第二幕 5章 24話 邪鬼の兄妹
24話になります。
クルードに続いて階段を下りた私達。
変わらない広めの部屋へと着くと、そこの中央には一匹の魔物がいる。
「あれって……」
「キメラだね」
キメラとは所謂、合成獣と呼ばれる魔物である。
目の前にいるキメラはライオンの頭と山羊の頭、そして蛇の尻尾を持った割とポピュラーな姿の魔物である。だが、あくまでポピュラーというだけで、キメラの姿はこのタイプだけではない。中には猿と狼のキメラや人と他の動物のキメラ等というものもいるらしい。私は見たことないのだが。
そして、キメラのランクは予想通りのAランクである。
つまり、強化と天啓スキルの力を合わせればSSランクの魔物という事になる。
今の階層は5階……つまりまだこの下に5階もあるというのに、Aランクの魔物が出てきたという事になる……ここをクリアすればこの後はどんな魔物が来るというのだろう……。
私は少しワクワクとしながらもちょっとこの先に不安も覚え始めていた。
そして……。
「クルード……」
「あん?」
「ホントに一人で戦うの?」
正直SSランク並みの敵となると、私だって全力で戦わなければ危ないかもしれない。
「ああ、問題ねぇよ」
だが、私の気持ちとは裏腹に、帰って来た言葉は余裕のある言葉であった。
「んじゃ、行ってくるわ」
クルードはクルクルと槍を回しながら、まるで散歩でもしているかのようにキメラへと近づいて行く。
敵が近づいてきたことに気づいたキメラが咆哮を上げる。
普通であればその咆哮だけでも怯んでしまうのだろう、現に私の横でメリッサがちょっと飛び跳ねる。
だが、その咆哮を聞いてもクルードもシルネアも顔色一つ変えずにいた。
足を止めずにそのまま歩くクルードに、キメラは飛び掛かる。
キメラがクルード飛び掛かったその時、クルードの体の周りが赤く歪む。
「え……?」
そして、キメラの前足がクルードを捉えようと振った瞬間、クルードの槍がその前足を弾き返した。
「赤い……魔力?」
メリッサがポツリと呟く……そう、クルードの体の周りが歪んで見えるのはクルードの魔力が見える程強く展開されているからだ。魔力が見える程強いというのも驚くことではあるが、それでもそれだけならば魔力の強い者であればあり得る話である。現に私やディータも本気で戦うときには黒い魔力が体の周りを覆う。
だが、赤い魔力って……。
私が知る限り、赤い魔力を展開するのは災厄の魔女……そして……。
「……髪の色が……」
クルードの髪の色が赤へと変わる……。
そして、肌の色も紫に……その特徴は……。
「邪鬼!!」
メリッサが警戒の声色を纏い、咄嗟にシルネアから離れる。
そうだ……クルードが邪鬼ということはその妹であるシルネアも……。
私は、シルネアを見る……シルネアは姿こそ邪鬼にはなっていない……だが、警戒を示すメリッサにそしてシルネアを見る私にそれを否定することはない。
「そうです……私も兄さんも邪鬼です……この指輪の力で人間へと化けていました」
シルネアは右手を顔の前に出すと、人差し指に嵌めた指輪を見せる。
その指輪は恐らくレディたちがしているものと同じ効果を持つのだろう。
だが、なんで人間に化けていたの……?
私達を殺すため?……ううん、それはおかしい……もしその気ならそのチャンスはいくらでもあっただろう……キメラと戦う必要だってない……じゃあ、なぜ?
「カモメ様!邪鬼です!なんで構えないんですか!」
「必要ないからだよ……」
「なっ!?……必要ないって!?」
「だよね、シルネア?」
私が、そうシルネアに尋ねるとシルネアは複雑そうな顔をして頷く。
「メリッサ、もしシルネア達が私達に危害を加えるつもりなら、クルードがキメラと戦ったりしない……じゃない?」
「そ、それは……確かに……ですが、邪鬼ですよ!?人間の天敵ともいわれる存在です!」
「それは、邪鬼が人間を殺そうとするからでしょ?私達を襲おうとしないシルネア達は普通の邪鬼とは違うんじゃないかな?」
「そんなの解りません!」
「うん、わからないよ……だからこそ、シルネア達の話を聞きたいの」
私は、レイピアを抜いたメリッサの前に立ち、そう説得する。
私が、メリッサの前に立ちはだかるのをクルードは横目でチラリとみる。
もし私もシルネアに攻撃を仕掛けようとした場合、クルードはどういう反応をとったのだろう。
妹を大事にするクルードの事だから私に攻撃を仕掛けていただろうか?
でも、もしそうなら何でシルネアを残してクルードがキメラと一人で戦ったのか……それも疑問である。クオン達なら解るのかな?
基本的に、私のパーティはみんな頭の回転が早い……も、もちろん私も普通の人より早いがそれでも他の皆の回転の早さはすごいのだ……うん、私も頭が悪いわけじゃないよ?
だが、そんな私でもクルードの考えが解らない……うーん……私たちの事をそれだけ信用してくれてる?……そうは思えないしなぁ……。
クルードがこの階へ来る前に言った私の友達だよという言葉に返した『その言葉忘れんなよ?』というのは決して私を信用している人の言葉とは思えないのだ。
………じゃあ、なぜ?
