はじまり
入学式、席替えを経て周りの人との関係が少しずつ始まっていく。
入学式で、先ほどの教師が担任ではないことが分かった。どうやら担任とは入学式で初対面するというのが、この学校のやり方のようだ。道理で先ほどの教師は無機質な対応をしていたわけだ。今は優しそうな女の先生が教壇に立っている。担任が先ほどの教師と同じような祝い文句を述べ、様々なプリントを配布され、初日は終わった。
僕は友達が多いほうではない。自分から人と関わろうとしないからだろう。しかし、中学ではバスケ部に入っていたこともあり、そこまで極端に友達がいないというわけでもなかった。入学式中に気付いたが、中学時代同じ部活で結構仲良くしていた戸塚実と同じクラスだった。そいつは友達を作るのがうまいほうだから、一緒にいれば、高校で友達を作るのに困ることもないだろうと考えている。まだまだ寒さを感じる四月の風に身を小さくし、これからの高校生活にさみしさと期待を抱きながら床に入った。
入学から一週間が経ち、入学お祝いテストという名目の迷惑なテストやオリエンテーションなども終わり、今週から本格的に授業が始まる。この一週間で自分の名前が一番初めに呼ばれないことには慣れたが、未だにチクチクと痛む。今日の一限目は席替えの予定で、彼女と席が離れられるかもしれない、素晴らしい時間だ。
担任が入ってきて、チャイムが鳴り響く。日直の女の子が休み時間と正反対の小さな声で号令をかけ、みんなもだらだらと礼をして着席した。席替えはくじ引き方式で行われた。名簿番号順に引くことになり、最初に阿井さんが引き、次に僕が引いた。僕は引いた紙と、黒板に書かれている座席の番号を見比べ笑みを浮かべた。一番後ろの角。しかも窓側だ。これ以上素晴らしい席はほかにないだろう。席を移る準備をしていると、戸塚が話しかけてきた。
「席どこだった?俺後ろから二番目!しかも窓側!」
興奮して自慢してきたので僕は彼の鼻先に番号の書かれた紙を突き付けた。
「なんだよ、お前のほうが後ろかよ。まあでもお前と前後でよかったわ。」
戸塚は、一寸残念そうに、しかし安心感を含んで言った。一緒に荷物を持って移動する。座って教室を見回してみると改めて満足感が押し寄せてくる。戸塚も同様なようで、いつもより楽しそうにしゃべっている。外を眺めて、窓側の特権を大いに楽しんでいると、戸塚が誰かとしゃべっている声が聞こえてくる。誰としゃべっているのかと思い顔をそちらへ向けると実の隣になった女の子だった。もう仲良くなっているのかすごいな。と考えていると隣から
「よろしくね」
と聞こえてきた。とても聴き心地のいいその声は見なくても誰の声か分かってしまった。最悪だ。隣になりたくない人と程隣になってしまうあの不思議な作用が働いてしまった。僕の隣には宿敵ともいえる阿井京香が座って笑っていた。ま、宿敵と言っても勝手にこちらがそう扱っているだけではあるのだが。
「よろしく」
とだけ返事をしてまた外へ目を向ける。一学期の間はもう席替えがないと担任が告げると、生徒たちは各々うれしい顔をしたり、いやそうな顔をしたりしている。僕は何とも言えない気持ちだった。窓際の席に少し冷たい風が流れ込んだ。
席替えから数日が経ち、隣に阿井京香がいることにも慣れ、窓側の一番後ろの席ということもあり教室は僕にとってかなり居心地のいい場所だった。もともと無口で人付き合いを積極的にしない僕にとって隣が誰であるかはあまり関係ないことだったことに気付いた。最初はやかましいくらいに話しかけてきた彼女も二日が経った頃にはあまり話しかけてこなくなっていた。前の席の女の子と仲良くなることを選んだようだ。僕はほっとしていた。しかし英語の時間だけはどうしても苦手だった。ペアワークと称するあの活動のせいだ。ペアワークはもちろん隣の席の人と行う。そうすると必然的に彼女と話さなければならないからだ。僕は彼女のあの心地のいい声を聴くたびに心がざわついた。勝手に敵意を持っている相手の声に勝手に心をざわつかせ、勝手に苦手に感じていた。自分でもかなり気持ち悪いと思う。意識しすぎなのだと自分を戒めることにした。四月の半ば、時々吹く風はまだ少し冷たかった。
一か月が経ち驚いたことに僕ら四人は仲良くなっていた。ほとんどが戸塚の尽力ではあったのだが。とはいえ僕から女子二人に話を振ることはほとんどなかった。それでもどちらからかでも話しかけられればしっかりと会話をするようにはなっていた。きっかけは五月の初めに戸塚に誘われたことだった。二人と聞いていたのに寝坊して少し遅れていくと女子二人が戸塚と待っていた。さすがにその場で帰ると言い出すこともできず、半日映画を見たり喫茶店で話したりして過ごした。そこから僕ら四人は休み時間に話をし、移動教室も大体は一緒に行っていた。もう一人の女子は佐藤夏希といって常に元気のいいボーイッシュな感じの子だ。佐藤さんとは世間話をよくする。男子とも女子とも仲良くできる佐藤さんはクラスのみんなから頼りにされている。戸塚も同様でクラスのムードメーカーのような位置づけで、クラスの雰囲気を明るくする。二人とも僕とは全然違うタイプの人間で逆にそれが居心地をよくしていた。阿井京香は二人ほどではないが明るく女子の友達は多い。僕と彼女は英語の時間を除いては二人で話をすることがほとんどなかったので彼女に関して詳しいことはわからないがみんなで話している間にさすがに宿敵意識は取り下げておいた。五月と言えば中間テストの時期だ。テストは名簿番語順で行われる。久々にこの座席につくと入学式の日を思い出す。ホームルーム二分前に息を切らしながら教室に入ってきた彼女、名前を呼ばれた時に聞いた彼女の声。二か月もたっていないはずなのにずいぶんと前のことのように感じる。この二か月弱でずいぶんと彼女に対するイメージが変わった。特に深く関わりがあったわけでもないが最初に向けていた勝手な敵意がなくなるだけでずいぶんと変わるものだ。そんな風に考えていると現代文のテストが配られ、テスト監督が開始を告げた。窓際の席には春半ばの暖かな風が流れていた。