第一話
「さて、もうこの世界に俺は必要ないかな」
黒い髪に白いメッシュを入れた少年。朝森秀星は呟く。
黒い外套の背に、切っ先だけが紅に染まった剥き出しの銀の長剣を吊っている。
落ち着いた雰囲気で、目の前で行われている凱旋を見ていた。
「いいのですか?秀星様の援助がなければ、魔王の討伐と言う任務は果たせなかったと思いますが」
そんな彼のそばにいるのは、セフィア。
身長は百六十センチに届くかどうかといったところ。
高くもなく低くもなく、この世界の女性としては標準だ。
銀髪を腰まで伸ばしていて、碧色の瞳。
メイドの本場であるイギリスのヴィクトリア朝っぽい古風なメイド服に身を包んでいる。胸は大きいが、清楚な雰囲気がある。
「別にいいでしょ。それに、あまり、異世界から来た俺が歴史にかかわっても仕方がないしね。この世界では庶民としか関わらないようにしてきたし、それもなるべく控えてたのは知ってるでしょ。俺がこの世界から消えても問題ないようにね」
異世界グリモア。
剣と魔法のファンタジー世界だが、魔族の侵略がかなり進んでいた世界。
五年前に漂流してきた秀星を待っていたのは、魔族の侵攻による人類滅亡前という絶望的な状況だった。
だからこそ、彼は力を欲して、そして、彼でなければ手にできなかっただろうものを手に入れた。
秀星の異世界での職業は『アイテムマスター』という特別なものだった。その特徴は簡単に言えば、『素質的に最弱である代わりに、全てのアイテムの使用制限がない』というものである。
彼はこの世界にきて神器という存在を知ると、直ぐに神器を手に入れるために動いた。
そして手に入れた十個の神器。
星王剣プレシャス 【物理戦闘力】
万物加工のレシピブック 【製造】
オールマジック・タブレット 【魔法】
宝水エリクサーブラッド 【完全耐性】
デコヒーレンスの漆黒外套 【防御力】
究極メイド「セフィア」の主人印 【使用人】
戦略級魔導兵器マシニクル 【未来文明兵器】
ワールドレコード・スタッフ 【世界地図】
万能細胞アルテマセンス 【基礎能力】
オールハンターの保存箱 【倉庫】
そして、秘密裏に魔王の討伐を援けた。表で戦わずに事を進めるのはかなり骨の折れる作業だったが、そうしないと先々依存されそうだったからだ。
神器にはそれだけの力があり、それを使える秀星は神に祭り上げられてもオカシクない風潮がグリモアという異世界にはあった。
だから、彼は自分の存在が周知される前に、地球に帰る準備を進めていた。
「じゃあ、帰ろうか」
秀星は一言そう告げると、行われている凱旋に背を向け、セフィアを連れ、町の外へと向う。
そして振り返らないまま人気のない街の外までくると、そこで初めて周囲を見回し、無人なのを確認すると、左手を前に上げる。
すると一瞬の後、その左手の前方に一片五センチほどの立方体が出現した。
「さてと、『ゲートオープン・ワールドクロス』」
キューブが輝くと、秀星の前方に扉が出現する。
その扉は鎖で縛られており、恐ろしい。と思わず感じるほど頑丈なもの。
その鎖の覆うようにして、0と1で構成された帯が存在する。
さらに、頑丈な鍵もしっかりついていた。
「魔法で発見するところまでは一年くらい前に出来ていたが、ここからがつらいのなんのって……」
キューブを出現させたまま、秀星は左手を前に出すと、金色の機械拳銃が出現した。
「『プロテクト・クラッキング』」
拳銃の銃口のそばに『Protect cracking』という緑色のテロップが流れて、銃口が光りだす。
それを扉に向かって発砲すると、0と1で作られた帯に直撃。
数々の魔法陣が扉を守ろう、クラックを迎撃しようとその効果を発揮するが、そのすべては為すすべもなく砕け散って行く。
「ここまでしなければいけないって言うのは面倒だが……まあいいか」
秀星は扉に近づいて背に吊っていた剣を抜き放つと、縦に一閃した。
