ふたつの終焉
牢獄から刑場への道は、まだ魂魄まで凍り付くような寒さなのに、足裏はまるで赤く焼けた炭を踏むかのようだった。
砂埃が、肌を刺した。
刑吏が耳打ちした。
「聞こえますか、あの泣き声達が。あれは貴方一人の為に泣く者達なのです」
耳を澄ましてみたが、どうしても泣き声など響かなかった。
何処からか、鞭が撓るのが響いた。
なのに、于謙の背中は痛まなかった。
辺りを見回すと、其処には、復辟に加担したと噂の宦官、曹吉祥達が騒いでいた。
「あんな秦檜もどきに流す涙があったら、あいつに一族を殺された王振様の為に泣きなさいよぉ!」
どうやら、曹吉祥の部下が泣いたのを見咎めたらしい。
まさか宦官まで自分の為に涙を流すとは、考えもしなかった。
自分でも、微笑んだのが解った。
『予言』が無ければ、こうやって市に屍を晒す事も無く、唐代の詩仙の様に暮らしていく事も出来ただろう。
されど、『予言』があったからこそ、自分はこうやって多くの者の涙に送られて、最期を迎える事が出来る。
于謙は、劫火の向こうに、輝ける光の道を見た。
***
世界が眩しくなり、境がなくなった。
しかし、彼は広がり過ぎた世界を持て余した。
動くナニカが増え、形も大きく変わった。
仕切りの向こうには、更に色も形も様々の異形が蠢いていた。
かえりたい。
元の世界に、かえして。
叫んでも、遠ざかる、遠ざかる。
違和感のあるナニカ達が佇む『元の世界』に似た空間の仕切りをぶち投げ、高い敷居を跨ぎ、
元来た方向へ足を踏み出した瞬間―――
足が、地面に沈み込んだ。
瞬く間に転倒し、そのまま全身が呑み込まれた。
透き通った地面は、彼と同じように埋まっている異形や物質の姿が透けて見えた。
彼は、自分の手足が地面の中で見えるのが嬉しかったが、やがて息苦しさに気づかざるを得なかった。
しかも、この流動する地面は眩しさを遮らず、『元の世界』とは逆方向に移動する。
――――最早、戻れぬ。
彼は観念したように呼吸を止め、暫く後に鼓動も止めた。
曹吉祥の部下が涙を流したのは、本当は于謙の処刑後らしいのですが許して。
謎皇子、書くのが難しすぎて殆ど出せずに終わった。
解放後の顛末を聞いて、映画『海の上のピアニスト』の
『陸の上は僕には広すぎる』と言うニュアンスのセリフを思い出しました。