第二幕 5章 7話 悲劇の始まり
7話になります。
「確か、市場ではぐれたって言ってたよな……ったく何処にいやがんだ」
「兄さん、あそこ!」
シルネアが指を刺した方向を見ると、少年が一人、市場の屋台の前でうずくまって泣いていた。
それを見つけたシルネアとクルードは少年の元へと駆け寄る。
「君、大丈夫?」
シルネアが優しく話しかけると、少年はゆっくりと泣きじゃくって晴れ上がった顔を上げる。
シルネアの顔を見ると少年は涙を流し、泣きついてきた。
「怖かったね……でも大丈夫、お母さんに頼まれて迎えに来たんだよ。君、お母さんとはぐれたんだよね?」
「……うん」
泣きながら頷く少年。
シルネアとクルードは他に人がいないかを見ながら領主の館へ戻ろうとする。
「坊主、なんでここから移動しなかったんだ?」
何を思ったのか、クルードがそんなことを少年に聞き出す。
少年が移動していなかったお陰ですぐに見つけることが出来たのだ、結果的にはクルード達には助かったのだけど、それでも移動せずにここにいたのは疑問が残るらしい。
確かに、シルネアも泣きながら母親を探している少年を想像していた為、意外ではあったのだが、怖くて移動できなかっただけだろうと思っていた。
いや、実際シルネアの思った通りであったのだ……少年はクルードの問いにこう答えた「魔物が急にいなくなって近くで大きな音がしたから」……と、つまり周りで怖いと思えるほどの大きな音が鳴り響いていた為、動きたくても動けなくなってしまったという事である。
「おいおい、それって……」
クルードが何かに気づき、口に出そうとした瞬間……目の前の家と、屋台が吹き飛び、目の前に大きな塊が転がってきた。
「な、なんだ!?」
咄嗟にクルードがシルネアを庇うため前に出る。
シルネアは少年を抱きかかえてクルードの後ろに下がった。
「痛いわねぇん……」
目の前に転がってきた塊は聞いたことのある声を発しながらのっそりと起き上がる。
「え……レディさん?」
聞き覚えのある声とシルエットにシルネアが彼女の名前を呼んだ。
「あらぁん、シルネアちゃんとクルードちゃん……どうしてここにぃん?」
「この子の母親から探してほしいと頼まれまして」
「アンタこそ、なんでこんなところに吹き飛んで来てんだよ?」
レディはシルネアが抱いている少年を見ると、一度優しい表情になり、その後、難しい顔へと変える。
「マズいわねぇん」
「何がだよ……?」
「アイツよぉん……予想以上に強くて手こずっているのぉん」
レディが自分の飛んできた方向へ視線を移すと、そちらからもう一人、何者かが歩いてくる。
その者は赤い髪の毛に紫の肌……そして金色の眼を持っていた……。
「邪鬼か……最悪だ」
クルードがその敵の姿を見ると、舌打ちをした。
「シルネアちゃん達は早くその子を逃がしてぇん……あいつの相手は私がするからぁん」
「邪鬼に勝てるのかよ?」
「……解らないわぁん………アイツまだ本気を出してないみたいなのよねぇん」
つまり、本気を出していない相手に吹き飛ばされたってことじゃねぇかとクルードは頭を抱える。
このままでは、シルネアと子供にまで被害が及ぶかもしれない……そう考えたクルードは槍を構える。
「何のつもりぃん?」
「俺も足止めをする……シルネア、お前はその子を連れて早く戻れ!」
「でもっ……」
「その子を護ることがお前の仕事だろう!冒険者は仕事を途中で放棄したりしないんだよ!」
「解った……気を付けてね、兄さん」
兄の言葉を素直に聞き、シルネアはその場を離れようとする……が。
「おい、ずいぶん遅かったじゃねぇかジジイ……」
「ふぉふぉふぉ、すまんのう……年を取ると速く動けなくてのう」
「あん?俺たちに老衰なんてモンはねぇだろうが」
「ふぉっふぉっふぉ」
シルネアの背後にもう一人の自分つが現れる。
その男は、姿こそ老人のそれではあるのだが、やはり、赤い髪に紫の肌……そして金色の眼を持っていた。
「マジかよ……」
「これは……参ったわねぇん」
レディとクルードが同時に顔を歪める。
シルネアは子供を自分の後ろに隠し、レイピアを構え老人の邪鬼を睨む。
「ふぉふぉふぉ、せっかくじゃし、食事でも取ろうかのう」
そう言った瞬間、老人はその場から姿を消す。
まるで忽然と消え、移動した姿はシルネアやクルードにもレディにさえも捉えられなかった。
その老人は、シルネアの背後へと移動すると、少年の顔を覗き込むようにして見ている。
「ひっ!……お、おねえちゃ……」
少年の声に、シルネアが振りむいた時にはすでに少年の頭はあるべき場所に無くなっていた。
「え………」
一瞬の出来事でシルネアはすぐに何が起きたのか理解できなかった。
先ほどまで怯え泣いていた少年の頭が無いのだ……少年の身体は先ほどと変わらぬ場所にあるというのに、そこにあるべきはずの頭が無くなっている。
その状況を次第と理解し始めたシルネアは……。
「いやああああああああああああああ!!」
叫ぶ……絶望と怒りで。
「ふぉふぉふぉ、いい表情じゃ……うむ、実に美味いのう」
邪鬼は人間の負の感情を食べるという……つまり、この老人はその為だけに少年を殺したのだ。
「よくもっ!!」
シルネアがレイピアを振るうと、老人はまたも一瞬で移動し、今度はもう一人邪鬼の隣へと移動していた。
「ふぉふぉふぉ、可愛いおなごの怒りの表情は美味いのう」
「はっ、男でも女でも怒りの表情は美味いだろうが……」
「まだまだ、青いのうお主は」
「言ってろ」
まるで、少年を殺したことを何とも思っていないような会話をする邪鬼二人に……シルネアが怒りとも憎しみともとれる眼をする。普段の優しいまなざしが嘘のようにまるで冷酷な殺人鬼のようなその眼に、レディは背中に冷たい汗をかいた。
「落ち着けシルネア!」
「許せない……」
「やめろ、今、殺されたのはロランじゃねぇ!」
ロランというのは誰の事か……クルードの発した言葉にレディは疑問を持ったが今はそれを追及している時ではない……このままでは三人とも殺されてしまう。
邪鬼一体相手でも苦戦をしているというのに二体目の邪鬼が来てしまったのだこのままでは勝ち目がないだろう……そう思った瞬間……自分の後ろからとてつもない魔力を感じた……カモメ程ではない……だが、明らかに人間の枠を超えているそうはっきりと分かるほどの魔力をレディの後ろにいるシルネアは発していたのだ……そして……。
「シルネア!」
「兄さんどいて……そいつらは絶対に許せない」
シルネアから噴き出している魔力は普通ではなかった……何が普通ではないと言われれば一目瞭然である……シルネアの魔力は『赤』かったのだ。
突如とてつもない魔力を出すシルネア……彼女は一体?