第百一話
ダンジョンが発見された場合、その後の対応というのはまず、『そもそも維持するか攻略するか』ということになる。
八代家のそばに存在するダンジョンは、ダンジョンでは確かにあるのだが難易度が低く、得られる利権を正確に数値化すると、かかわれる人数も限られる。
金にならないわけではないが、それでも、長い間八代家が管理してきた『私有地』といっても過言ではない場所なので、いまさら奪ったとしたら不評喝采である。
そのため、このダンジョンにおける利権は放置されていた。
塵も積もれば山となる。秀星が好きな諺三位の言葉だ。
ちなみに二位は『火のないところに煙は立たない』で、一位は『タダより高いものはない』である。
そういっても、この三つは実際、僅差なので上下するが、それは置いておこう。
山を積もらせてきた八代家だが、新しくダンジョンが発見されるとどうなるのか。
彼らが取れる選択肢は『新ダンジョンの権利の放棄』か、『新ダンジョンの攻略』となる。
維持とはいうが、自らがやらないのならそれは放棄である。やりたいと思ったものがするのだ。
ただし、その新ダンジョンは、旧ダンジョンに潜っていた沖野宮高校の生徒たちが向かうことになる。
同じ時間で、しかも難易度的にも問題がないのにわざわざ安いところに行くような高校生はいない。
最初は旧ダンジョンのほうに行くかもしれないが、交通機関が整備されていくことすら苦にならなくなればそちらに移っていくだろう。
それまで積み上げていた山が崩れることは間違いないし、確実に避けられない。
しかし、その新ダンジョンを抱えていけるだけの影響力や権威を八代家が持っているわけではない。
利権を放棄しなければ、逆に周りからいろいろ言われるだろう。
明確なほど圧力がかかる可能性も十分にある。
八代家は旧ダンジョンの利権で得た収入のほとんどを、所有している山の維持や、外部交渉などに使っている。
『どんなダンジョンを持っているのか』というものではなく、『ダンジョンを持っているかどうか』という点で責められるのだ。
これに関しては、水面下にいる巨大な組織が広めたモラルが深く浸透しており、違反するとバッシングがすごいのである。
勝手に違反するのはご法度だ。そもそも、モラルというのはすべてに意味がある。
『抑制』にせよ『強欲』にせよ、その掟や法律で何かを守られたり幸福になれる人間がいるから掟や法律は存在するのだ。無意味なものはない。世代にあってないものでも、誕生した歴史を見ればわかるものだ。
旧ダンジョンからの収入がなくなれば、八代家はそのダンジョン保有の責務から確実に負債を抱え続けることになる。
だが、旧ダンジョンは利権が小さすぎて買い手がいない。
というより、旧ダンジョンがあることを前提とする利権が八代家の中にもあるので手放したくない。
まあ、いろいろあったのだが……。
これは、周りからの目が八代家にだけ向いていることを考えた場合だ。
八代家の長女である風香が『剣の精鋭』に所属し、その剣の精鋭には秀星がいる。
これほど大きいカードはない。
八代家のほうも、大きく出なければこのダンジョンを管理できるだけのことは可能。
秀星の機嫌を損ねなければ、必要最低限の利益はある。
あとは、ダンジョンから得られる間接的な利益を操作していけばいい。
最悪、風香と秀星をくっつけてしまえばいいと考える者は多いだろう。
しかし、秀星のほうはその辺りの事情を把握しているので無駄である。
さらに言えば、状態異常にならない秀星を相手に色仕掛けなどただの茶番。
終始、白けた目で見られるだろう。
精神力の高い風香はおそらくそのような目を向けられても問題はないと思うが、だんだんとかわいそうなものを見るような視線になる秀星を相手にだんだんばからしくなってくるはずだ。
ともかく、その方向性は無駄である。
というか、そういった事情があると分かったうえで風香を押し付けてきていると分かった時点で、秀星が八代家に対して動き始める。
さすがに殺すようなことはしないが、ローガンのように、『それまでの人間ではなくなる』だろう。
結果的に、無難な感じで付き合いましょう。といった距離感で八代家が管理し始めることになる。
★
「最低限の確保。とはいうが、全体がでかくなれば比例して大きくなるのは当然か」
「ダンジョンの利権というのは大きいですからね。さらに言えば、沖野宮高校の生徒たちは多くがそのダンジョンに向かっています。八代家の影響力も大きくなるでしょうね」
「俺も一役買っているっていうのがな……俺が何をするかっていうことじゃなくて、俺がいるからっていう感じなんだろ?」
「そうでしょうね。日本国内に限れば、秀星様と敵対したくない人間は多いでしょう」
「だからと言って全員が味方になるわけじゃないけどな。さて……絶対に面倒なことになるよな。これ」
「そうですね。このような状況になった時点で、様々なフラグが立っていることと同じですから」
「そして俺はその対処に追われるんだよな……」
「秀星様は最大のギャグ要員であり、ツッコミ役であり、尻拭い役でもありますからね」
「どこの漫画の主人公なんだか……」
秀星は溜息を吐く。
次のトラブルは明日か、それとも一週間後か。
すくなくとも、近いうちにあることは間違いない。