第百六話
ライナがいることには驚いたが、秀星のやるべきことは変わらない。
武器や防具のメンテナンスもそうだが、消耗品の提供も今回に関しては秀星がしなければならないからだ。
別に義務はない。
だが、そうしなければならない理由がいくつかある。
まず、足りない量を把握しないと、次からの改善にもならないのだ。
今日より多く必要になることが分かっても、それだけでは解決にならない。
最初が肝心であることは秀星も一応わかっているし、ちょっと提供するものが増えた程度では気にしない。
無論、次からは彼らだけでそろえるようにしなければならない。
それがだんだんマニュアル化して行けばいいのだが、時間がかかる。
最初に変な勘を植え付けるとあとで確実に後悔する。
ダンジョンは、魔戦士だろうと動物だろうと拒否することはない。
しかし、歓迎することはない。
モンスターと言うのは、ダンジョンコアと言う生物が生み出した要らない魔力の結晶。
わずかな亀裂を入れるように、深い溝を刻むように……『例外』と言うものは時折、姿を現し――
「ん?知らないモンスターだな。あ、でも一撃必殺だった」
「「「……」」」
ここまで強いとコメントも困る。
ダンジョンにおいて気を付ける必要があるのは、『例外』というものに遭遇した時の対応を間違えないようにすることだ。
こちらの攻撃力とモンスターの防御力的に見て、倒せないわけではないが、スピードが速すぎたりすることもある。
下手に頑丈なことより厄介な場合もあるのだ。装備構成によるが。
間違えないようにする。とはいうものの、できることはしっかりと特徴を把握し、その上で撤退か討伐かを判断し、そしてそれをすぐさま実行する。
ここまで出来れば十分にベテランと言えるだろう。
だが、一番重要なのは『そのモンスターが例外的なモンスターである』ことに気が付くことだ。
ダンジョンの各フロアにおいて、そもそも遭遇確率が低いモンスターという種類も存在する。
そういったモンスターと例外のモンスターは、あまり周りの資料を見ない魔戦士にとっては混同しやすいのだ。
そのため、遭遇確率が低いモンスターを例外モンスターだと勘違いするのならまだ倒せるだろう。
しかし、その逆をしてしまうと、撤退の時間すらない場合も十分に考えられるのだ。
自分が挑む場所の情報を正確に把握しておくこと。その上で、自分がどれくらいできるのかを考えること。
本当に念入りな準備をするものは、体力テストすら自分でやっている。
「なんか、参考にならねえな」
「それ皆に言われる」
秀星は今日の最後の組を終えて、広場に戻る時にそのような会話をしていた。
ここまで十五人を見てきたわけだが、最初のツッコミ三人組ほど練度が高いメンバーはいなかった。
いや、個人で見ると強い生徒はいたのだが、今一つ我が強いというか、イリーガル・ドラゴンの影響で何でもできると思っていた生徒が多かった。
イリーガル・ドラゴンがあの日教えていたのは、簡単に言えば『意識するだけで違うこと』というものだった。
もちろん、反復練習をする必要がある種類の手段も教えていたが、基本は意識するだけでいい知恵のようなもの。
それ以上の実力を持つ秀星から見ると、それらは確かに生徒達にとって『都合の良いもの』だ。
意識するだけで変わるのだから、それをみんながやっていく。
そしてだんだんそれが慣れていき、その知識を体が自然とできるようになる。
自然とできるようになれば、戦闘中の自分が安定する。
と言った順序だ。
こればかりはマニュアルを作っていたルーカスの手腕がすごいとしか言いようがない。
「それにしても、あんなモンスターもいるんだ……」
「例外的なモンスターだからな。本来のモンスターよりは強いし、中には魔法を使って来る場合もあるぞ」
「え……モンスターって魔法を使えるの?」
「使えるよ。だって魔法なんてただの技術だからな」
男二。女一を率いて現在帰還中。
いろいろ驚かれることはあるが、秀星はもう慣れた……ような気がするのだ。
「なんていうか、すごいのは分かるけど、圧倒的な感じはしねえよな」
「それは俺が地味な手段を選んでいるだけだ」
判断するためには、まずそれがどういうレベルを要求するのかを知らなければならない。
それができなければ、例えすごいことをやったとしても地味なものになる。
当事者にしかわからない苦労というのは、専用の番組を作ってそれを視聴しないと分からないものなのである。
どれほど努力しなければならないのか。どれほどの経験がすごいことなのか。
いずれにせよ、多くの人間は、そのすごいことに挑戦することはない。
だが、少しでも挑戦したことがあるものは、それの凄さが分かる。
だからこそ、パフォーマンスというのは大事なのだ。秀星はやらないけど。
「思ったんだけど、秀星君って、どうして剣の精鋭に入ろうって思ったの?別にソロでも十分やって行けるよね」
「ん?ああ……」
どんな感じだったかな。と思いだす。
確か、秀星の魔力の多さをしった風香が羽計に言って、その羽計から評議会の方に情報が入って、そして検査のために評議会本部に行ったときに来夏に会って、そこから入ることにしたはずだ。
確かに、剣の精鋭にわざわざ所属する必要はなかった。
「……雰囲気だな」
「雰囲気?」
「ああ。まあ、そんな感じだ」
おそらく、どのタイミングで出会ったとしても、来夏は秀星を誘っただろうし、秀星はそれを断らなかっただろう。
来夏は『悪魔の瞳』があるので初対面であるということが全く関係ない。そのため、喫茶店で初対面の男性にプロポーズするのだ。当事者からすれば意味が分からないはずだが。
秀星は当時、おそらく、和やかと言うか、そう言う雰囲気がほしかったのだろう。
無意識の部分と言うのは後から判断できるものだが、異世界にいた時は感じていた寂しさやむなしさを今は感じない。
高校生になって状況が変わった後で、異世界で五年間戦ってきた秀星の心は疲弊していた可能性もある。エリクサーブラッドでも、治せないものはある。
さらに言えば両親がおらず、セフィアがいるといっても、限界があるのだ。
だからこそ、めちゃくちゃなことを言う来夏、それを怪しい雰囲気で止めるアレシア、お手本と言えるほどまじめな羽計、来夏ほどではないがじゃじゃ馬の優奈。小学生ゆえの保養枠の美咲といった、どこからどう見てもカオスなチームが気に入った。
ぶっちゃけ、チームが抱える難易度そのものは、神器を十個持つ秀星には関係ない。
ただ、雰囲気がいい。それだけのことだった。
さらに言えば、強さではなく雰囲気を求めているメンバーは秀星だけではない。
秀星が入ってから、いろいろと事情を抱えていたり困っていた者達が入ることも多くなったし、そういう事情をもとから抱えていたのは秀星だけではない。
だが、来夏はそのめちゃくちゃな器に加えて、子供を産んで大人の余裕まであるのだ。そう考えると最強である。
異世界ではだれかに頼ることを考えなかった秀星も、来夏ならいいと思えるのだ。
天才的な実力を持つアトムに同じことが出来るかどうかと言われると、おそらくまた違うものになるだろう。
「……まあ、俺にもいろいろあるんだよ」
そういいながらも引き金を引いてモンスターを一撃必殺にする秀星。
いい話をしているのか、それとも変な話をしているのか、若干分からなくなって来る生徒達であった。