第百十二話
神器。という言葉を調べると、『神をまつるためのもの』だとか『神から与えられたもの』みたいな感じで、どうにも『儀礼的』な印象が強い。
だが、秀星が持っているような神器たちは、そのすべてが、一人の神が作り上げ、そして試練として様々な世界にばらまいたものだ。
儀礼的なものに使える場合もあるが、基本的には圧倒的な力そのものである。
「まあ、とりあえず座ってくれ」
源一はデスクから立ち上がると、デスクのそばにあるソファセットの片方に座った。
秀星は内心溜息を吐いたが、もう片方の空いている席に座る。
すると、理世が双方に紅茶を用意した。
ためしに飲んでみる。
「どうかな?」
「普通。ただ、誰を真似しようとしたのかはわかる」
聞いてくる源一に対して、秀星はそう答える。
妹の英里がサターナを利用しているので、姉のほうも使っていると考えていたが、どうやらそういうことらしい。
ただし、同じものを使った場合、アルテマセンスをもった秀星のほうが理世よりも上だろう。
道也を超えられるかどうかは、まだわからないが。
普通といわれた挙句、完全にばれた理世は一瞬だけ頬を動かすが、すぐに表情を戻す。
「なら、話を戻そう。神器の工場。本当の意味で、すさまじい生産力を持っているよ」
「だろうな」
神器にもいろいろあるが、メンテナンスが不必要であり、動力源は全て、所有者の魔力を増幅させたうえでそれを利用して行使される。
修理する必要もなく、動力源も所有者が生きている限り無制限といっていい。
それに加えて、神器の工場となれば、様々なモノを開発できるだろう。
「すごい数の人間がいたが……もともと一人で使いきるのは不可能か。各地にスカウトマンを配置して、テストを潜り抜けたものに対して使用許可を与える会員制のようなものだな」
「ようなもの。と言うよりまさにその通りだ」
源一は嬉しそうに言う。
「で、俺と会いたがっているって話だったが、何のようだ?」
「単刀直入に言おう。朝森秀星君。私と手を組まないかい?」
「……手を組むってどういうことだ?」
「私はね。君が圧倒的な強者である理由が、複数の神器を持つからだと考えている」
「なぜ?」
「ほう、否定しないということは、持っている可能性があると判断しても?」
「別にいいよ。それに、だからと言って敵対するわけじゃないだろ」
「そうだね。神器によって多くの武器を作ることは可能だが、君に勝つのは不可能だ」
神器が一つある。というだけで、力を得ることは容易だ。
それぞれの項目における最高の位に立つのが神器。
適材適所の究極の味方にしてシンプル・イズ・ベスト。
一つあればいいだろう。
秀星が所有する神器の中にも戦闘に向かないものはある。
いや、神器を持っている時点で必ず戦闘手段を持っているはずなのだが、それは置いておくとして、保存箱のような非戦闘系の神器も存在するが、これ一つがあるだけで物流が変わる。
「この工場は神器だ。まあ、やや専門性に優れていて大量生産に向かないがな」
そういう源一だが、秀星からすればそんなものは詭弁だ。
大量生産できないが、専門性に優れている。
ならば、その専門性に優れたポテンシャルを生かして、大量生産できる機械を作ればいい。
それに気が付かない者はいない。
時間が流れているのは自分だけではないのだから、アイテムの譜面通りで進むはずがない。
「だが、道具があったとしても、レシピがわからなければ使いこなせているとは言えない」
「俺が、そのレシピを持っていると?」
「そうだ。そうでなくとも、君が持っているあの機械拳銃の神器。その付属装備ならばわかるだろう」
「……」
神器。というものに対する読みはそれなりにあるようだ。
秀星はマシニクルの構造をすべて知っている。
というより、所有者である秀星はその設計図を見ることができるのだ。
もちろん、最も重要な機密部分に関しても設計図を見ることもできる。見ても考えても秀星には理解できなかったが。
ただし、付属装備は違う。
それらの設計図も存在するので、提出すれば作成は可能だろう。
これらの付属装備は、レシピブックのほうで表現を簡単にした設計図を確認可能でも、レシピブックに付属されている工具たちでは作成不可能だった。
(ただこの男は、俺がレシピブックを持っていると判断しているわけではない。あくまでも、マシニクルの付属装備の設計図がほしい。と考えているわけか)
そのために、手を組む。
ただし、それだけでは意味がない。
「……俺にメリットがあるようには思えないけどな」
「そうだね。基本的に君にメリットはない。付属装備そのものは、神器であるならいくらでも出せるだろう」
しかし、組むうえでメリットもある。