正直、考えても解らないので私はここで考えるのを止めた。
それよりも、メリッサがシルネアに攻撃を仕掛けようとするのを止める方が優先である。
「おっと、ネコの癖にしぶてぇじゃねぇか!」
私達が、問答をしている間に、クルードはキメラとの戦いを続けていた。
「メリッサさん……信じてもらえないかもしれませんが……私は人間と友好を結びたいと思っています……邪鬼は人間を殺す存在……人間は邪鬼を憎む……そんな不毛なことは続けたくないんです。」
「………」
シルネアが、メリッサにそう言う。
確かに、邪鬼が人間を襲わなくなり、仲良くできるようになればそれはいいことだと思う。
でもそれって……。
「それは邪鬼全ての想い?……それとも……」
私は思った疑問をそのままシルネアへと聞いた。
「っ………私の……私だけの願いです」
つまり、他の邪鬼はそうは思っていないのだろう……。
「邪鬼は普通、人間を獲物としか思いません……だけど、私はそう思えなかった……」
「シルネアが変わっているってこと?」
「……はい」
レディに似ている……レディも魔物中では異端であった。
だが、レディは心の優しい魔物である。その優しさから自己犠牲の精神から私を救ってくれたこともある。シルネアももしかしたら邪鬼の異常種的な存在なのかもしれない。
「おらぁ!!」
私達が膠着していると、クルードはキメラの前足を槍で切り落としていた。
ただの槍でキメラの前足を切り落とす……普通に考えればそれがどんなにおかしな状況だろうか……槍のなぎ払いでキメラの前足を切り落とすなど普通は出来ない。
剣や刀のように斬るというのに適した構造をしていないのが槍である。
普通であれば槍は突くものだもん……。
だが、クルードはキメラの前足を切り落とし、そのままキメラに飛び掛かると、ライオンの頭の眉間へと槍を突き刺した。
キメラは悲鳴のような咆哮を上げる。
だが、キメラの頭は三つある、ライオンの頭と、その隣に山羊の頭、そして尻尾に蛇の頭もついている。他の二つの頭も痛みは感じるのだろう。ライオンの頭が貫かれるとその表情を歪めたが、すぐさまクルードへの攻撃へと移る。
クルードはそれを承知していたのだろう。ライオンの頭から槍を引き抜くと襲い掛かってきた蛇の頭をすぐさま切り落とす。そして……。
「こいつはサービスだ」
赤い魔力を槍へと纏わせると、上空へ高く飛び上がる。
前足を切り落とされたキメラはそのクルードの姿を顔を上げて追うが、その場から動くことが出来ずにいた。そして、片手で魔力を纏った槍を振りかぶり、そのまま、山羊の頭へ向けて槍を投擲する。
クルードの槍は赤い直線の軌跡を残し、山羊の頭へと命中しまるでスイカでも割るかのように一瞬で山羊の頭を砕き、そのままキメラの身体ごと蒸発させた。
「……すごい」
その光景を見たメリッサがそう呟いた。
私も、その光景を見て驚く……さすが邪鬼なだけある……SSランク並みの強さを持つキメラをいとも簡単に倒してしまったのだ……そして恐らくクルードにはまだまだ余裕があったのだろう。
「……メリッサ」
「……はい……あれだけの強さがあるのであればカモメ様はともかく……私を殺す機会はそれこそごまんとあったと思います」
だけど、クルードもシルネアも私達を殺す素振りは見せなかったのだ……確かに、シルネア達が邪鬼であったことは驚いたけど私はここの階に来る前に言ったことを曲げるつもりはない。
シルネアは私の友達だもん。
「んで、どうするんだ?魔女の嬢ちゃん」
クルードが邪鬼の姿のまま槍を肩に担いでこちらへと近づいてきた。
「うん?どうするって?」
「俺たちは邪鬼だ……人間にとっちゃ天敵だろ?……どうする?殺すか?」
「しないよ……さっきも言ったけど、シルネアもクルードも友達だもん」
「はあ?……いや、シルネアはともかく……俺もかよ?」
「とーぜん!」
「はあ……変わった嬢ちゃんだな……ホント」
なぜか呆れたようにクルードは溜息を吐いた。
「信用してくれるんですか?」
シルネアは変わらず不安そうな顔をして聞いてくる。
「信用してなかったらメリッサを止めたりしないよ」
「……私が言うのもなんですけど……カモメさんはもう少し疑った方がいいと思います」
「ふえ?なんで?」
「もし私ならいくら私達が襲ってこなかったからって信用できないです」
いやいや、信用してほしかったんじゃなかったの?……言ってることがおかしいよ?
「…………ったく……確かにこの嬢ちゃんはお人好しなんだろうさ……だけど、シルネアこいつはそれだけじゃねぇぜ?」
「どういうこと、兄さん?」
「この嬢ちゃんはさっきの俺の戦いを見ても全然ビビってねぇんだよ……」
「え…?」
「仮に俺に襲い掛かれてもこの嬢ちゃんは戦える自信があるんだよ……そこの姫さんを護りながらな」
えーと……いや、全然そんなこと考えてないよ?
確かに、クルードと戦って負けるって気はないけど、だからって絶対勝てるとは思ってないし……そもそも襲ってこないと思ってるだけなんだけど……あれぇ?
なぜか、クルードは勘違いしているみたいだけど、それで納得できるならそれでもいいのかな?
「でも、友達だと思ってるのも嘘じゃないよ?」
「私は信じます……カモメさんは私の友達ですから」
先ほどまでの不安な表情から変わり、微笑みながらそう言ってくれるシルネア。
「ふん……俺はまだ信用してるわけじゃねぇぜ?……もし、シルネアに危害を加えようとするなら……」
「に、兄さん!」
「あはは、もし私がシルネアに危害を加えようとしたら好きにしていいよ……そんな事絶対にしないもん」
「………はあ……アンタの仲間の苦労がよく分るぜ……」
どういう意味かな?クオン達に苦労なんて掛けてないもん……多分。
私は頬膨らませながらクルードに抗議の視線を送るのであった。
クルードとシルネアの正体を知ったカモメとメリッサ。
戸惑うメリッサと二人を信用するカモメ……果たして……。