英宗即位
牡丹の花は美しいが、霜に当たると瞬く間に枯れるのが惜しい。
何故、この世では美しいものや優れた人物から先に亡びるのだろうか。
一四三五年。
宣徳帝は僅か三十五歳で崩じた。
葬られる時は、後宮の多くの美花も共に葬られたという。
宣徳帝と同い年の于謙は華北の各地を廻り、悪吏を除き、貧民を救い上げようとしているが、とてもとても全てを清める事は一生かかっても出来ぬだろう。
朱高煦の一件以来、于謙は宣徳帝に『君は軍事が肌に合うのではないか?』と勧められ、信じられぬままにその道を歩む事になった。
時々部下につけてもらう剣術や弓術の稽古は上達の気配が見られないままだが(唯一馬術だけは猛特訓で様になった)、幸いな事に任地では高評価である。
宣徳帝は画を好み、詩を好む于謙とは話が合った。
まだ十にも満たぬ新帝にも父の様な決断力に富み、世の機微を知り、欲を言えば芸術にも造詣が深いお方に育って欲しかった。
―――宦官に懐いているというのが、気がかりだったが。
明朝って、名君程早死にだよね。
宣徳帝は于謙の1つ下説と同い年説がありますが、同い年説で。
于謙の個人的武勇は解りませんが、元々文官なので文官なりに。
でも馬に乗れないと様にならないよね(例外もいるけど。晋の杜預とか)。
南の人だから馬との接点は薄そうだし。