速いな」

「というより、ここでしか手に入らなさそうな工具を作りたかったのよ。そもそも、秀星がどこかに訪れた場合、そこで厄介なことが起こるまで時間はそうかからないからね」

「俺は疫病神かよ……」

「疫病神って言うよりは面倒な運命を抱えているように見えるけど」

「尚更悪いわ」


 異世界に転移したり、戻ってきてもいろいろ巻き込まれたり、やることは多いが、難易度だけで言えば片手間なのだ。

 だが、周りからすれば苦労が多いように見られることも事実である。


「あ。ここにいたんですね」


 エイミーが歩いてきた。

 すごく重そうで頑丈そうな『巨大金庫』がのった荷車を引っ張っている。


「……この子。前々から思ってたけどパワー系ね……」

「ああ……そうだな」


 あの細い体のどこにそんな力があるのやら。


「一体何を入れているんだ?」

「いろいろですよ」

((そりゃそうだろうね))


 それを言われると秀星たちとしてはどう答えればいいのかわからない。


「でも、今現時点でほしいものはすべて済ませました!」


 秀星はエイミーのイノセンスな笑顔を見て思う。


「あの……君たち。ここに一回しか来るつもりがなかったのか?」

「何言ってんだか……一回あれば十分よ。秀星、私たちのこと過小評価してない?これでも、評議会の本部ではいろんなプロジェクトにかかわってきたし、来夏が率いる剣の精鋭に入れるだけの技術力が私にはあるのよ?」

「私もアメリカで、いろいろなところで整備してきましたし、さすがにこの工場ほどじゃないですけど、大規模な施設を利用したことはあります。そうですね。確かに、一回あれば十分です」

「……それもそうだな」


 過小評価していた。というより、自分の過剰評価しかしていなかった。とも言える。裏を返せば同じことだが。

 もともと、圧倒的な演算力ですべてのデータを記録し、それを計算して平均値を割り出せる秀星は、過小評価はしない。

 だが、過剰評価だけはかなりやるのだ。


「ま、私たちも秀星を頼りにしているのは事実よ。でも、私たちだけでできることだって当然あるんだから、少しは信用しなさい」

「……そうだな。そうするとしよう」


 ぐうの音も出ない。と言うのはこのことだ。


「そうだな。ていうか……その……」


 秀星はエイミーが引っ張っている金庫を見る。


「ちょっと存在感すごいんだけど……家まで引っ張っていく気か?」

「いえ、宅配便で送ります」

「ちゃんと隠蔽技術がある魔法社会専用の宅配便があるから大丈夫よ」

「……メイソンさんに連絡は?」


 父親は知っているのだろうか。


「いえ、連絡しなくても大丈夫かと」

「巨大な金庫が急に家に届く君のお父さんの気持ちになって考えなさい」


 エイミーも強くなった。いろいろな意味で。

 その体質ゆえにいろいろなところから狙われていたはずだが、剣の精鋭に入ったあたりから怖いものがなくなったのか、かなり自由に行動するようになった。

 別にそれそのものが悪いということはない。子供は元気で笑うのが一番いいのだ。

 いいのだが……。


「あ。それもそうですね。後で連絡しておきます」

(というか、エイミーの家ってこの金庫を運び込めるのだろうか。そもそもでかすぎて窓から入らないんじゃないか?)


 秀星は金庫を見ながら思う。

 かなり大きいのだ。

 この工場で手にはいるほどのものなので、確かに貴重であることは間違いない。

 金庫も頑丈にしようとすれば大きくなることも認めよう。

 だが、これは少し違うのではないだろうか。


(技術があるのは俺も認めるが……頭のネジは抜けているかもしれないな)


 とりあえず、この場でやることは終わった。

 また来ることになるかもしれないが、それはそれとしよう。


 ちなみに……。

 帰宅して三十分後。案の定、エイミーから電話がかかってきたのだった。

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