第二幕 5章 11話 副隊長
11話になります。
「リーナ、王の回復を早く!」
「はい、兄さま!」
リーナは王の元へと駆け寄ると治癒の魔法をかけ始めた。
だが、敵は無差別に人や魔物を襲っているとはいえ、その場所はフィルディナンドたちのいる場所から近い。敵の眼にフィルディナンドたちが映るのは時間の問題だった。
「ぐっ……目をつけられたか……」
いち早くそれに気づいたフィルディナンドがそう零すと、他の者もグラゴスト達を見る。
三体いるうちの一体がこちらを見て笑っているのがその目に映った。
そして、グラゴストが一体……フィルディナンドたちの元へとその重さから大きな音を立てて走り出してくる。
「リーナ!」
「駄目、間に合いません!」
グラゴストが目の前までにやってきたその時、グラゴストの振り上げた拳を何者かが弾いた。
その何者かは四つの脚で音もなくリーナの前に着地すると、低温の響く唸り声をあげる。
「ヒスイ!」
そう、リーナの相棒とも呼べる存在、ヒスイであった。
今回の戦いが魔物との戦いという事で、他の人間に襲われてしまう可能性があり、ヒスイはリーナに言いつけられてその姿を隠していた。
だが、自分の主人の危機となってはそんなものは気にしてはいられない。
仮に人間に襲われようと……いや、ここに来るまでに現に何人かに襲われた……だが、ヒスイはその身のこなしを活かし、その全てを傷つけず掻い潜ってこの場所までやってきたのだ。
希少種ゆえに伝説ともいわれるガルディアンヴォルフという種族であるヒスイは、伝説と言われるのも頷けるほどに綺麗な純白の毛並みをしている。だが、その為このような戦いの最中では目立つ。
目立つがゆえに狙われる危険性も高くなるのだが……今回はそれがいい方へと働いた……なぜなら。
「雷閃槍!」
「ぐおおおお!」
雷の魔法がグラゴストへと突き刺さる。
「なんだ……あの化け物は……」
雷の魔法を放った本人がその醜い姿を見て驚きの声を上げた。
セリシアナである。アンダールシアの近衛隊副隊長であるセリシアナは、戦場を翔ける純白の狼の魔物を追ってこの場所までやってきた。
「ガルディアンヴォルフ等という希少種を見たから、慌てて追ってきたのだが……状況がわからんな……娘!その魔物はなぜおまえを庇うように立っている!」
フィルディナンドを回復しているリーナへとセリシアナが声を掛ける。
その問いに、リーナは正直に答えた。ヒスイが自分の仲間であり、自分のピンチに駆け付けてくれたのだと。普通の人間であればにわかに信じ難いのだろう……セリシアナは驚きの表情を浮かべた後、少し考えるように顎に手を当てた。
「魔物が人間を護る等、信じ難いがな……目の前で見せられては信じるしかあるまい……」
セリシアナはそう呟くと、ヒスイの横へと歩いていき、そのまま魔物であるヒスイと肩を並べる。
「ヒスイと言ったな……そなたの主人を護るためにここは私と協力しないか?」
「グルゥ」
セリシアナの言葉にヒスイは一言、唸る。
セリシアナはそれは肯定ととったのか満足そうに笑うと、グラゴストへと視線を移した。
雷の魔法で怯んでいたグラゴストが徐々に誰が自分に攻撃を加えたのかを理解し、その怒りを露にする。そして、その怒りに任せてセリシアナへと拳を上げ突撃する。
「ガゥ!」
だが、そのグラゴストの前に躍り出たヒスイが、そのツメでグラゴストの左目を潰した。
いきなり現れたヒスイに対応できずその左目を奪われたグラゴストが、野太い悲鳴を上げながら地面を転げまわる。
「ヒスイ、離れろ!電爆撃!」
「ガウ!」
セリシアナの声に反応し、ヒスイがその場から飛びのくと、雷撃がグラゴストを襲う。
