英宗の決断
一四五七年、祁鈺こと景泰帝が重病に倒れた事を契機として将軍の石亨、宦官の曹吉祥、文官の徐有貞らが南宮に幽閉されていた上皇、朱祁鎮こと英宗を復位させるクーデターが発生した。
世にいう『奪門の変』である。
自らの気道を閉塞させる練り絹を目にした祁鈺は、「きっと、これでよかったんだ」と幽かに呟いていたらしい。
久方ぶりに南面しての陽光は、眩しかった。
石亨は力説した。
「そもそも弟君を勝手に玉座に入れ、陛下を南宮に閉じ込めるよう弟君に進言したのは奴です!!」
どうやら石亨は于謙を殺したくて堪らないらしい。
祁鎮だって、彼が憎くないといえば嘘になる。
しかし、オイラトから都を守り抜いたのも紛れもなく彼だ。
「市井は彼を岳飛の再来と呼ぶそうではないか。それを殺すのは如何なものだろうか」
「岳飛ですと?とんでもない、奴は寧ろ秦檜の眷属だ!!」
秦檜?
「嘗て宋の徽宗と欽宗が金の虜となった際に、秦檜は欽宗の弟と結託して先帝親子を見捨てたのですぞ!!」
秦檜は見捨てる為に和平を選んだが、彼は見捨てるとはいえ開戦した筈だが。
「陛下、もしあやつを殺さなければ、この復辟、名誉になりましょうや!」
「…わかった。しかし殺すのは本人のみで、後は流罪にしろ」
***
喜べ、お前は刻まれたり溶かされたりはしないそうだぜ!
お前だけ首ちょんぱで、後は彼方此方バラバラに流すんだとよ、よかったな!
せいぜい天順の御代に感謝しときな、秦檜の眷属の反逆者!!
「…救国の英雄に酷い言い草もあったものだな。あいつはきっと、君が刻まれたり溶かされたりするのを期待していたに違いないよ。君だって、何か陛下に言いたいこともあるだろう?」
于謙の進士の同期であり、友人でもある王文が向こうの独房から呼びかける。
「彼等は我等に一刻も早く死んで貰う事を望んでいるのだ。これ以上何かを言った所で我等の運命が変わる訳でもない」
そうだ。
『予言』が執行された以上、私がこれ以上生きる理由など無かったのだ。
石灰は薬となってしまえば、後はただ人に呑み込まれるのみだ。
焔は一度燃え上がれば、後は消えるだけ。
役目を終えたモノは、唯土に還るのみ。
参考資料の川越氏の著書、奪門の変の部分で病床の景泰帝が『兄、これを為す。善し』みたいな事を言っていたんですが中国語赤点の自分はどう考えればいいのか全くわかんなくて。
『じゃあ書くな』と言われそうですが、どうしても気になった部分なので自分なりに解釈して書いてみました。
間違っていたら指摘お願いします。
自分を閉じ込めた于謙を殺すのに逡巡した、
そして殺すにしても本人だけで、家族は流罪にした(反逆罪、ですよね??)英宗かわいい。
于謙=秦檜は言い過ぎた。反省はしているが後悔はしていない。
永楽19年の進士(=于謙の同期)組、結構凄い面々でした。
そして案外于謙の成績は下の方でした。明のプラチナ世代?