「ただし、私のこの工場は、神器あるゆえに最高峰だ。普段使わないとしても、優先権を確保できる。というだけで十分大きいものだと思わないかい?」
「……」
秀星を相手に、様々なものが交渉材料にならない。
金。神器使い相手に意味はない。戦闘系なので自分で稼げる。
地位。もともとそのあたりの欲が薄く、そもそも、この工場に限らない。
情報。マシニクルを持つ秀星を相手に、電子的なセキュリティは通用しない。
女。セフィアが億差兆別で待ち構えている。
そんな秀星を……いや、神器使いを抱こうと思えば、同じく神器使いでなければ対等な交渉すらできない。
メリットの掲示。これを出して調節する。これ以外に方法はないのだ。
なぜなら、すでに戦力的に見て、秀星と戦うことができるものなどいないのだから。
「……いや、あまり意味はないな」
「――っ!……ふむ。そうか」
驚いた様子の源一。
断られるとは思っていなかったのだ。
ただ間違いがないのは、この工場がなければ秀星にもできないことがある。ということ。
セフィアが持つ生産能力や、オール・マジック・タブレットによる創造魔法。
これらにも限界はある。
セフィアとタブレットは汎用型といえる神器であり、創造、製造を専門としないからだ。
雑に言うと作ることに関するキャパシティが足りない。
「この工場を使う上での優先権。それを手札として交渉するのは君が初めてだ。今までにも、その権利を得ようと多くの資産家が私に交渉を持ちかけてくるのだがね」
「その手札を自分から出すのは初めて……それウソだろ」
一瞬だけ、ピクリと動いた。
秀星に下手な嘘は通用しない。
感覚神経が常人をやめた秀星を相手に、隠蔽や捏造、詐欺系統の魔法を使わず嘘をつくのは愚の骨頂である。
「言いたいことはわかる。確かに俺だって、この工場がなければできないことだってある」
「ならば……」
「だけどな。俺には奪うって選択肢も当然ある」
「何!?」
これには源一も本気で驚いた。
マシニクルのような銃型の端末、セフィアの主人印など、広い概念や多数の存在を扱う神器は、それらのマスターを選定するものが必ず存在する。それが『核』なのだ。
これはアルテマセンスやエリクサーブラッドも同様。
この工場にも、それに該当する端末が存在する。
源一が確信していたことはただ一つ。
それは、『端末を入手したとしても、神器を入手したマスターしかその機能を行使できない』ということ。
「馬鹿な……神器は……」
「神器は手に入れたやつにしか使えない。そう思ってるんだろ?」
「そうだ。それは絶対のはずだ」
「通常はな。たとえば誰かがあんたが持っている端末を奪ったとしてもその端末を使えないし、あんたを殺したとしても、端末は神器ダンジョンの地下深くに戻るだけ」
「そうだ。工場を停止させることは可能でも、奪うということは不可能だろう」
「普通はな」
普通はそうだ。
ただし……『使用条件・制限をすべて無視する』という特性を持つ『アイテムマスター』のジョブを持つ秀星を相手に、『自分にしか使えないから』と言ってアイテムの使用権限を交渉材料に使うのは、意味がない。
アイテムマスターは、使用中に幻覚が発生する、使用後に悪夢を見るなど、使用中や使用後のデメリットまで対抗することはできない。
ただし、『使う』という点に関して、いかなる条件や制限があろうと関係ない。
それが神器であったとしてもだ。
この場で源一が持つ端末を奪ったとしても、すぐに使える。
源一がもともとの所有者であるという『登録情報』は消えないのだが、端末から入力して操作するタイプの神器であるヴィズダム・プラントは、端末を秀星に奪われた時点で、すでに秀星の物であると同義である。
そもそも、秀星が今使っている神器でさえ、元の条件をクリアしていない故に、マスターが秀星であると登録されていないのだから。
「いずれにせよ有意義なものではないな」
そういうと、秀星は立ち上がる。
「何を……」
「別に敵対するつもりはないさ。ただ、俺が他より異常だってことをもっと調べるべきだ。そうすればまず、対等な立場で手を組もうなんて考えないだろうからな」
源一に背を向けて、秀星は歩き出す。
「異常さ……だと?」
「そうだ。とりあえず変わらないのは、俺はあんたと手を組むつもりはないってことだよ。あと……」
秀星は、この男を話し始めてからずっと考えていたことを口にする。
「あんたにしかできないことはある。でも、俺はあんたを必要としない」
ただでさえ、地球という星に必要な領域からオーバースペックの神器。
それを十個も所有する秀星。
この工場の使用の優先権というのは旨味のある提案ではある。
だが、今更なのである。
本文中の『億差兆別』という表現で、『意味不明』と誤字報告が送られてきたので補足ですが、『千差万別』を言い換えたものです。