一瞬火花が散った後、そこからは抵抗なく、鎖が斬れた。
扉を妨害するものはない。
「さて、セフィア。戻っていろ」
「畏まりました」
そう言うと同時に、魔法陣がセフィアの足もとに出現して、一瞬で消えた。
「セフィアがいなかったら、この世界から出るための方法すらわからなかったからな……まあそれはいいとして」
機械拳銃を待機させて、キューブを格納すると、今度は両手を出す。
すると、一冊の本が出現する。
「鍵を検索」
音声コマンドと共に、該当するページが開かれて、付属されている必要な工具が出現した。
「必要材料のとりだし」
小さな箱が出現する。
白い箱に金の装飾があって、かなりきれいだ。飾るだけでも十分なものである。
その中から様々な鉱石や植物が出現する。
幽霊のように漂っていたり、マグマだったりと、普通なら『運ぶことすら不可能』な物体がいくつもあった。
「自動作成」
様々な道具が自動で動いて、鍵が作られる。
「さて、これを使って開けることが出来るな」
作業道具や本、箱を収納すると、鍵を手にとって、差し込む。
回すと、ガチャリと音を立てて開いた。
秀星は扉を開ける。
次の瞬間、膨大な魔力の奔流が秀星を襲う。
それを、漆黒の外套が全てを受け止め、そして、その奔流そのものを止めていく。
「よし、問題はないな」
扉の先には、膨大なまでの道が存在する。
そしてそのすべてが、別々の扉に通じている。
「さすがにここからローラー作戦なんてマゾイことはしないさ」
左手を前に出して、一本の小さな杖を出す。
先端に紫色の宝玉がついた杖だった。
「地球とグリモアを繋ぐルートを検索。マーキング」
音声コマンドと共に、一瞬でルートの検索が終了。
半透明のウィンドウに表示されるとともに、秀星の目に正確なルートが表示される。
走り抜けるにしても、その距離は少なく見積もっても二千キロを軽く超えて、さらに、曲がらなければならない回数も数万回では済まされない。
そしてそれを、万能細胞によって覚醒した膨大な演算能力によって導き出し、結果を一瞬で記憶した。
「あとは……走り抜けるだけだ」
扉の中に入って、秀星は走りだす。
次の瞬間に扉が砕け散って、もう後戻りはできないことは分かっていたが、それでも、彼はそれを確認することはない。
白い一本の道を走り抜ける。
その間にも、大量の魔力の存在によって発生するすべての毒素が、体内にあるエリクサーブラッドによって解析・解毒され、そして体内に適用される。
走り始めて数秒の時点で、彼の体は、普通なら入ることすらできない空間に適応していた。
彼は走り続ける。迷いはない。
旅の途中で見つけて捨てきれなかったものは、保存箱に入れているから。
「……見えた」
走り続けて、そして見えた一つの扉。
秀星は、その扉を容赦なく開ける。
そして……。
「……あれ?なんで便器に座ってんの?」
最後の最後に、台無しになった。
★
「マジでベンキかよ……何処をどう変換しても……いや、スワヒリ語なら銀行になるが、尚更意味が分からん……俺は一体何を言っているのだろうか」
勝手にネタに走って自滅している感じがした秀星。
「ヤバい。俺の格好。異世界にいた時のままだな。感動して飛び出していたらヤバかった」
冷静になって、秀星は指をパチンと鳴らす。
すると、小さな白い箱が出てきた。
蓋を開けると、ウィンドウが出現。
「ええと……学生服は……」
漂流した時、彼が着ていたのは学生服だ。
どうにかして残しておこうと何時も持っていたし、この中にも残していた。
「(おそらく大丈夫のはずだと思いたいけど)……お、あった」
『大切なもの』の項目にいれていた『学生服・上下』を見つけて、タップして出現させる。
すると、ブレザー型の学生服が出現する。
「よし」
二秒で着替える。
……冗談ではない。
