奪門の変
祁鎮が太子に建てた筈の長男は廃され、代わりに東宮に入った甥は間もなく死んだというのに、今も東宮は空のまま。
毎日の世話に感謝して兵士に毬を下賜したら、いつの間にか『上皇と世話係が組んで皇位を奪い返そうとしている』という話になって彼は刻まれ、毬も奪われたと新しい世話係に聞いた。
皇子達は、皇后達は、そして未だに自分を想う者達はどうしているだろうか。
顔を見るまで死ねないと思ったが、弟の病が篤くなっても尚玉座が誰の手に渡るかわからぬとは。
ある年明けより少し後の寒い朝。
門のある方向から、どすん、どすんと大きな音に目を覚まし、暫くしたら何かが崩れる音がした。
大人数の駆ける音、そしてがちゃがちゃ、がちゃん。
――――輿を担いだ集団が、屋内に突入してきた。
***
野の川は曲がりくねり、傾斜した石の多い小道を行く。
私のあばら家のような住まいが二、三軒見える。
短過ぎる垣根には、春の気配は隠せない
赤い桃花も半分露になっているではないか。
春が来るころには、政治の風向きも変わるだろう。
陛下の病は重くなっていると聞いた。宮廷では男子のいない陛下の後釜探しに夢中で、政は後回し気味である。
『于謙殿は、誰がよろしいと思うか』
そう問う者も多い。
しかし于謙は、問われても答える事は出来なかった。
『私もそろそろ、還暦が近いものでね』
還暦を過ぎたら、銭塘に帰ろうと思う。
帝を虜としたオイラトのエセンを追い返したのだ、流石にあの『救国』の予言は果たされたと見てもよいだろう。
自分の役割は終わったのだ、これからは山野で好きなだけ詩を書き散らす生活に入っても誰も文句は言うまい。
そうすればもう、自分は火影に追われる事はない。
***
「「韃靼の強襲です!!至急紫禁城へ!!」」
扉をがんがん叩かれ、慌てて飛び出してみれば。
「貴様が幽閉した太上皇が復位なされた。神妙に縛につけ!!」
――――于謙の周辺が全て、赤黒い焔に変わった。
東宮問題、これで後の成化帝はおかしくなったと考えるのですよ。
一度東宮を追い出されている訳ですから。
奪門の変での英宗の救出劇が文字通りの力技で吹いた。
大木で、鉄で固められた門を内外から突き通したって…
私の于謙詩珍訳はこれにておしまいです。
『還暦を過ぎたら~』は勿論創作ですのであしからず。