これでもかという程に落ちる雷撃が、左目を失い視野の狭まったグラゴストに襲い掛かり、その身を焼いた……爆撃の如きその雷がやんだ後、そこに残っていたのは黒焦げとなったグラゴストの遺体であった。
「ほう、あれほどまでに強力な魔物をこうもあっさりと倒せるとはな……ヒスイと言ったな、我らのコンビは悪くないのではないか?」
「ガウ!」
ヒスイもセリシアナと同じことを思ったのか、機嫌よさそうに人鳴きする。
その姿を見てなぜか目じりを落としたセリシアナが再びヒスイに声を掛けた。
「な、なんだ……これだけ良いコンビであるのなら今後もどうだ?……そうだ、我らの近衛隊に入るというのも手ではないか?」
先ほどまで、魔物が人間に味方をすることを驚いていたはずのセリシアナが掌を返したようにヒスイを勧誘する。だが、ヒスイは自分の主人であるリーナを見た後、その首を左右に振った。
「そ、そうか……残念だ……で、ではどうだろう、今後も共に戦うこともあるかもしれん、連携の為にもこの戦いが終わったら撫でさせ……あ、いやモフモフ……じゃなくて、友好を深めないか?」
「が、ガウ??」
魔物は人間の敵で、騎士であるセリシアナからすれば倒すべき敵であるのだが……ヒスイは人を護る魔物である……いや、人を護るのであればそれはもう魔物とは呼べないだろう……そうしよう。
であるのならば、動物と変わらないではないか……お堅い騎士であるセリシアナであるが、彼女の唯一の少女らしいところが動物好きということである……それも毛の柔らかいモフモフとした動物は一番好きなのである……そう、ヒスイの綺麗な純白の毛並みは見るからにさらさらとしていてモフモフとしたらとても気持ちよさそうであるのだ。
さて……セリシアナがヒスイを追いかけてきたのは希少種である魔物が脅威になる可能性を考えてなのか、その毛並みに釣られて来たのか……もしくはその両方か……それは正直セリシアナ本人にも解らないだろう。
そして、ここは戦場……脅威でもあるグラゴストはまだ二体も残っている。
ヒスイの毛並みに目を奪われていたセリシアナの眼の前に二体目のグラゴストが迫っていた……ヒスイの毛皮に見とれていたセリシアナに、ヒスイが警告の声を上げる。
その声に脊髄で反応したのか、グラゴストがセリシアナの目の前で拳を上げたときにはセリシアナは目の前から姿を消していた。
近衛隊の副隊長というのは張りぼてではないのだ、というかのように見事な足さばきでグラゴストの背後へと滑るように移動したセリシアナはグラゴストの膝の裏をその剣で切り刻む。
足の支えをやられたグラゴストは膝からその場に崩れ落ち、両手をついて体を支えた……そこに、ヒスイの牙が襲い掛かる。ヒスイの牙がグラゴストの喉元に食い込むと、二体目のグラゴストもあっさりとその命を奪われた。
「すごい……」
フィルディナンドの回復をしていたリーナが感嘆の声を上げる。
いや、リーナだけではない。セリシアナという人物がここまでの力を持っていたことにその場にいた誰もが驚いていた。これならば、このまま押し切れるのではと誰もが思ったその時……フィルディナンドの眼に異様な光景が映ったのだった。
「あれは……何をしている?」
フィルディナンドの困惑の声に他の皆もフィルディナンドの見ている方向へと視線をやる。
そこに映ったものは死体となったグラゴストを残った一体のグラゴストが食べるという……共食いの場面であった……そして、死体を食べ終えたグラゴストに異変が起こる。
その筋肉が肥大し、色を深緑へと変える……それはまさに変異……食べ終えたグラゴストは別の魔物ように姿を変えるのであった。
セリシアナとヒスイの活躍により二体ものグラゴストを倒した。
だが、残る一体に異変が……果たしてこれは?