万能細胞アルテマセンスによって才能そのものが強化されている秀星の体は、こんなことであっても何かよくわからんタイムで行うことが可能なのだ。
とりあえず、学生服を着て、外套とかはすぐに展開できるようにセッティングして、完了。
「さてと……」
ズボンに突っ込んでいたスマホをとりだす。
秀星が通っている高校はスマホを持ってきても、何の校則違反にもならない。
「あ、充電切れてる」
当然のことだが、充電が五年も持つわけがない。
マシニクルの力を使えば充電くらいはできるのだが、そもそも、スマホのスペックではマシニクルには到底及ばなかった。
なので完璧に忘れていたのである。すくなくとも覚えている余裕は彼にはなかった。
「鏡はどこかに……あったあった」
そりゃあるわな。といいたそうな顔して、トイレの鏡を見る。
「……あまり変わっていないな。とりあえず、俺のDNAから五年前のデータを引っ張り出す必要があるか」
十六歳の五年後なので、肉体年齢は二十一歳。
普通に大学生も折り返し地点を通りすぎている。
これではいろいろまずいだろう。さすがに。
高校生と大学生の違いが分かるかどうかは彼にはよくわからない時があるのだが、身長も伸びているので直しておく必要がある。
忘れないでほしい。秀星は主人公ではあったが漂流民であって、勇者ではなかった。年をとらないなどと言うできた設定はない。
とはいえ、秀星がグリモアに漂流した時間に関しては、あえてそういうルートを選んで走ってきたのであっている。
もちろん、別の扉を開けると全く同じ地球だが、時間の設定が違うパターンもある。それはそれでいろいろ面倒だ。
「マシニクル」
機械拳銃をとりだして、銃口から出てきた吸盤を肌に付けて引き金を引く。
すると、DNAの情報が解析された。
「よし、解析情報から五年前の俺を構成して、インストール」
秀星の体に0と1のコードが出現して、インストールされる。
そして、五年前の姿にも戻った。
「……うーむ。まあ、こんなもんか。あまり変わっていないな」
長くはあるがたいしたものではないというのが五年と言う年月だ。
「さて。これでもう問題はないな。時間は……午後六時か。さっさと帰ろう」
腕時計もないし、スマホの充電もないのにどうやって時間を確認したか。
答えは簡単で、マシニクルで把握できる。
未来文明兵器であるマシニクルだが、兵器と言うだけあって様々な機能がついているのだ。
もちろん、この機械拳銃をもって単騎で突撃する際のことを考慮されている。
どこの誰に聞いたのかよくわからない生活補助機能もある。
そんなマシニクル。グリモアにとって地球は異世界だが、その程度では困惑などしない。
秀星のDNAを取得すると同時に、どういった時間の計測方法があるのかを認識した。
そして、電子社会であるこの世界にある電波から様々なパターンを解析して、時間を特定したのである。
一つだけ言わせてもらう。
どこからどう見ても技術の無駄使いである。
だって、本来は腕時計を一目見るか、スマホのスリープモードをボタン一つで解除すればいいだけの話なのだから。
「さてと……俺のかばんはどこだ」
異世界に行ったときにかばんはなかった。
となると、この世界にあるはず。
「教室にありましたよ」
「ああ。ありがとう。セフィア」
メイド服姿のセフィアがかばんを持って立っていた。
「……なあセフィア。その格好で教室に入ったのか?」
「誰もいなかったので普通に入りました」
「そうか」
鞄を受け取って中身を確認する。
(ううん……うん。普通だ)
何かをとりだす要素があるわけがない。
普通であることは一目瞭然。
「さて、かばんもあるんだし、帰るか」
「分かりました。それでは、私は何かあるまでは待機しています」
「よろしく」
セフィアは魔法陣に消えていった。
「……一体いつ出てきて鞄を取りに行ったのやら……」
秀星はどうでもいいと思うことにしたようだ。